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28.甘い

   プラドの左手はソラの右手を握ったままだ。  さすがに片手、しかも左手で食事は出来ない。ましてや何故か出てきた食べ慣れないケーキを、利き手でない方で食べるなど至難の業だ。  しかし手を離してしまっては、24時間魔力検査(ソラ命名)が出来なくなってしまう。  食事時などそれこそ魔力の変化がありそうなものなのに。  これは困った、と、握った手と料理を何度も見比べていたら、隣から声がかかる。 「……お前、そんなに手を離したくないのか……」 「ふむ」  離したくない、が、これ以上わがままを言っても仕方ないだろう。  せっかく出来たての料理が運ばれてきたのだから、いい加減食べなくては……。  そう思い、プラドの手から自分の物を引き抜こうとした時だった。 「まったく、お前は……っ、仕方ないなホントにっ!」  ソラより先に、プラドが動いた。  文句の言葉を並べるわりには至極楽しそうにするプラド。何をするつもりなのかと見ていたら、プラドは一度手を離す。  そして二人の椅子を近づけ、ソラの腰に手を添えた。 「こ、これで今は我慢しろ……!」  腰を軽く引かれて身体が密着する。なるほど、素肌同士の接触は無くなったが、これなら服越しでも接触面が広いので24時間魔力検査は継続可能だろう。 「ありがとうプラド」 「……いいから、早く食べろよ」  柔軟な対応に感謝しながら、では遠慮なく、と、プラドに食べ方を教わって見慣れない食材に手を付ける。  パンケーキはチーズともハムとも良く合うが、甘いクリームと食べてもとても美味しかった。  プラドはソラを抱き寄せたまま不自然に他所を向いていたが、慣れない料理を不器用に食べるソラをいつの間にか眺めるようになった。  時折プラドも思い出したように、右手だけで器用に食べていく。  しかしソラはパンケーキにクリームを付けて食べるのを気に入ったが、どうも上手くいかない。  食事に甘い物なんて、と最初は抵抗があったが、クリームをたっぷりつけたフワフワの生地はそんな事を忘れるぐらい美味しい。今までの価値観が崩れるほどだ。  しかし、温かなパンケーキにクリームを乗せると溶けて流れて上手くいかない。  そうこうしている間にフォークでつつきすぎたパンケーキはどんどん形を失っていく。  そんなソラを見ていたプラドから、可笑しそうな笑い声が届いた。 「おっまえ、いつもはイヤミなほど器用に魔法陣を描くくせに、なんでこんなのは器用にできないんだ」 「ふむ、今後の課題だな」 「いや課題にしなくても良いけどよ」  そう言うとプラドはフォークで一口大にパンケーキを切り分ける。  そしてフォークにパンケーキを刺し、そのまま盛られたクリームをすくい取り、ソラの口元に運んだ。 「ほら、こうやって食うんだ」  それをソラの口元に押し付けるので口を開ければ、クリームたっぷりのパンケーキが口中に広がる。  なるほど、そうやるのかと学習したソラは、プラドの真似をしてフォークを動かした。  しかしなぜだかプラドのように上手くいかない。これは鍛錬が必要なのだなと納得して、それでも懸命にクリームをたっぷりつけてパンケーキを食べ続けた。  そしてプラドは、食事もせずに、そんなソラをジッと眺めていた。  一生懸命に、けれどどこか幸せそうにもぐもぐするソラ。 「ぷ……っ」 「……?」  不意にプラドが小さく吹き出したので、顔をそちらに向けるとプラドの親指がソラの口元を拭った。 「ここクリーム付いてんぞ。ほんっと魔術じゃない事は信じられないぐらい不器用だなお前は」  そう言うプラドの指には、ソラの頬に付いていただろう白いクリームがくっついていた。  それを当たり前のようになめ取るプラド。見つめるソラ。一拍置いて、みるみる顔を赤くしたのはソラ、ではなく、プラドだった。 「……っ!? いや、あのっ、き、綺麗に食べろよなっ! まったく手のかかる……っ!」  我に返ったかのように急に慌てだしたプラドは、ハンカチをとりだしてやや乱暴にソラの頬を拭く。  その後は眉間にシワをよせてそっぽを向いてしまったが、ソラを引き寄せる腕の力は緩まなかった。  そんな様子を数人の若い店員が震えながら見ている事など、二人が知る由もなかった。  

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