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第2話 外堀は埋めさせません

 ロイが目を覚ますと、そこは自室のベッドの上だった。  どうやって戻ってきたのかはわからない。けれど、ベッドに寝ていて、しかも寝巻きを着ている。 「どうやって着替えた?」  不思議に思って、自分の体を見渡すが、別段おかしなところはない。 「それは、私がしたんですよ」  同室者の声では無い声がした。 「!!!!」  驚いて、若干臀がシーツから浮いた。 「なかなか、新鮮な反応で」  ロイの勉強机の椅子に座っていたのは、誰あろう、テオドールだった。 「な、なんで?」  状況が飲み込めないロイが、思ったままを口にすると、テオドールは笑いながら答えてくれた。 「それはもちろん。レイヴァーン様から『初体験を頂いたのだから』と釘を刺されたからですよ」 「ななななななななななななななあ」  とんでもない事を言われて、ロイは顔を真っ赤にした。耳までどころか首も胸の辺りまで赤くなった。  ゆっくりと同室者のスペースの方へと顔を向けると、同室者は困ったような笑顔をこちらに向けていた。 「ですから、体を綺麗にして新しい寝巻きを着せて差し上げたのでは無いですか」  しれっと言われても、どうにも聞き逃せないワードだらけだ。 「流石に、初めてをあんな形で奪ってしまいましたからね。私だって後悔はしてるんですよ?」  誤解を招く言い方をさらにされて、ロイはぎこちなく同室者の顔を見る。すると、直ぐに目線を外された。 「まぁ、あんな姿のロイを人目に晒してしまったのは反省してますよ?」 「あんな姿?」  記憶がだいぶ無いロイは、自分がどんなに格好をしていたのか、まったく分かっていなかった。縛られていたから、体の自由がなかったことぐらいは覚えている。 「はだけたシャツしか身につけていないロイを、横抱きにして運んだことは謝ります」 「はぁぁぁ?」  なぜそうなる? 「私が場所も選ばずに、あんなところで致してしまったせいで、後始末が上手く出来なかった事を許してくださいますよね?」  いやいやいやいや、言っていることがおかしい。  場所も選ばず?  そもそも、場所がどこかだったかロイは知らない。おそらくテリーがロイを羽交い締めにして、縛り上げて運んだのだ。だから、あの場所のことをロイは一切知らない。  一体、どこからここまで、そんな恥ずかしい姿で運ばれたのだろう?寄りにもよって、宰相の子息であるテオドールに横抱きにされて。 「ああ、もちろん。私の上着ぐらいはロイにかけましたよ?」  当たり前だ。下半身丸出しで横抱きにされただなんて、恥ずかしいところを意識のないまま晒したなんて、とんだ黒歴史だ。 「あ、当たり前だ!隠せよ、隠すのが常識だろう!隠さなかったら公然わいせつ罪で捕まるわ!」  ロイはテオドールに向かって叫んでいた。もはや、何をされたのかなんて言及したくもなかった。 「ふふ、それだけ元気なら問題ないでしょう。でも、念の為夕食は部屋に運んであげますから、大人しく待っていてくださいね」  そう言い残してテオドールは部屋を出ていった。 「うううう、最悪だ」  ロイは頭を抱えてしまった。一体自分は何をやらかして、何をされてしまったのだろう? 「あのさぁ、ロイ」  同室者が、遠慮がちに声をかけてきた。 「なに?」  おそらく、自分よりも今の状況に詳しいであろう彼は、少し困ったような笑顔をロイに向けてきた。 「あのね、とりあえず今日はもう部屋から出ない方がいいと思う。食堂なんかに行ったら、それこそ大変なことになると思うよ?明日になれば噂も落ち着くと思うんだ」  おそらく、同室者はロイを慰めてくれているのだろう。ロイと同じく子爵子息であるから、貴族階級としては同列だ。見た目だってそんなに特徴のない、所謂モブ顔をしている。身長も平均ぐらいしかないから、集団の中において、目立つことも無い。  そんな彼が、平穏無事にすごしてきたのに、同室者であるロイのせいで波乱に巻き込まれてしまった。多分、彼はこれから食堂に行って、見知らぬ生徒たちからあれこれと質問をされてしまうのだろう。ゆっくりと食事が出来ない事態に巻き込んでしまったことを、ロイは心の中で詫びた。 「噂?噂って、そんなに早く回るもの?」  ロイの体感ではまだ、1時間も経っていないはずだ。それなのに、もう噂が飛び交っている? 「うん、まぁ、相手が相手だし……だからこそ、今は大人しくしていた方がいいよ」  相手が相手とは確かにそうだろう。 「うん、分かった。ごめんな、迷惑かけちゃって」  ロイがそう言うと、同室者は慌てて両手を勢いよく左右に振る。 「そんなことない。ない、ないから」  そんなに全力で否定しなくてもいいと思うのだけれど、やたらと必死な様子を見てしまうと、だいぶ良い奴なんだと思う。  そんなことをしていると、ノックの音がした。 「はい」  同室者が返事をして、扉を開ける。 