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57.宿で

   * * *  賑やかな、いや賑やかを通り越して騒がしかったディナーも終えて、ソラはハインド家にほど近い宿屋に来ていた。  本当は王都の隅っこにある宿を取っていたのだが、プラドが勝手に変更していたのだ。  ソラが手配していた安い宿とは打って変わり、やたらと豪華な宿を取られて落ち着かない……かと思われたが、安かろうが高かろうが宿は宿だとソラは勝手知ったる様子でベッドに寝っ転がっていた。  ソラからすれば固く狭いベッドも柔らかく広いベッドも、ベッドという固有名詞は変わらないのだ。  ただ少し寝心地は良いなと感じる程度である。ソラに豪華なシャンデリアは不要だった。  そんなちょっと居心地の良い部屋で、持参していた慣れた寝間着を着て本を読んでいると、広い部屋にノックが響く。  ソラは立ち上がりドアを開けば、少し驚いた顔のプラドが立っていた。 「おま……っ、不用心にドアを開けるな! しかもそんな姿で……っ」 「プラドと分かっていたから開けた」 「ホントかよ……」  寝間着姿で警戒心もなく扉を開けた恋人にプラドは訝しげな顔を向けたが、ソラは構わずプラドを招き入れる。  やたらと広い部屋はダイニングとベットルームが分かれている。  そんな広いダイニングに置かれたソファーに腰を下ろせば、プラドも隣に座った。 「この部屋はプラドが用意してくれたのだろう?」 「まぁな」 「プラドの魔力の気配がした」 「そんな事まで分かるのか!?」 「近い宿を取ってくれてありがとう」 「いや、まぁ……ホントは家に泊まらせたかったんだが。落ち着くまでゆっくり話も出来そうにないからな。騒がしくて悪かった」  言いながら、プラドはソラの髪に指を滑らせる。サラサラと流れる美しい髪を堪能して、一房を掴んで口づけた。 「髪、結ばないんだな」 「たくさん梳かれたから結ぶのが申し訳なくなった」 「……そりゃすまんな」 「いや、もてなしてくれたのは嬉しかった。ただ化粧をされそうになったからそれは断った」 「……」  やや残念そうにするプラドに気づかず、ソラは部屋にあらかじめ用意されていた水を飲む。  言えば果実水でも何でも宿の者が持ってきてくれるのだが、ソラにその発想は無かったようだ。 「それで、私はプラドの家族に受け入れてもらえたと思って良いのだろうか?」 「受け入れられたどころか……お前もう逃げられんぞ」  軍の好待遇をアニスがアピールするのをプラドが止め、国土魔通省の魅力をアネリアがとうとうと話すのをプラドが止め、家族になったらお揃いの服を着て歩きたいとイムリーがねだるのをプラドが止めた。  いつの間にかアニスの執事が婚約誓約書まで用意していた為、ひとまずプラドが預かっている。  そんな賑やかなハインド家訪問を終えたわけだが、ぐったりしているのはなぜかプラドだけだった。 「まぁ、たとえ家族が囲おうとしなくても俺が逃さんが……」 「私は逃げないが?」 「当たり前だろ」  ぽすん、と、ソラの肩に顔を埋めたプラドは、やっと落ち着ける場所を見つけたかのように体の力を抜く。  ソラもそんなプラドを気遣うようにポンポンと頭を撫でた。 「……ありがとう」 「何がだ?」 「俺との結婚を決心してくれた事だ」 「付き合う時に決心するものだろう?」 「そうな、お前が何となくで付き合うわけないよな。一大決心で付き合ってくれたんだよな」  くっくっとプラドの肩が揺れ、顔は見えずとも笑っているのが分かる。  何が楽しいのかソラには分からないが、自分と共にいて楽しいと思ってくれるのは悪い気はしなかった。  ひとしきり笑ったプラドは顔を上げ、穏やかな目をソラに向ける。 「……明日、俺もソラの実家に行って良いんだな?」 「祖母にはそう話している」 「頼むからそっちでは俺に言わせてくれよな」 「承知した。プラドに譲ろう」  会話が終わり、二人は自然と唇を合わせる。  互いの熱を確かめ合うようなキスを繰り返し、一度唇を離したプラドが吐息がかかる距離で問う。 「──……今日は結界を張らないんだな」 「恋人を部屋に招くのはそういう意味なんだろう?」 「……あぁ」 「それに、部屋にプラドの魔力で防音と警備の魔術がかけられていたから、プラドが来るのは分かっていた」 「……っ、ほんっと……凄いなお前」  プラドは少し苦笑いを浮かべたが、ソラをソファーに押し倒す頃には、瞳に熱を宿していた。  

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