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五十三 限界です。
飯を食ったあと、デパートをぶらぶらして過ごした。腹ごなしに丁度いい散歩というところだ。吉永が「これが良い」とか「これが似合う」とか言って服を合わせて来る。その度に髪の匂いがして、胸の奥が疼いた。
(キスしたいな……)
柔らかな唇にキスをしたい欲求が、ずっと胸にくすぶっている。
(キスしたいな。けど、こんな場所じゃ出来ないし)
不便な寮でも、寮のほうがまだチャンスがあるということに気づく。外に出れば手を繋ぐことだってままならない。トイレに連れ込むわけにもいかないし、案外チャンスがないものだ。
(もうホテル連れて行っちゃおうか?)
実をいうと、ずっとソワソワしているわけで。けど誘うにはあまりにも日が高い気がして、気後れしている。
(でもでも、今日はこれを楽しみにして来たんだし)
脳内で一人言い訳をしながら、セール品の服のかけてあるハンガー掛けに右から左へと服を移動させる。
「何やってんの? サイズない?」
「あ。いや」
「お。これ良いじゃん。可愛い。半額だ」
そう言って横からナスの絵が描いてあるTシャツを手に取る。
「吉永ナス嫌いじゃん」
「そうだけど。もしかしてこれ着たらナス好きだと思われちゃう?」
「可能性はある」
嫌そうな顔をしてTシャツをもとに戻す吉永に、プッと笑ってしまった。そんなにナスが嫌いか。
「吉永の選ぶ基準って、可愛いか可愛くないかだよな」
「可愛い方が良いだろ」
「俺はもっとクールな方が……」
「これとか?」
そう言いながら吉永が腕を伸ばして服を手に取る。俺の鼻先に、吉永の頭が当たる。ふわりと、柔らかな髪が頬を撫でた。
(――もう、ダメだ)
吉永の手首をガシッとつかむ。
「へ?」
「もう無理。ガマン出来ん」
「え、お、ちょっ」
そのまま腕を引っ張り、店を出る。途中すれ違う人が視線をよこすが、気にしない。店を出て駅の反対側に周り、細い路地に入るころには、吉永もどこに向かっているのか解ったようで、何も言わなくなった。
「――」
「ここで良いか」
何件か並んでいるホテルの入り口に滑るように入り込み、フロントに向かう。何か言われるかと思ったが、受付の方は慣れているのか、特になにも言われずに案内された。男同士だと断られるとか聞いたことがあるが、そうでもないようだ。時代かも知れない。
開いている部屋を適当に選んでいる間、吉永は無言で別のところを見ていた。少し耳が赤い気がする。
「行こう」
「……ん」
部屋に入りそのまま腕を引っ張って行こうとすると、途中で吉永が止まってしまった。振り返ると、じとっとした目で俺を見ている。
「お前な」
「嫌だった?」
「……嫌じゃないけど! ……そのつもりだったし」
じゃあ良いじゃないか。何でそんな顔してるんだ。
首を傾げると、吉永はハァと溜め息を吐いた。
「色々、あるだろ。……情緒ってもんが」
「……じょ、情緒」
そんな難しいことを言われても。戸惑う俺に、吉永は呆れた顔をする。いや、俺だって解ってるよ。情緒だろ? 情緒。うん。
吉永の頬に手を触れ、顔を寄せる。ピクリ、頬が震えた。
「仕方ないだろ。……可愛くて」
「……っ、まあ」
「我慢できなかったんだから」
「……そういう、ことなら?」
お許しが出たので、唇に軽く触れる。ちゅ、と音を立てて触れ、何度かそうして唇を合わせていると、吉永の方から腕を回してきた。もっとしてくれと言わんばかりに唇を開いて、舌を受け入れてくる。
「ん――、は……」
ちゅ、ちゅくと、舌が絡み合い、また離れる。擽るように舌先を弄び、じっくりと唇を味わった。
「……キスしたくなっちゃって」
「もう少し買い物したかったのに。……まあ、良いよ」
もう一度キスをして、髪に指を差し入れた。柔らかい髪は、手触りが良い。
「シャワー、一緒に浴びよう?」
「……ん」
甘やかな雰囲気を纏いながら、吉永が身をゆだねるように俺に持たれかかる。俺ははやる心を押さえつけながら、細い肩を抱いてシャワーの扉を開いた。
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