82 / 96

八十 旅も終盤

「帰りたくなーい」 「同じく」  ベッドの上で抱き合ったまま、そんなことを呟く。寮でも二人きりの時間は多く過ごしているけれど、やっぱり人目が気になるし、律とばかり一緒にいるわけには行かない。ここでは人の目がないし、長い時間を二人きりで過ごすことが出来た。この上なく、幸せだ。  だが、あくまでも旅行である。明日からは会社だし、寮にも戻らなければならない。なんなら、帰ったら溜まった洗濯をするというイベントだって待っている。これは考えないでおこう。まだ旅行は終わってない。 「まあ、また旅行しよう。今度は俺がプラン立てるから」 「ん。期待してるな」  ちゅ、と軽くキスをされ、もう一戦したくなったが、さすがに止めておいた。律の体力も限界だろうし、今日はまだ観光するのだし。 「土産買ってく?」  のそりとベッドから起き上がりながら、そう問いかける。俺は同期寮組の宮脇、蓮田、大津の三人と部のメンバーには買っていくつもりだ。 「んー。実家に買っていこうかな。それ意外はなぁ」 「実家か。俺は良いや」  そろそろまた、帰って来いとか言ってきそうな気もするが。俺は会いたくないし、帰るつもりは今のところない。まあ――いずれは、一度は行かなければならないだろう。律と付き合っていることは、言うつもりだ。それで勘当されるなら、むしろ望むところだ。 (そういや、兄貴には言ったんだよな)  兄貴とはあれから、メッセージアプリのアカウントを交換したので、たまにやり取りをしている。律と仲直りしたことも、ちゃんと伝えた。そのうち紹介してねと言っていたから、律に会わせるのも良いだろう。ちなみに、律に兄が知っていることは伝えていない。なんとなく、気恥ずかしいのだ。 「記念に、なんか買う?」  律が身体を寄せながらそう聞いてきた。 「記念? 旅行の?」 「んー。というか」  曖昧に濁す律に、首を傾げる。 「?」 「ちゃんと両想いで、付き合うように、なったから……」 「――」  可愛い。思わず顔がにやける俺に、律は顔を真っ赤にして背中を叩いてきた。恥ずかしいからって、八つ当たりしないで欲しい。 「良いじゃん。それ。どうせなら、身に着けられるもんが良いかな」  記念に買うものが食べ物じゃ意味ないし。かといって、置物とか食器とかも違うだろう。 「ド定番は、指輪とかだけど……」  そう言って、律が薬指のあたりを擦る。確かに、それが良い気がする。けど、実際問題それだと毎日身に着けるのは難しい。お揃いの指輪なんかしていたら、いかにもだし。それに外野から色々言われるのはちょっと避けたいところだ。 (普段はネックレスにすんのもなぁ……)  それはそれで、微妙じゃないだろうか。見れば訳アリなのがありありとしているし。  そう思いながら、律の方を見る。まだ着がえ途中らしく、魅惑的な脚が剥き出しのままだ。その足を見て、俺は律の太腿を撫でながら耳元に囁いた。 「……アンレット、とかは?」  律は一瞬目を丸くして、それから笑いながら俺の首に腕を回す。 「航平らしいじゃん」 「足フェチなもんで」  軽く唇を重ねながら、俺は律の脚を撫でる。足首ならズボンの裾で隠れるし、なによりアンクレットをした律を見てみたい。なんなら、俺が着けてやりたい。互いに、指輪を交換するみたいに着け合えば、特別な絆になるような気がする。 「じゃ、さっそく買いに行く?」 「おう。あ、ちょっと待って」 「ん?」  最高の旅の想い出に、こういうこともやっておかないとな。  俺は律をベッドに座らせ、足元に屈んだ。 「なに? なに?」  何事かと訝しむ律に、俺は真剣な顔で靴下を握りしめる。 「靴下は俺に履かさせてくれ」 「――」  律の顔が無表情になる。いや、そうじゃなくてな。 「律ちゃん、お顔。無表情やめて」 「どんな顔をしろと?」 「恥ずかしがってくれると最高」 「難易度高けぇって!」  嫌がる律の顔を眺めながら履かせる靴下は最高でした。

ともだちにシェアしよう!