「あ、テオドール様」  その名前を聞いて、ロイは扉の方を見た。  なんとテオドールは、トレイに食事を載せてやってきたのだ。 「ありがとう。さすがに両手が塞がってしまってね」  テオドールはそう言いながら部屋に入ってきた。 「好みが分からなかったので、本日の定食AとBを用意しましたよ」  そう言いながら、ロイの勉強机の上にトレーを載せた。 「じゃあ、俺は食事に行ってきます」  気を利かせてくれたのか、ロイの同室者はテオドールと入れ替わるように食堂に行ってしまった。 「さて、ロイはなにか好き嫌いはありましたか?」  テオドールが、用意してくれた定食は肉料理と魚料理がメインとなったA定食とB定食だった。 「別に、ないけど」  そんなに沢山は食べられない。ロイは割と少食だった。育ち盛りの年齢が集まる学園だからなのか、食堂のメニューはどれもこれもボリュームがやたらとあって、女子生徒が残さず食べているのが不思議でならなかった。 「では、少しずつ仲良く食べましょうね」  と、言ってテオドールは料理を切り分け始めた。 「はい、あーん」  そうして、料理を刺したフォークをロイの方へ向けてきた。 「え?」  半分にして、トレーごと渡されるのかと思っていたロイは、予想していなかった出来事に狼狽えた。 「ほら、あーん」  再度催促されて、ようやく口をあけると、ソースのよく絡んだ肉が口の中にやってきた。 「……………」  ロイが必死で咀嚼して飲み込むと、次のものが目の前にやってくる。流石に普段、パンをひとつにしてもらっているから、そのまま定食を、半分も口の中に突っ込まれたらお腹がパンクしてしまう。 「もう、食べられない」  普段より多く口にした自覚がある。もう、苦しくて目尻に涙を浮かべながら訴えると、テオドールは目を瞬しばたたかせた。 「少食過ぎませんか?」  テオドールにそんなことを言われても、ロイはもう食べられない。この世界の食事の量が多すぎるのだ。乙女ゲームのくせして、食事量だけが体育会系だ。 「元々、そんなに食べてないから」  魔術の実技があった日だって、そんなにお腹がすいたことは無い。どちらかと言うと、甘いものが、欲しくなる程度だった。 「そうなんですか。では、私が食べちゃいますからね」  テオドールは、そう言って残りの定食を食べ始めた。次々と料理を口に運ぶテオドールを見ながら、ロイは自分の腹を見た。普段より食べたから、胃のあたりがぽっこりと出てしまっている。  その丸みを帯びたあたりを手で撫でていると、その手をいきなり掴まれた。 「まるで赤ちゃんでも入っているみたいですね」  テオドールが、ロイの顔を覗き込んできた。そうして、ロイの手の上から腹を撫でてきた。 「可愛いですね」  そんなことを言われたので、ロイはまた顔を赤くする。 「か、可愛いとか、意味わかんないからっ」  思わず避けようとしたら、腹を撫でていた手がそのまま下に降りた。 「うっ」  握りこまれて体を固くすると、テオドールは素早く間合いを詰めてきた。 「ここも可愛いですよ」  そう言って、力を入れてきたから、ロイは情けなくも悲鳴をあげた。  そうして、無防備に口をあけたから、テオドールが遠慮なしに入ってきた。 「うぅん」  押し返そうとしたら、下を掴むテオドールの手に力が入った。どうやら、抵抗することを許してはくれないようだ。自分の大切な部分を人質に取られて、ロイは大人しくテオドールを受けいれた。  けれど、お腹がいっぱいすぎて苦しいから、口を塞がれてさらに苦しい。大切な部分を掴まれているからもっと苦しい。  そんなわけで、ロイの目からはポロポロと涙が溺れおちていく。  そんな状態がどれほどの時間かかっていたかは、体感では分からなかった。けれど、部屋のドアが開けられて、そして静かに閉められたのを感じて、ロイの肩は小さく震えた。 「ああ、ごめんね。もう、お暇するよ」  ロイから離れた途端に、テオドールがロイの背後に向かって声をかけた。ロイには見えてはいなかったけれど、同室者が戻って来ていたようだ。  テオドールは勉強机の上に置いてあった、からになったトレーを器用に重ねると、自分で扉を開けて出ていった。もちろん、ロイの耳元で「また明日」と囁くのを忘れずに。  同室者が自分のスペースのどこに居るかは分からないけれど、ロイは怖くて後ろを振り返れなかった。テオドールは部屋を出る時に、同室者に挨拶をして行ったから、扉の辺りからなら、同室者の姿が見えるのだろう。 (歯磨きしたい。風呂入りたい。でも、無理だぁ)  ロイは恥ずかしすぎて、隠れたい衝動にかられ、布団を頭から被ってしまった。そうして消灯時の点呼が来る時まで過ごしていたら、本当に寝入ってしまい、点呼を同室者に代返してもらうことになった。  もちろん、翌朝に同室者には謝り倒し、お礼をしっかりとするのだった。

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