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2-12 歳月

 卒業に際して、私達は研究所に今後例の非人道的な感染実験を行わないことを約束させた。代わりに、私達がAIとの戦を必ず終わらせると誓って。眼鏡で白衣の男……研究所所長は渋っていたが、私達二人の自害を仄めかして、ようやく要求を通したのだった。  これで、次代の戦災孤児達は通常の戦士として育成されるか、はたまた戦に関わらずにもっと自由な将来選択が可能になる。私達も後顧の憂いがなくなり、晴れて心置きなく戦線に赴けるというものだ。  程なくして、私達は研究所を後にし軍隊に配属される運びとなった。階級制度には組み込まれない、私とツヴァイ二人だけの特殊部隊だ。一般兵達と協力することは勿論あったが、私達にしか出来ないようなより危険な任務は全て二人で(こな)した。  当然ながら実戦は訓練などよりも遥かに緊張を強いられた。しかし、一人ではないというだけで随分と心強さを感じられたものだ。時には犠牲を巡って意見が反目することもあったが、ピンチの時は助け合って常に二人で戦場を駆けた。  ――ツヴァイには感謝している。  きっと、私は一人だったなら、どこかで感情を凍らせてしまっていたかもしれない。それこそ、復讐の為だけに動くロボットのようになってしまっていたのではないかと思う。  私が私らしく〝人間〟で居られたのは、(ひとえ)にツヴァイが傍に居てくれたからだ。  いつしか彼は、私にとって特別な……無くてはならない存在になっていった。  戦はそれから四年続いた。AI機械兵達の必死の抵抗もあって思いの外長引いてしまったが、我々人間軍は着実に戦果を上げ、遂には昨年、完全勝利を(もっ)て全人類の悲願の達成に至った。  こうして、長きに渡った戦に幕が下ろされたが、まだ全てが終わった訳ではない。AI機械兵達の残党はそこかしこに潜伏している。いつまた集って再決起するとも限らない。それらの掃討が、次なる私達の任務となった。  ――そうして更に一年が経過する頃、ツヴァイが突然姿を眩ませたのだった。  ご丁寧に胸の爆弾という名の発信機を無効にして取り出した上、これ見よがしに宿舎の部屋にそれを置いて失踪した。理由は分からない。春頃に久方ぶりに例の廃墟の町の桜を見に行った際「もし俺が居なくなったら」などとそれらしき発言をしていたようにも思うが、もしかしたらあの頃から既に今回のことを考えていたのかもしれない。  しかし、何故――。  軍部はツヴァイの処分を決定した。例え国の英雄だろうが、首輪を外して飼い主から逃げ出した以上は〝危険な能力(ちから)を持った怪物〟に過ぎない。何らかの被害を及ぼす前に、可及的速やかに破壊すること――それが、私に与えられた新たな任務だった。  捜索すること、三週間。なんてことはない。ツヴァイはあの廃墟の町に居た。あそこまで念入りに脱走表明しておきながら、まさか自分達の管轄下の土地に居るとは思いも寄らない。正に灯台下暗しというやつだ。 「何だか懐かしいね」  ツヴァイが感慨深げに零した。  長い追憶に浸っていた私は、その言葉で現在に引き戻された心地がした。  追跡者(チェイサー)抹殺対象(ターゲット)という、最悪な形での再会を果たした私達が対峙する、廃墟の町の一場面。  ツヴァイの視線は、私から周囲の瓦礫の山に向けられていた。その表情には、穏やかながらにどこか哀愁の影がある。 「この場所、よく来たよね。俺がここに居ると、アイちゃんがいつも探しに来てくれたっけ。知ってた? 俺が敢えて行き先を告げずに出ることが多かったのは、君に見付けてもらいたかったからなんだよ」 「……まさか、それが理由じゃないだろうな」  この、大掛かりな逃亡劇の。 「まさか。まぁ、それもあるっちゃあるんだけどね」  ツヴァイは(おど)けるように肩を竦めてみせた。どこまでが本気かは不明だ。何せ、いつかの「傍に居る」という誓いを破った大嘘吐きの言葉だ。  それでも私は、諦めきれずに問う。 「戻る気は無いのか」 「戻らないよ。あの頃みたいには、戻れない」  私は思わず瞑目した。返ってくる答えなど、聞かなくても分かりきっていた。 「何故だ」 「秘密」 「考え直す気は無いのか」 「残念ながら」  ツヴァイの気持ちは変わらないようだ。  ――やはり、()るしかないのか。  しかし、と逡巡が行動を遅らせる。内心では、〝どうして〟という疑問符が絶えず膨らんでいく。  どうして、私は友を手に掛けねばならないのか。どうして、かつてを止めた筈のお前が、よりよって私にを強いるのだ。  ツヴァイは何を考えている?  そして私は、本当はこんなことは――。 「迷ってるね」  涼しい声に心情を言い当てられ、私はハッと瞠目した。  ツヴァイは軽く息を吐き、いつもと全く変わらぬ飄々とした調子で、 「仕方ないなぁ。それじゃあ、アイちゃんがやりやすいようにしてあげる」  腰のホルスターに手を伸ばした。  息を呑む私に、彼は手にした小銃を構えて引き金に指を掛け――次の瞬間、乾いた発砲音が廃屋の壁に反響した。

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