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八十 旅も終盤
「帰りたくなーい」
「同じく」
ベッドの上で抱き合ったまま、そんなことを呟く。寮でも二人きりの時間は多く過ごしているけれど、やっぱり人目が気になるし、律とばかり一緒にいるわけには行かない。ここでは人の目がないし、長い時間を二人きりで過ごすことが出来た。この上なく、幸せだ。
だが、あくまでも旅行である。明日からは会社だし、寮にも戻らなければならない。なんなら、帰ったら溜まった洗濯をするというイベントだって待っている。これは考えないでおこう。まだ旅行は終わってない。
「まあ、また旅行しよう。今度は俺がプラン立てるから」
「ん。期待してるな」
ちゅ、と軽くキスをされ、もう一戦したくなったが、さすがに止めておいた。律の体力も限界だろうし、今日はまだ観光するのだし。
「土産買ってく?」
のそりとベッドから起き上がりながら、そう問いかける。俺は同期寮組の宮脇、蓮田、大津の三人と部のメンバーには買っていくつもりだ。
「んー。実家に買っていこうかな。それ意外はなぁ」
「実家か。俺は良いや」
そろそろまた、帰って来いとか言ってきそうな気もするが。俺は会いたくないし、帰るつもりは今のところない。まあ――いずれは、一度は行かなければならないだろう。律と付き合っていることは、言うつもりだ。それで勘当されるなら、むしろ望むところだ。
(そういや、兄貴には言ったんだよな)
兄貴とはあれから、メッセージアプリのアカウントを交換したので、たまにやり取りをしている。律と仲直りしたことも、ちゃんと伝えた。そのうち紹介してねと言っていたから、律に会わせるのも良いだろう。ちなみに、律に兄が知っていることは伝えていない。なんとなく、気恥ずかしいのだ。
「記念に、なんか買う?」
律が身体を寄せながらそう聞いてきた。
「記念? 旅行の?」
「んー。というか」
曖昧に濁す律に、首を傾げる。
「?」
「ちゃんと両想いで、付き合うように、なったから……」
「――」
可愛い。思わず顔がにやける俺に、律は顔を真っ赤にして背中を叩いてきた。恥ずかしいからって、八つ当たりしないで欲しい。
「良いじゃん。それ。どうせなら、身に着けられるもんが良いかな」
記念に買うものが食べ物じゃ意味ないし。かといって、置物とか食器とかも違うだろう。
「ド定番は、指輪とかだけど……」
そう言って、律が薬指のあたりを擦る。確かに、それが良い気がする。けど、実際問題それだと毎日身に着けるのは難しい。お揃いの指輪なんかしていたら、いかにもだし。それに外野から色々言われるのはちょっと避けたいところだ。
(普段はネックレスにすんのもなぁ……)
それはそれで、微妙じゃないだろうか。見れば訳アリなのがありありとしているし。
そう思いながら、律の方を見る。まだ着がえ途中らしく、魅惑的な脚が剥き出しのままだ。その足を見て、俺は律の太腿を撫でながら耳元に囁いた。
「……アンレット、とかは?」
律は一瞬目を丸くして、それから笑いながら俺の首に腕を回す。
「航平らしいじゃん」
「足フェチなもんで」
軽く唇を重ねながら、俺は律の脚を撫でる。足首ならズボンの裾で隠れるし、なによりアンクレットをした律を見てみたい。なんなら、俺が着けてやりたい。互いに、指輪を交換するみたいに着け合えば、特別な絆になるような気がする。
「じゃ、さっそく買いに行く?」
「おう。あ、ちょっと待って」
「ん?」
最高の旅の想い出に、こういうこともやっておかないとな。
俺は律をベッドに座らせ、足元に屈んだ。
「なに? なに?」
何事かと訝しむ律に、俺は真剣な顔で靴下を握りしめる。
「靴下は俺に履かさせてくれ」
「――」
律の顔が無表情になる。いや、そうじゃなくてな。
「律ちゃん、お顔。無表情やめて」
「どんな顔をしろと?」
「恥ずかしがってくれると最高」
「難易度高けぇって!」
嫌がる律の顔を眺めながら履かせる靴下は最高でした。
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