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第1話

 「お~い、そっち居たか?!」  「駄目だ、見つかんねぇ!」  複数の男が表通りを走って行く。  「怪我してンだ、そう遠くには行ってないはずだ、探せ!」  眼下にそんな声を聞きながら、柴門は荒い息を整えようとしていた。 空を見上げるとビルに囲まれた四角い空には、星一つ見当たらない。  『こんなに見たかった、外の世界も結局は闇…ですか…』  だいぶ息も整って来た、朝にはこの場所から動けるだろう。 繁華街は煌々と店の看板が輝き。まだ夜は長そうな雰囲気を醸し出している。  『今何時なんだろうな』  長い事時間を気にしたことはなかったし、時計のある部屋にいたことがなかった。 事務所に来る人間が多くなってくると、日が落ちたんだな、と感じる程度だった。  「そこで何してんだ?」  低い声がする。 とっさに身を小さくしたが、そんな行動でさえ見られていた。  「子猫でももっと上手に隠れるぜ」  コツコツと革靴の音を立てて声の主は寄ってくる。  『僕もやっぱりここまでか』  気力だけで立とうとする。  「おっと、怪我人か」  フラフラと立ち上がろうとする柴門に近づき、軽々と持ち上げた。 男のスーツからは、少しきついくらいの香水の香りが漂っている。  「離…せ…」  そういうと男は小さくフッと笑う。  「そう言われてこの状況下で離す人間がいるかねぇ」  「僕に…構うな…」  抱えあげられたまま柴門は苦しそうに声を出す。  「悪いようにはしねぇよ、暫く黙って抱えられてろ」  悪意を感じないその声に少しだけ安心すると、柴門は目を閉じた。  一番最初に戻った意識は嗅覚だ。 いい香りが漂っている。  そして、視覚、大きなベッドに横たわってるようだ。 バッと体を起こす、最後に戻ったのは痛覚だった。  「……!っぅ」  へたくそながらも傷に包帯が巻いてある。 状況を頭の中で整理する。  『…解らない』  暫くベッドに起き上って、考えるが状況が一向に解らない。  「お?子猫ちゃん、起きたか」  「子猫ちゃん?!僕にはちゃんと鮫島…鮫島柴門って名前がある」  目の前に、目玉焼きとトースト、サラダが置かれる。  「取り合えず飯食え、話はその後聞いてやる」  置かれると同時に、大きなお腹の音が鳴って、それを聞いた男は笑いながら、箸を渡した。 ツンツンと目玉焼きの目玉をつつく。  「安心しろって、塩と胡椒しかかかってないよ」  男が優しく笑うので、柴門はご飯に手を付けた。 柴門が食べ終わると食器を下げてくれた。  「さて、話を聞かせてもらおうじゃないか」  ベッドの端に腰かけて男がタバコに火をつける。 漂うタバコの煙を一瞬目で追って、柴門は口を開いた。  「僕は鮫島柴門、歳は多分26歳。とある団体で医者っぽい事をやっていた」  「へぇ、その若さで医者ねぇ。凄いな」  「このまま空を見ないまま終わるのかと思ってたけど、昨日隙をついて逃げ出したんだ」  男がゆっくり煙を吐く。  「つー事は、昨日の大通の騒ぎは皆、あんたさんを探したのか」  「そう。だからここも…!」  はははは、男は笑う。  「大丈夫だって、心配すんな。…俺は、太…いやいや、雅(みやび)っていうんだ。カブキチョ―No.2のホストやってる」  「No.2なんだ」  そういって、柴門はちょっと噴き出す。バカにした訳ではない。  「おう、No.2。上には上がいるって思ってないとな、向上心ってやつだ」  No.2と言うのもあながち嘘ではなさそうだ。部屋の調度品や凡そのマンションの広さから想像できる。  そんな雅は夕方から夜遅くまで家を空ける。店に出ているからだ。 鍵をチャリーンと投げる、出ていきたくなったらいつでも出て行っていい、と言われた。  あっという間に3日も経過してしまった。 柴門は拳を握り身体が元通りになった手ごたえを感じていた。  いつも通り雅が朝ごはんを作っている。仕事から帰って疲れているのに、なぜかご飯だけは柴門と一緒に食べている。  「痛ってぇー」  キッチンから雅の大きな声が。 すぐにガウンを羽織って、柴門はキッチンに向かう。  「雅?」  「里芋剥いてたら、手ぇすべっちゃって」  それを見てとっさに柴門は優しく両手で傷口を覆う。  「な、なにを?」  驚いたのもつかの間、出血は止まり、どんどん傷が回復して、痛みも取れた。  「何だぁ~?」  手をひらひらさせて、傷口を見るが、もうどこに傷があったかもわからない。  