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3-10 間違いだらけの選択の行方。
「セーラちゃん、俺に相談があるって、今度はどうしたの?」
呼び出されたのは、前と同じ宿舎のラウンジだった。
食堂での事件以降もセーラちゃんと話すことは何度もあった。流石に直後はショックを受けている様子だったけれど、アイちゃんが思うよりはセーラちゃんはずっとしっかりしていた。
彼女の惑いの原因は、どちらかというと俺の告白の件だったろう。このところ、頻繁に彼女からの視線を感じるようになっていた。そうして、彼女が何かを考え込む様も。……アイちゃんは何も知らないから、単純にセーラちゃんが不安定になっていると思っていたようだけど。
今日はこうしてわざわざ俺一人が指名を受けたということは、おそらく彼女の中で何かしらの結論が出たのだろう。
果たして――。
「ツヴァイさん、すみません。突然、不躾なことをお伺いしますが、ツヴァイさんの本当に好きな人は、わたしじゃないですよね」
改まった口調で切り出された彼女の話は、予想外なものだった。
「……どうして、そう思うの?」
「見ていて、気付きました。もしかしたら、ツヴァイさんが好きなのは、アインスさんなんじゃないかって。この間の食堂での事件の時に、それは確信に変わりました。ツヴァイさんが一番大事に想っているのは、アインスさんだって」
膝の上に乗せた自身の拳に視線を落としたまま、セーラちゃんは語る。
「じゃあ、何でわたしのことを好きだなんて言ったんだろうって、考えてみたんです。わたしの恋愛相談を聞くのが辛かったから話を逸らす為に、とかも思ったんですが、それなら他にやりようがあると思うし……わたしのアインスさんへの気持ちを揺らがせる為に? でも、だったら普段からもっとわたしとアインスさんが接触するのを邪魔しても良かったと思うんですよ。なのに、ツヴァイさんは恋敵のわたしにもいつも親切だったじゃないですか。例えそれがもしも本心じゃなかったとしても、応援してくれてる節さえありました」
「…………」
「それで、思ったんです。ツヴァイさんはアインスさんが大事だからこそ、彼の幸せを想って自分は身を引くつもりでいるんじゃないかって。わたしを好きだなんて言ったのは……わたしの気持ちが本物か、試そうとしたんじゃないかって」
ここで、ちらと視線を上げて、彼女は窺うように俺を見た。俺は内心、驚いていた。
「凄いね。ご名答だよ。まさか、そこまで言い当てられるとは思わなかったな」
正直、セーラちゃんのことを侮っていた。素直に感心した。
「もし君が俺に靡 いていたら許さなかったけど、これなら合格かな。セーラちゃん、アイちゃんのことを幸せにしてあげてね。……なんて、俺が偉そうに言えることでもないかもしれないけど」
祝福するつもりで笑み掛けるも、セーラちゃんの表情は硬いままだ。
「……ツヴァイさんは、それでいいんですか?」
「勿論。俺は、アイちゃんが幸せなら、それでいい」
「嘘です。それなら、どうしてそんなに切ない顔で微笑うんですか」
虚を衝かれた。
切ない……? 俺は今、そんな顔をしているのか?
「分かりますよ。わたしあれからずっと、ツヴァイさんのこと見てましたから。わたしのこと好きじゃないのに好きだなんて言うのは何でだろうって、気になって、ずっと目で追ってたんです。そしたらあなたは、辛い恋をしている人だった」
「…………」
「同性同士だから? それとも他にも理由があるのか……自分の本当の気持ちを押し殺して、あなたは伝えない気でいる。誰よりも相手の幸せを願っているくせに、あなた自身は幸せになろうとしない。どうして? 自分にはその資格がないとでも思っているみたい」
「…………」
「そんなあなたを見ていると、とても……胸が苦しくて、痛くって……愛おしくて」
「!」
「好きです、ツヴァイさん。わたし……アインスさんのことが好きだった筈なのに、いつしかアインスさんに恋をするあなたのことを好きになってしまいました。あなたに幸せになって欲しい。自分の幸せを諦めないで欲しい。……わたしじゃ、駄目ですか? わたしじゃ、あなたを幸せには出来ませんか?」
絶句した。
〝俺じゃ、駄目かな?〟――かつてそれは、俺が君に投げ掛けた言葉。それをそのままやり返すかのように、彼女は俺にそう言った。
「……君を騙した仕返しのつもりかな?」
「っ違います、わたしは本気で!」
本気? そんなことは、その瞳の真剣さで分かっている。……でも、
「尚、悪いよ」
「!」
「結局、君もか。君まで、そんなことを言うのか。期待したのに……君にならアイちゃんをって、なのに、どうして……」
脳裏に浮かんだのは、ドライの顔。それと、これまで俺に好意を寄せてきた幾人かの人達の記憶だった。どいつもこいつも皆、結局は俺の顔か身体しか見ていなかった。
神父様と同じだ。――気持ち悪い。
胸の奥がむかむかする。吐きそうだ。
「ツヴァイさん……」
突如口元を押えた俺の様子を心配してだろう、彼女の手がおずおずとこちらに伸びてくる。そこに、記憶の中の神父様の手が重なった。
いつものように、名を呼びながら――。
「触るな!」
「っ!」
咄嗟に払い除けた。彼女がどんな反応を示したのかも、俺は目を逸らしたまま確認しなかった。
「俺のことが好き? 頭おかしいんじゃないのか。見る目無さすぎるだろ。アイちゃんを好きになった君は、もっとマトモだと思ってた。何で俺なんかに」
ああ……どうして、こうなった?
視線が刺さる。何かを希求するような、どこか憐れむような瞳で。
――見るな。
そんな目で俺を見るな。分かったような口ぶりで、俺を語るな。
「君に俺の何が分かる。要らない……俺には、アイちゃんだけでいい」
「ツヴァイさん……」
彼女の声は、意外にも落ち着いた様子だった。顔を上げると、変わらず憐憫を湛えた瞳と真っ直ぐに目が合った。
「あなたは、そんなにも自分のことが嫌いなんですね」
ハッとした。彼女は視線を落として、独り言のように呟いた。
「わたしの好きは、あなたを追い詰めるだけなのね。やっぱり、アインスさんじゃなきゃ駄目なんだ……」
それから、ぽろりと――。
「わたしが居ない方が、あなたは幸せなのね」
聞こえてきた言葉に、不穏な予感を抱いた。
「セーラちゃん」
「分かりました。わたしはもう、お二人の邪魔はしません。だから、安心してください」
「セーラちゃん、何か変なこと考えてない?」
しかし、彼女は笑顔で告げた。
「何がですか? さぁ、今日はもう遅いので、お部屋に戻りましょうか。聞いてくださって、ありがとうございました」
――翌朝、館内放送で彼女の訃報が流れた。
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