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第23話 お出かけお出かけ

 ウォーエント子爵領にある屋敷では、子爵夫婦が仲睦まじく朝食をとっていた。  これは、平日の朝の行事である。  週末、夫人は社交に忙しいため、早起きは出来ないからだ。  夫人であるアリアナは、社交界の華と呼ばれるだけあって、今でも可憐で美しい。そんな彼女は豊富で質の良い魔力を持っている。だからこそ、朝食のために王都のタウンハウスから領地の屋敷に転移魔法で移動することなんて、本当の意味で朝飯前なのだ。 「今朝のオムレツはトマトが入っているのね」  ダンジョンがあるだけに、土地自体も豊富な魔力を有していて、野菜は季節に関係なく新鮮で味の良い物が収穫されている。だから、アリアナは王都のレストランよりも領地の食事の方を好んでいた。 「ただいまっ」  食堂の扉をけたたましく開けて、ロイがやってきた。もちろん、セドリックの手を引いて。 「お、おはようございます。朝から失礼致します」  セドリックは扉を入って直ぐに深々と頭を下げた。寄りにもよって、子爵夫婦水入らずの時間を遮っている。 「おかえり、ロイ」 「いらっしゃい、セドリック」  夫人であるアリアナは、セドリックのことをじっくりと眺めた。そして、口を開くと、 「セドリックには、ロイの2倍ほど作ってあげて」  メイドにそう伝えた。  指示されたメイドは直ぐに料理長の元へと移動した。  ロイと、セドリックは案内されるままに席に着いた。ロイは席に着くなり話し始める。 「剣が出来たんだ。ねぇ、砦のダンジョンに入ってもいいよね?」  通常、ダンジョンに入るのには通行料を払うのだが、砦のダンジョンは別物で、その昔ウォーエント子爵が戦の際に建てたものだから、管理を今でも子爵がしているのだ。  通行料はとられないが、昼間でもアンデッドが出現するため、子爵の許可がおりなければ入ることは出来ない。 「二人で?」 「ううん、みんなと」  ロイの返事の仕方は、ちょっと公園にでも遊びに行く小学生のようだ。 「みんな?ロイ、みんなとは誰だい?学園のお友だちのことかな?」  そう聞く子爵の目は笑ってなどいない。顔は大変人の良さそうな笑顔が張り付いているのだが、目で夫人に合図を送っているのがわかる。おそらく夫人のお眼鏡にかなっていない者には、許可が下りないのだろう。 「えっとねぇ、アーシアとテオでしょ。あと王子とテリー、それにセド」  ロイがつらつらと名前を上げれば、夫人が都度小さく頷いているのがわかった。だからこそセドリックは、子爵の顔を見ながらも、夫人の反応を確認せずにはいられない。 「王子も砦に興味があったとは、ね」  子爵は感心した様に相槌をうつと、食後のお茶を一口飲んだ。ロイは出てきた食事に夢中の様で、子爵のつぶやきに反応をしめさない。仕方がないので、代わりにセドリックが口を開いた。 「アレックス様は俺の英雄の技を見てみたいと」 「アレックス様が?」  セドリックがアレックスの名前を出すと、子爵はすぐに反応をした。 「はい。同じ騎士科ですので」 「あ、ああ。そう言えば、ロイは騎士科に移ったのだったね」  子爵がそう言えば、ようやくロイが顔を上げた。 「うん。俺もセドに興味がある」  ロイがそんな言い方をするから、子爵の片眉が上がった。それに対して夫人は涼しい顔だ。 「あら?ロイは英雄の技に興味があるのでしょう?自分の分も作らせたそうじゃない?」  王都にいたはずなのに、夫人は随分と耳がいい様だ。 「うん。セドのおじいちゃんの剣を借りた時にできたからさ」 「なるほど。相性があえば使いこなせる、ということか」  子爵はとても興味深げだ。 「ぜひ最初に見せてくれないか?」 「うん、わかった」  ロイは返事をして、朝食を食べ終えた。  