「僕はこんな能力持ったばかりに、長い事表には出せない怪我ばかりを治療してきたんだ」  「す…!すげーよ!柴門、すげーよ」  初めて見た能力に、雅は感動して見せる。  「すげーな、柴門!ありがとう!」  『ありがとう』と言う言葉の響きに、少しだけ柴門の心が揺れる。も何年聞いていなかった言葉だろう。  「雅には黙って言いたかったんだけど…どこから、奴らの耳に入るか」  雅はぐしゃっと、柴門の頭をなでて。  「心配はいらねーよ」  とだけ言って、又里芋と格闘し始めた。 食後『少し寝る』といって、雅がベットに潜る。  ソファーに暫く座って、雑誌を読んでいたが、寝室から雅に呼ばれた。  「雅―?どうしたの?」  「お前も寝るんだよっ!」  突然ベッドに押し倒される。  「ちょっ、みや、雅ー???」  羽交い絞めにされて動けない。 柴門の頬にある黒子をそっと触る。  「何かで読んだけど、黒子って前世でキスされた場所に出来るらしいな」  スッと手を放し優しく柴門にキスをする。  「み、や、び?」  雅の唇は這うように柴門の首筋に行く。  「ちょ、みや、びっ」  手慣れた手つきで柴門のガウンの紐をとく。  「柴門、綺麗だよ…」  雅の低い声が頭な中で響いて痺れる。  「…っ!」  やがて、柴門の一番敏感な部分を捉えると、優しく触れる。 瞬発的に腰がよける。だが、それでも雅は手を止めようとしない。  「ん、…くっ」  「ほら、こんなになってるよ」  優しく雅は言うが、柴門は見れる筈がない。 大の男が同じく大の男に押し倒されてる図を柴門は見たくも想像もしたくなかった。  「ん~!ん~っ!」  精一杯の抵抗を見せるが雅に体力でが敵う筈がなかった。 急にぬるりとした感触が、柴門自身に感じると吐息が漏れる。  それを合図にしたかのように、今度はひっくり返されて、腰を取られた。  「やめっ…見ないで…」  さながら女みたいなセリフが口に出る、  『僕は男だ』  と、頭の中では解っていながら、身体は言う事を聞かない。 腰を立たせた柴門の身体の奥に雅は指を入れると、大きくのけぞった。  「あっ、…あっ」  「柴門、どうした?…言いたいことがあるなら、言ってごらん」  「やめ…て…」  唇はかみしめ過ぎて血が滲みそうになっている。  「これでどうかな?」  少し荒い雅の声が耳元ですると、今度は雅自身が柴門の身体に入ってきた。  「!」  何が起きたのか瞬間的に察知すると、もう一度腰を避ける。  「あっ、あああああっ!」  先ほどまで唇を噛んで歪んでいた顔は、恍惚へと変わる。  「いっ、イイっ…!」  「やっと素直になった、こっちもな」  雅は、大きく腰を振り始めた。  「あ…イイ、奥に入ってる…!」  荒くなる息の二人。カーテンの隙間から燦々と陽が出てる真昼間だが、そんなのは気にしない。 汗が絡む、重なる体温。  柴門の頭の中は快楽で真っ白だ。 雅の腰が動くと、ぱたぱたと落ちる汗、その動きに合わせて、声にならない声を上げる柴門。  「はあっ、あっ、あっ」  「さ、柴門。俺、もうイキそう…!」  さらに激しく腰を振る雅。 脈を打って放たれる精液。  熱いものを感じてのけぞる柴門。 身体の中からずるりと雅が居なくなるのを感じて、ぱたりとベッドにうつぶせに倒れる。  雅も隣に倒れこむ。 痙攣するかのように、身体をぴくぴくとさせる柴門の頭を雅はなでる。  暫く時間が経って、夕日が覗かせるとやっと柴門は目が覚めた。  「雅…?」  テーブルには夕ご飯と、メモ書きが残っていた。  『柴門、華奢過ぎ。飯食って寝ろ。俺は仕事行く。From雅』  まだ裸だった柴門はバスルームに行くと、一気にシャワーを浴びる。 余韻を熱を、全てを洗い流すかのように。  ご飯を食べ、少し考えると、元々来ていた服に着替える。 律儀に雅が洗濯して置いてくれた。  所々ボロボロになっている。あの場所を抜け出すのに相当暴れたんだろう。  『僕は僕の行かなきゃならない所へ行くよ』  そう、心の中で言って、食事を終えると外へ出た。 オートロックの玄関を出て、ポストに鍵を入れると外に出た。  『ここは…』  久々なような気がする、外の少しひんやりした空気。  「星が見える」  高い空を見上げ、長い髪をなびかせると、微笑んだ。 まだ、夕焼けの余韻が残る空に金星を見つけると、雑踏に紛れ込んだ。

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