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第50話 知ってしまったら悪役令息は辞められない
城での新年会は、そのままダンスパーティーへと移行した。新年の装いをした貴族たちは、まずは国王夫妻?の初ダンスを鑑賞した後、それぞれのパートナーと今年初めてのダンスを楽しんだ。
成人して初めての新年会で、学園に通うからそれなりに見知った顔はある。けれど、ロイは壁の花になりたかった。
「ロイ様、是非にお相手を」
次期侯爵で、『勇者』という初めての称号を賜ったロイには、ご令嬢たちが群がった。ロイに婚約者や恋人がいないことはみな知っている。アレックスが気に入っているようだと噂はされても、正式に世継ぎを公表したから、王子たちの成婚は学園を卒業したら発表されるだろう。仲が良いセドリックだって、許婚がいて、ファーストダンスを踊っていた。
つまり、ロイは優良物件となったのだ。モテ期到来である。前世では経験できなかった、体験をしているというのに、ロイは迫り来るご令嬢方の鬼気迫るものに恐怖を感じていた。
「なんで、テオは楽しんでるわけ?」
ふと見れば、テオドールはパートナーを、次々と変えてダンスを楽しんでいた。慣れているのか、ご令嬢たちは文句も言わずに一人一曲でキレイに別れていく。
しかしながら、ロイは根本的にダンスが苦手だ。前世でもそうだったけれど、壊滅的にリズム感がないのだ。
困り果てていると、テリーがやってきて、ロイの手を取った。
「何をしているんだ」
テリーはグイグイとロイをリードして、中央へと逃げるようにステップを踏んでいく。女性パートなんて分からないから、ロイはテリーに、引きづられるように踊らされる。
「さっさと誰かと踊れば済むものを」
テリーがブツブツと、文句を言いながら、ロイをクルクルと回す。そんなことをしながら、いつの間にかにロイはセドリックの隣で踊っていた。
「っ、ロイ」
女性パートを踊るロイを見て、セドリックが言葉を失った。身長的にもテリーが相手ならそうなるかもしれないが、テリーにいいように踊らされているロイは、まるで人形のようだ。
「可愛らしいですね」
セドリックのパートナーを務めるエレントは、余裕を持って踊っている。
「あちらにミシェルがいたのに、何故行かなかったのです?」
ついでにミシェルの場所まで教えてくれた。いつもの制服ではなく、ドレスを着たミシェルは、きちんとご令嬢だった。
「誤解と勘違いを招くからやめておけ」
テリーが、冷静に止めてきた。確かに、ここでミシェルを誘ったら、そういう事と捉えられてしまうだろう。
「だからって、なんでテリーなの?」
「助けてやったのに文句を言うな」
テリーはニコリともせずに、ターンを決めた。
「ロイ、この場ではとにかく踊ることが最善なんだ」
セドリックはそう言いながら、さりげなくパートナーチェンジをしてきた。ロイの手はセドリックに取られ、ロイはまたクルクルと回らされる。
「ロイはよく回りますね」
すれ違いざまに、テオドールが言い放つと、セドリックが笑った。ステップが壊滅的なロイは、とにかくパートナー任せに回るしかないのだ。
そうやって踊ることで、ご令嬢たちから上手いこと逃げおおせると、ようやく食べ物にありつけた。
「美味しいっ」
完徹な上に、ダンスまでさせられて、ロイはクタクタだった。成人すると貴族はなんと体力勝負なことか。
「ロイはこのまま騎士を目指すのか?」
何とか個室を確保して、給仕に食べ物や飲み物を運ばせていると、テリーが聞いてきた。次期騎士団団長と言われているテリーからすれば、称号を持っているロイとセドリックがいるのは心強い。二人とも、一人で騎士団一団の働きをしてくれるからだ。
「え?俺?」
口の中に食べ物が入っていたから、ロイは慌てで咀嚼する。
「俺はねぇ、領地があるから就職に興味無いんだよね」
