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3-6 君が幸せなら、俺はそれでいい。
目下の問題は、ドライだけじゃない。
「セーラちゃんってさ、アイちゃんのこと好きだよね?」
「えっ!?」
宿舎のラウンジにて、フィーアことセーラちゃんからの相談事に先んじて問い掛けてみると、彼女はあからさまに動揺を示した。両手で紅潮した頬を覆い、消え入りそうなか細い声で彼女は答える。
「わ、分かっちゃいますか……?」
「うん、まぁ、分かりやすいよね」
アイちゃんの話題の時だけ明らかに食いつき方が違うし、本人と接している時の態度なんかもそわそわと落ち着きがなく、異性として意識しまくっているのがバレバレだ。
「そ、そうなんだ……どうしよう、アインスさんにもバレちゃってますかね?」
「いや、大丈夫だと思うよ。アイちゃんそういうの鈍いから」
「そ、そうでしょうか……」
ホッと息を吐きつつも、まだ不安なのか彼女は目を伏せて人差し指と人差し指の先をちょんちょんとくっつけたり離したり繰り返す。初々しいその反応に、俺は内心苦笑した。
――まぁね、そうなるよね。
先日の模擬戦闘訓練のことだ。危機に陥ったセーラちゃんのことをアイちゃんが見事に救った。その上、怯える彼女を安心させる為、「お前のことは私が守る」とまで言い放ったのだ。
実に彼らしい行動だけれど、おそらく天然無自覚にそれをやってのけるところが罪深い。割と以前からアイちゃんのことが気になっている様子だったセーラちゃんは、あれを切っ掛けに完全に彼に落ちたようだった。
「それで? 今回の相談事の内容は、そのことかな?」
彼女は小さく首肯を返した。それから、ゴニョゴニョと口の中で呟く。
「はい……その、この先どうしようって……す、好きだと気付いてしまったものの、告白とかしたら、きっと迷惑になるじゃないですか。こんな場所で、わたし達こんなことになってて……元々アインスさんは、御家族の仇を討つ為に志願していらしたらしいですし、だったら余計に色恋沙汰なんか邪魔なだけといいますか……」
「それでも、セーラちゃんは伝えたいんだね?」
訊くと、彼女はたじろいだ。
「つ、伝えたいというか……隠せる気がしなくて」
「その点なら、さっきも言ったけど大丈夫だと思うよ。アイちゃんの鈍感さは筋金入りだから」
「そ、そうなんですけど、でもあの……うぅ、違いますね。わたし、その……どこかで気付いて欲しいって、思っちゃってるんです」
――ああ。
「そんなこと思っちゃいけないのに、迷惑掛けちゃうのに。でも……わたしのこと見て欲しい、なんて……おこがましいこと」
――分かるなぁ。
知られたくないのに、気付いて欲しくて。でもやっぱり、嫌われるのが怖くて……その相反する想いが葛藤する気持ちは、痛い程によく分かる。
彼女は、俺と同じだ。
「ごめんなさい……こんな話聞かされても、困っちゃいますよね? でも、こんなこと話せるの、ツヴァイさんしか居なくて……ご迷惑、ですよね?」
窺うように上目遣いで見上げてくる彼女に、俺は出来るだけ優しく笑み掛けた。
「そんなことは無いよ。頼ってくれて、嬉しい……でも」
――でもね。
「ちょっと、切ないかな」
「え?」
俺の言葉に、セーラちゃんはキョトンとした反応を見せた。畳み掛けるように俺は告げる。
「俺、セーラちゃんのことが女の子として好きなんだけど……気付かなかった?」
彼女のどんぐり瞳が更に大きく瞠られる。そこに映る俺の表情は、我ながら上手いなと思う程に切なげな微笑を湛えていた。
「っえ? わ、わたしっ?」
「俺じゃ、駄目かな……? 俺じゃ、アイちゃんには敵わないかもしれないけど、君を想う気持ちだけは、負けてない筈だよ」
――なんてね。
俺が好きなのは、勿論アイちゃんだ。だけど、俺は別に彼とどうこうなりたい訳じゃない。
彼はきっと普通に女の子が好きだろうし、アイちゃんが幸せなら、俺はそれでいい。
俺だって、好かれたいと思わない訳じゃないけど……俺みたいな汚れた奴は、綺麗なアイちゃんには相応しくない。彼にはもっと、純粋で同じくらい綺麗な女の子の方がお似合いだ。
――さて、君はそれに足るかな?
「あ、あの……わたしっ、その……」
セーラちゃんは、瞳を右往左往させて可哀想なくらいに狼狽えていた。震える唇から漏れる声は纏まった言葉にはならず、どうにも埒 が明かなさそうだ。
深く息を吐いて、俺は助け船を出した。
「ごめんね……急にこんなこと言って。それこそ、困らせるだけだよね。だけど俺、黙ったまま君の恋を応援出来る程、大人じゃないから」
「あっ……ご、ごめんなさ」
「謝らないで。俺が勝手に君のこと好きなだけだし」
「っ……」
「返事はすぐに欲しいとは言わない。でも、考えておいてくれると嬉しいかな、俺のことも」
最後に駄目押しすると、セーラちゃんは言葉を詰まらせてから「は、はい……」と、俯いた。
――あ、そこで頷いちゃうんだ。駄目じゃん、すぐにフらないと。
俺は内心、落胆した。セーラちゃんがアイちゃんに相応しい子かどうかを見極めるのは、とりあえず保留といったところか。ここで簡単に俺に転ぶような子なら、即座に不合格だった。
アイちゃんが幸せなら、俺はそれでいい。……だけど、アイちゃんを幸せに出来るような相手じゃなければ、絶対に許さない。
その後は当たり障りのない日常会話を交わして、セーラちゃんを部屋まで送り届けた。
「おやすみ」と笑み掛けて扉を閉ざした瞬間の、彼女の瞳の奥に浮かんだ倒錯的な陶酔の光を、俺は見逃さなかった。
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