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22.ハインド家の食卓

   * * * 「ただいま戻りました」  広い屋敷の玄関ホールに、プラドの声が響く。  使用人にローブを渡しながら大理石の床から絨毯へ足を踏み入れたタイミングで、プラドは突然背後から柔らかな腕に抱きしめられた。 「プーラド、おかえりなさい!」 「うぉっ、あ、義姉上……戻っていらしたのですか」 「そりゃそうよー! かわいい義弟が帰ってくる時ぐらい私もちゃんと準備するわ」  明るい声に振り返れば、はつらつとした妙齢の女性が笑顔を見せる。  長い黒髪の彼女はシンプルなシャツに黒のパンツスタイルで、後ろには荷物を持ったままの秘書が控えていた。  彼女の名はアネリア・ハインド、プラドの義姉である。  国土魔通省に勤めているアネリアだが、どうやら今日は帰省するプラドの為に早退けしてきたようだ。 「おかえりなさい、プラドお兄様!」 「あぁ。イムリー、出迎えありがとう」  次にプラドを出迎えたのはピンクブロンズの髪をなびかせた可愛らしい少女。イムリー・ハインド、プラドの妹だ。  大きな階段からおりてくるイムリーの後ろから、もう一人、プラドとそっくりの髪色を持つ男が続いた。  プラドより長身の男は、プラドに駆け寄ろうとするイムリーを柔らかな声で制する。 「こらこら、プラドも疲れているだろうからまずは休ませてあげなさい」 「兄上、お気づかいありがとうございます」 「うん、おかえりプラド」  柔らかな笑みでプラドを出迎えた男は、プラドの兄でハインド家の当主、そしてアネリアの夫であるアニス・ハインドだ。 「プラド、着替えて落ち着いたら降りておいで。昼食はまだだろう? 久しぶりに皆で食べよう」 「プラドお兄様、私お腹すいたから早くしてね!」 「こらこら」  末っ子の無邪気なお願いに、アニスはたしなめはするものの仕方ないなと笑うだけだった。  プラドも早く早くと急かすイムリーの頭を撫で、妹のお願いを叶えるべく私室へと急ぐ。  そして一刻もしないうちに、広い食卓を囲んで兄妹水入らずの食事が始まったのだ。 「それで、プラドは良い人はできたかしら?」 「……毎回聞きますね義姉上は」  席について早々にアネリアが口を開き、その内容にプラドは苦笑いを浮かべる。  なんせ毎度毎度、この義姉は同じ話を振ってくるのだ。おまけに妹まで興味津々に身を乗り出してくるものだから困ったものである。  アニスも困ったように笑うが口を挟みはしない。  口達者な妻と妹が揃ってしまえば、己では制御出来ないと分かっているからだ。 「それで、どうなのプラドお兄様。前は三人から交際を申し込まれたって言ってたじゃない。その方達と何か進展はあったの?」 「いや、その生徒達とは何も……」 「あら! その言い方だと他のお嬢さんと何かあったのかしら?」 「……」  義姉からの鋭い追求に、プラドは言葉をつまらせる。  何かあったかと言えば、もちろんあった。  あれで何も無かったと言えるほど、プラドの人生経験は豊富では無い。プラドの中では大事件なのだから。  しかしながら、いくら家族とはいえ話して良いものなのか。  そんな考えから躊躇したプラドだったが、恋バナに飢えた乙女達が見逃してくれるはずもなかった。 「やっぱり……何かあったのね! ねぇねぇプラドお兄様、もったいぶらないで教えて!」 「どんなお嬢さんなの? お姉さんが相談にのってあげるわよ」 「いや、別に何も──」 「「あったんでしょっ!」」 「二人とも落ち着きなさい……」  二人は目を輝かせ、イムリーにいたっては身を乗り出してまでプラドに問いただす。  そんな彼女らにアニスは落ち着けと注意するが、すぐに彼もプラドへ視線を移す。  アニスとて、弟の恋愛事情に興味はあるのだ。  どんな甘酸っぱい話が飛び出すのかと、パンをちぎりながら温かな視線を送るアニス。  しかし、少し頬を染めたプラドだったが、彼はいっこうに口を開こうとしない。 「……」 「プラド?」  その様子に、アニスは少し驚いた表情になり、アネリアとイムリーはどうしたのだろうと顔を合わせた。  いつものプラドは、自分から学園生活の話を語るのだ。  どれほど優秀な成績を収めたか、どれほど他の生徒から慕われているか。そして恋バナだって、どれだけ好意をよせられているかと鼻高々に話すのがプラドなのである。その後に「さすがプラドだ」と褒められて「たいした事ではない」と言いながら更に鼻を高くするのが一連の流れだ。  だから今回も、もったいぶっているだけだと兄妹は思っていた。  ところがどうだ。プラドは誰とも視線を合わせようともせず、不自然に何度も水を飲んでいる。その様子は、高らかに自慢話をする前触れには見えなかった。  だから彼らは僅かに焦る。聞いてはいけない話題だったのかもしれない。つまり、失恋したのか……と。  しばらく沈黙が続く。聞いてはいけなかったかもしれない。それでも、やはり気にはなる。皆いけないと思いつつも、無意識にプラドに注目して口を開くのを待った。  それを無視するわけにもいかず、プラドは仕方なくポツリとつぶやいた。 「……お嬢さん……では、ないですね」 「ん?」 「え?」 「えっ……」 「……」  しかしそれは、失恋話より、更にたいそうな爆弾発言だった。  静まり返ったリビングに、メイドが落としたカトラリーの音だけが響いた。  

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