それはそうだが、そんなことを言っていられたのは子爵だったからだ。侯爵となってはそうもいかない。貴族の矜恃として国のために働かなくてはならないだろう。
「ロイ、学園を卒業したら、一旦は国の機関で働くのが通例だ」
セドリックが一般論を口にするけれど、ロイは首を横に振った。
「だって、セド。よく考えて」
ロイは立ち上がって喋り始めた。
「セドは英雄になったんだよ?」
「ああ、そうだな」
基本はロイのお陰だけれど、英雄の剣を手に入れて、見事称号を賜った。
「英雄ってさぁ、この国の人のためだけ?魔物の被害で、苦しんでる人は他の国にもいっぱいいるよ?それにさぁ」
ロイはテーブルを乗り越えてセドリックの真正面にやってきた。
「ダンジョン!ダンジョンだよ!!知ってる?砂漠の真ん中に天まで伸びる塔のダンジョンがあるんだって!!」
「い、や…初めて聞いたが…」
ロイの迫力に押されたのか、セドリックの声が小さい。隣に座るエレントは、熱心にロイの話に聞き入っている。
「セドは英雄だよ!俺は勇者!ねぇ、世界中の人たちのために力を使わないと英雄じゃないよ!!」
ロイの熱量にセドリックが驚いていると、隣に座るエレントはうっとりとした顔でロイを見ていた。
「素晴らしいです!なんて崇高な志でしょう」
キラキラとした目でロイを見つめるエレントは、まるで恋をしているかのようだ。
「ねっ?セド」
ロイがセドリックの手を取った。
「卒業したら、俺と世界中を回ろう!沢山魔物をやっつけよう。そんでもって、世界中の、ダンジョンを制覇しよう!」
約束だよ?と微笑まれれば、思わず頷いてしまった。
「それは楽しそうだな、私も入れてくれ」
セドリックの手の上のロイの手をアレックスの手が覆った。
「は?アレックス様?」
アレックスの言葉を聞き逃さなかったテリーが、アレックスの手を引き離した。
「いいじゃないか、卒業後の話だろう?私たちの世継ぎ問題は解決しているし、二人で後継になると決めたのだから、交代で休みを取ればいい。さしあたって、卒業後の最初の一年は私が休みをもらおう」
アレックスは楽しそうにそう言った。
「待て、何を勝手に決めているんだ。卒業後はまずは婚礼の儀式があるだろう」
レイヴァーンが割って入ってきた。そんなに広くはない個室が暑苦しい。ロイを除けば、皆大柄な男子だ。
「そうですよ、アレックス様。まずは婚礼の儀式次いでマイセル様の国への挨拶顔見せと卒業後の行事は沢山あります。休む暇などありません」
テオドールが真面目にスケジュールを述べるから、アレックスが途端に不機嫌な顔をする。
「そもそも、マイセルはレイの婚約者だったじゃないか。レイが一人でこなしても問題ないだろう?」
「まてまて、それでは約束が違うでは無いか。二人で分かち合うのだろう」
レイヴァーンがアレックスの肩を掴んで揺さぶった。
それを擁護するように、マイセルがやってきた。
「わがままを言うな。責任はきちんと分担するべきだ」
「「そもそも、最初にとんでもない我儘を言ってきたのはお前だろう」」
二人の王子がこんなタイミングで息のあったことを言う。
「何を言う。現国王だって、突っ込まれる側じゃないか。俺が突っ込む側になったってなんら問題はないじゃないか」
そう言って、マイセルはレイヴァーンを自分の胸に引き寄せた。
「っ、ばっかか、離せ」
慌てるレイヴァーンを眺めながら、テオドールは隣に座るテリーの懐に気を張った。
「ふふっ、相変わらず美味しいわァ」
鏡を抱きしめてアーシアはご満悦だ。
目の前で見ることが出来ないけれど、なんということだろう。謁見の間にはたくさんの鏡があったのだ。
「卒業後も、とーぶん楽しめそうだわ」
ゲームは四年間の学園生活だったけど、転生してきたから死ぬまで終わらない。アーシアとテオドールは気がついて楽しんでいるけれど、気がついていないロイはどうなるの?
おしまい
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