セドリックも食べ終えていたため、メイドがロイとセドリックにお茶を出してきた。  セドリックはお茶を飲みながら、なんだか落ち着かない気持ちになった。この後剣を取りに行き、しかも子爵に見せると言う。おそらく子爵は英雄であった祖父の技を、父よりも詳しく見ていただろう。ロイが見せると言うことは、セドリックも見せると言うことになるだろう。 「それじゃあ、私も見ていこうかしら?」  ニッコリとアリアナが笑った。  ***************  ガロ工房の前は静かだった。  ダンジョンがあり、冒険者が集まる街とはいえ、朝から武器を買い求める者はそうそういないと言うことだ。前回の様に絡まれることにならず、セドリックは内心ホッとしていた。 「おはよう」  ロイが元気よくガロ工房に入っていき、その後にセドリックが続いた。  依頼に来た日と同じように、店の主人であるガロはカウンターにいた。満足そうな笑顔を向けてくるのは、自信の表れなのだろう。 「待ってたぜ」  ガロの返事を聞いて、セドリックは頭を下げた。冒険者たちは、気さくで格式張った態度を嫌う傾向にあると聞いた。だからと言って、セドリックがその対応に合わせることはできない。公爵家の嫡男として生まれ育ってきたし、なにより学園の制服を着ている以上、砕けた態度は取れなかった。 「おはようございます」  ガロの前まで来て、セドリックは丁寧に挨拶をし直した。人気はなかったけれど、それでも認識阻害を織り交ぜた結界を張るのは忘れられない。将来的に仕える相手がいるから、身につけたものなのだ。 「相変わらずだなぁ」  ガロは、そんなセドリックの警戒心むき出しにも取れる結界に、苦笑した。この街で、ガロ工房の商品を盗もうなんて不届き者はいないのだ。まして、正体の知れたロイの依頼した剣を掠めとろうなんてバカは、生きていられないと言ってもいいほどだ。 「申し訳ない」  セドリックがまたそんなことを言うから、ガロはただ小さく笑うしかない。奔放なご子息様に、振り回されるご学友が、どんな身分なのかぐらい知っている。先代によく似た気質だ。 「早く見せてよ」  そんなセドリックとは対照的に、ロイは気持ちを抑えきれなくて、カウンターに手をついて飛び跳ねかねない勢いだ。 「ああ、わかったよ」  そう言ってガロは、ロイとセドリック、それぞれの前に剣を置いた。  柄にはめ込まれた魔石の輝きが、配列の関係性から力を増していた。セドリックは剣を手に取ると、鞘を外した。柄は魔石がはめ込まれているのに、セドリックの手によく馴染んだ。握手をしただけなのに、この仕上がりは大したものだ。刀身に刻まれた文字は、精霊への祈りだった。 「刻む文字はよ、性能によって変えんのよ」  ガロに言われて理解した。ロイの剣には違う文字が刻まれている。神への加護だ。 「ありがとう。素晴らしいものだ」  剣を鞘に収め、セドリックは金貨の入った袋を取り出した。空間収納は、まだロイほど大きくはないけれど、使いこなせる様になったのだ。 「こいつは?」  代金は依頼の時にロイが支払い済みだ。 「当家からの気持ちだ、受け取ってほしい。それと」  セドリックは酒瓶をカウンターに置いた。 「先代の日記に書かれていた」  ガロは金貨の入った袋より、酒瓶を手に取った。 「どうした?」  ガロは酒瓶のラベルをじっくりと眺めている。大したことは書かれていない。酒場でみかけるよくある大衆向けの酒だ。だからこそ、たくさんの酒造所が作ってもいる。 「先代の日記に記されていた。ここの酒造所のを特に喜ぶ、と」  セドリックがそう答えると、ガロはニヤリと笑った。 「英雄ってぇのも、なかなかいい仕事してくれるな」

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