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第10話 新婚旅行1
王都を発って一ヶ月。ようやくギルモア地方伯爵邸に到着した。
白亜の壁が印象的な優美な屋敷だ。手入れが行き届いた薔薇園や噴水が敷地の中央部にあって、門から屋敷までは歩いて十分はかかる。いかにも貴族の屋敷という造りだ。
「おかえりなさいませ、ローレンス様。リアム様もようこそいらっしゃいました」
玄関ホールに入ると、ずらりと並んだメイドたちが出迎えてくれた。俺たちの家の使用人の数の比じゃない。
「ローレンス様。旦那様が広間でお待ちです。お二人ともどうぞ、こちらへ」
メイド長らしき年配の女性が、俺たちを広間まで案内してくれた。広間は窓から薔薇園の見事な景色が見える部屋で、高級な黒革のソファーに五十路の男性が座っていた。
「旦那様。ローレンス様とリアム様がいらっしゃいました」
「案内ご苦労。下がれ」
「はい。すぐに紅茶をお持ちしますので」
テキパキとした動きで広間を退出するメイド。男性の重々しい声音に俺は内心たじろいだ。な、なんか、威厳がありそうな人だな。この人がギルモア地方伯爵で、ローレンスの父親か。
「父上、ご無沙汰しております。こちら、俺の夫となったリアムです」
ローレンスが紹介してくれたが、俺からも名乗った。
「ローレンスさんの夫となったリアムと申します。結婚のご挨拶が遅れて申し訳ありません。ふつつか者ではございますが、これからよろしくお願いします」
「……リアム・アーノルド、か。情報は回ってきておるぞ。不祥事を起こして愚息に降婿させられたそうじゃないか」
うっ、それを言われると耳が痛い。
どう返答すべきか逡巡していると、ローレンスが庇うように言った。
「父上。その件についてはもう、リアムは悔い改めております。意地悪を言うのはおやめ下さい」
「ふん、どうだか。ただ、猫を被っているだけかもしれんぞ」
ギルモア地方伯爵は、まるで見定めるような鋭い目で俺を見た。その目にあるのは、たとえ悔い改めたとしても過去の過ちは消せんぞ、という厳しいものでもある。
まぁ、ギルモア地方伯爵の反応はもっともだ。変わったのなら許すという人たちが優しいだけで。それに可愛い息子の婿があの『リアム・アーノルド』じゃ、いびりたくもなるよな。
気まずくてつい下を向いた俺の耳に、優しげな声が届いた。
「父上。本当に変わられていなかったら、あのローレンスが俺たちに紹介しにくるはずがないでしょう。息子のことをもっと信用して下さい」
俺は声がした方向に顔を上げる。
ギルモア地方伯爵を窘めるように優しく言ったのは、二十代半ば頃の青年だった。青年もまた、ギルモア地方伯爵を父上と呼んだことから、ローレンスの兄ではないかと察せられた。
そしてそれはその通りだったようだ。
「初めまして、リアムさん。俺はローレンスの兄であるジョージです。弟がお世話になっています」
「は、初めまして。ローレンスさんの夫となったリアムです。いえ、こちらこそ、ローレンスさんにはお世話になっています」
ふぅ、お義兄さんの方は朗らかで優しそうな人だな。地方伯爵のお義父さんとは全然雰囲気が違う。すでに他界したオメガのお義父さん似なんだろうか。
お義兄さんはローレンスにも笑顔を見せた。
「久しぶりだな、ローレンス。元気そうで何よりだ。まさか、お前が結婚することになるとは思わなかったよ。遅ればせながら、結婚おめでとう」
「ありがとうございます。兄上もお変わりないようで」
「――みなさま、紅茶をお持ちしました」
そこへ、さきほどのメイドが四人分の紅茶を運んできた。ガラステーブルの上に機敏な動作で紅茶を並べ、「では、失礼します」ときびきびと広間を出て行く。なんか、いかにも仕事がデキるメイドって感じだ。
「さっ、紅茶をいただこう。二人とも、そっちのソファーに座って」
お義兄さんに促されて、俺もローレンスも黒革のソファーに腰かけた。ガラステーブルを挟んで、俺の向かい側にはお義兄さんが座る。お義父さんじゃなくてよかったけど……うわっ、斜め向かい側からの視線が痛い。睨まれてるんじゃないか?
少しでも視線から逃れようと、俺は紅茶を口にした。あ、うまい。高級な茶葉を使っているのが一口で分かる。鼻腔を抜けていく柑橘系の香りがいいな。
「二人は新婚旅行も兼ねて遊びにきたようだね。どこに行くんだ、ローレンス」
「ピクニックをしようかな、と考えています」
「ほう、いいじゃないか」
「そのあとは街を散策しようと思います。ですから、三日間ほどこの屋敷に滞在させてもらえたらいいな、と」
「もちろんいいとも。あ、構いませんよね、父上」
お義兄さんが念のため話を振ると、お義父さんは「ふん、好きにしろ」とぶっきらぼうに言い放った。ううっ、よほど『リアム・アーノルド』が可愛い息子の婿なのが気に食わないらしい。肩身が狭いなぁ。気持ちは分からんでもないけどさ。
「それにしても、あのローレンスが結婚するとは本当に感慨深い。俺も早くいいお相手を見つけないとな、あはは」
このメンバーだと、明るく朗らかなお義兄さんだけが、癒しだ。
紅茶を一杯いただく時間、四人で会話をしたけど、話すのはもっぱらお義兄さんだった。俺たちは話を振られたら答えるくらい。
だけど、途中からは俺も頑張って口数を増やし、お義兄さんとは話を弾ませることができた。少しは話をしなきゃという思いと、あとは気さくなお義兄さんの雰囲気に緊張が和らいだっていうのもある。
「さて、長旅で疲れただろう。夕食の時間まで、客室で休むといい」
全員が紅茶を飲み干した頃。そんなお義兄さんの気遣いの言葉とともに、その場はお開きとなった。
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