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五十七 何気ない日常
「ひょんなことから殺人鬼と身体が入れ替わった普通の主婦、村田よしえ。よしえはモラハラ夫や自分をバカにする反抗期の娘に次々と復讐していく――なかなかヘビーなスリラーコメディだなおい」
動画配信サイトのあらすじをリモコン片手に見ながら、俺はポップコーンに手を伸ばす。キャラメル味とチーズ味がミックスになってるあれだ。
「ヤバ。怖すぎだろ。ラブコメねーの?」
そう言って吉永がポップコーンに手を伸ばす。確かに怖いかも。よしえさんの顔とかヤバいことになってるし。
(しかしラブコメねぇ。そんなの興味ないし、吉永と視るのも――)
と、そこまで考えてから、恋人なんだしそういう恋愛ものを一緒に視るのもありなのかもと思った。吉永と俺は友人としては考えが合うけど、恋愛もそうかは解らない。そういう映画を視て、擦り合わせるのは良いかもしれない。
「あ、コーラ取って」
「あ? なんだよ。面倒だな」
部屋においた飲み物用の小型冷蔵庫の中に、コーラが入っている。自分で取れと言いたいところだが、可愛い恋人の頼みなので仕方ない。立ち上がって冷蔵庫に手を伸ばし、グラスを二つ戸棚から取り出す。
ふと、戸棚の奥に見覚えのない箱があるのに気がついた。
(ん? なんだこの箱)
ピンク色をした、紙箱だ。商品の梱包材だろう。特になにか考えた訳でもなく、吉永のものを勝手に見ることに抵抗があったわけでもないので、手に取ってみる。
「――」
パッケージに、でかでかと書かれた『超高性能! アナルバイブ』と書かれている。どうやら壁にくっつける吸盤が着いているタイプだ。
(……見なかったことにしておくか)
多分だが、俺とのセックスに満足していないというわけではないだろう。俺が関係を断とうとしていた時期に、一人で慰めていたようだし、その時のものに違いない。
そう思うと、なんだかニヤニヤしてしまう。
(一人でしてるとき、俺のこと考えてくれたんだろうな……)
吉永には悪いことをしたと思っているが、想像すると可愛くて仕方がない。本当に、ヨリを戻して良かった。
「ほい、コーラ」
「サンキュー」
コーラを手渡し、横に座る。先程より近くに座った俺に、吉永がチラリと俺を見た。
(可愛いな)
キスしようか。いや、今日は映画を観るって決めたし。
吉永の負担が大きいから、セックスの回数は気を付けている。一度始まると、夢中になってしまうし、少し理性的にならないと。
「これとかどう? 契約結婚から始まるドタバタラブコメ」
「ふーん? まあ、悪くなさそう。お。チョ・ヨンハじゃん」
「ヒロイン?」
「おう。すげー脚が長くてさ。まさに美脚? みたいな――」
「違うのにしよ」
パッと画面を変えて、再び映画を探し始める。横顔をみれば、唇を尖らせて面白くなさそうにしている。
(……もしかして)
「え、妬いた?」
思わず問いかけると、バシッとクッションが飛んでくる。顔面でモロに受け止め、「ブハッ」と息を吐き出した。
「おいっ」
「うるせーんだよ。足フェチ」
「……妬いてんじゃん」
不機嫌そうな顔をして、リモコンを操作する吉永に、つい絡みたくなる。
「可愛いな」
「うるさいって言ってんだろ」
「機嫌直せって」
言いながら、太腿に手を伸ばす。さわさわと撫でてやると、ビクンと身体が跳ねる。今日は我慢すると決めたのに、そんな反応されたら触りたくなるだろう。
吉永は無言だ。俺は頬に唇を寄せて、肩を抱く。もう片方の手は太腿を撫でたままだ。
「吉永の脚も最高だからさ」
「も?」
「あー……」
あれ。これって地雷? なわけないか。少し過敏に反応しすぎじゃないかと思うが、口先だけでも慰めたほうが良いのだろうか。吉永の脚「も」最高。それじゃダメなのか。事実を言えば、吉永の脚はもちろん最高だが、世の中には素敵な脚がたくさんあるわけで。
吉永がジトっと俺を見る。ああ。これは、試されてるヤツだ。軽々しく適当なことを言ったら、余計に溝が出来るヤツ。
(吉永は、物事をはっきりさせるタイプだしな……)
付き合いが長いから解っているが、吉永はちゃらんぽらんに見えて仕事は出来るほうだ。曖昧にせず、はっきりと結論を言うタイプ。そういうところがカッコいいと思ってるし、尊敬している。
(ちゃんと、言わないとダメなヤツだな……)
吉永を抱き寄せ、頬を擦りよせる。甘えモードでごまかしながら、本当のところを口にした。
「ダメ? 俺足フェチだから、そう言うとこ目が行っちゃうんだけど」
「変態」
「……でも、どんなに良い足でも、触らしてくれんの、吉永だけじゃん」
くそ。簡単に変態とか言いやがって。パンスト履かせてやろうか。
「……まあ、そうだけど」
吉永の雰囲気が僅かに和らいだ。頬にキスすると、そこじゃないと言うように、頭を寄せられる。
「ん……」
強請られるままに唇にキスをして、ついでに太腿を思う存分撫でまわした。
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