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0-1 兆候

「ねぇ、アイちゃん。もし、俺が居なくなったらどうする?」  ツヴァイがそんなことを言い出したのは、出逢ってから五度目の春を迎えた頃だった。  桜が咲いていた。夜闇にぼんやりと浮かび上がる、淡いピンクの花霞。微かな甘い香りと、濃い水の匂い。中央を流れる川の黒い水面に、映し出された鏡像が無限に広がる花のトンネルを描く。  間隙から覗く黄金の月明かりの中、ツヴァイはいつものように笑っていた。悪戯っぽい猫のような、人を食った笑みで。 「アイちゃんではない。アインスだ」 「はいはい、アイちゃん」 「……お前な」  すっかりお定まりになってしまったやり取りの後、私は溜息を零した。内心、少し動揺していた。先程のツヴァイの質問の意図が読めなかったからだ。 「もし、俺が居なくなったら」――か。何故、そんなことを訊く? 「夜桜が見たい」そう言って私をここまで連れ出してきたのも、ツヴァイだった。「いつ見られなくなるか分からないから」……そんな風に主張して。  確かに桜はすぐに散ってしまうから、見られる時に見ておくのが一番だろうとは思ったが、ツヴァイの言いたいのはそういうことではないのかもしれない。 「もしかして、次の任務が不安なのか?」  一つ思いついたことを口にしてみると、ツヴァイは虚を衝かれたように目を丸くした。興奮すると紅く染まる瞳も、今は本来の落ち着いた紫だ。綺麗な色だと思う。そこに映り込む私は我ながらつまらない黒髪黒瞳で、やけに硬い表情をしていた。 「確かに次の作戦は非常に重要なものとなるだろう。失敗は許されない。だが、お前らしくないな、弱気になるなど」 「えっと」 「安心しろ。約束しただろう、お前のことは私が守ると。お前が死ぬ時は、私が死ぬ時だ」  風が吹いた。誘われて舞い上がった花弁が、ツヴァイの柔らかな白銀の髪をサラサラと弄び、彩る。  春の風は荒い。ただでさえ短い花の命を乱暴に蹴散らしていってしまう。 「ああ、うん。そういうことじゃなかったんだけど」  面映ゆそうに長い睫毛を伏せて、ツヴァイは苦笑した。髪に絡む薄ピンクの花弁を白い指先で摘み上げ、そっと風に乗せて戻す。 「まぁ、いっか」  月の明るい夜だった。だからだろう、明かりなどなくとも暗闇を見通せるこの瞳には、その光景がやたらと眩しく映った。  後日、(くだん)の任務は無事に遂行。遂に敵AI機械兵の製造拠点を全て破壊した。これで新たな機械兵が生み出されることはなくなり、長年の戦は人間軍の勝利で終止符を打った。後は残党処理を残しつつも、世界には一応の平和が訪れたのだ。  あれから、じきに一年。やがて季節は巡り、また春がやって来る。けれど、それを待たずして冬の深まる頃――ツヴァイは突然姿を消した。

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