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第6話
窓の外を見るとどしゃ降りだった雨は、細い糸のような雨に変わっていた。
「そろそろ行くか、俺もラーメン食いたい」
琥珀の機嫌を直すにはとりあえず場所を変えた方がいい。
暖は店員を探して手を上げた。
そうしてやって来た店員は、当たり前のように暖に会計用紙を手渡した。
琥珀の顔色がまた一段暗くなったのを暖は肌で感じた。
琥珀が女の子に間違えられたのはこれが初めてではない。子どもの頃はもっとだった。
琥珀がお姉さんたちのお下がりを着ていたせいもあるのだろうが、初見で琥珀を男の子だと思う人はほとんどいなかったくらいだ。
今まで琥珀はそれほど女の子と間違われることを気にしているようではなかったが、さすがに暖の彼女と思われたのは今回が初めてで、男同士の友情に異常な執着をみせる琥珀の何かをひどく傷つけたようだった。
「俺決めた、もっと男らしくなる。そしてもっと暖にふさわしい男になる」
店の外に出ると琥珀はそう宣言した。
琥珀は十分男らしいし、俺にふさわしいって何だよ、と暖は思ったが、琥珀は一度言い出したら聞かないことを知っていたので、「おう」とうなずいてみせた。
「よし、男と男の誓いだ」
琥珀が拳を向けてきたので、暖も同じように拳を作ってコツンとぶつけた。
琥珀の拳は白くてほっそりとしていた。
本当は、こうやって拳をぶつけ合うより、暖は琥珀のその綺麗な手が傷つかないように包んであげたかった。
深い記憶の湖から、ある情景が浮かび上がってくる。
それはまだ少年だった頃の雪の日の思い出。
琥珀を守ってあげたい。
暖がそんなふうに思うようになったのはいつ頃からだろうか。気づいた時はそうなっていたから、もしかしたらそれは最初からだったのかもしれない。
きっとこれが自分の友情のあり方なのだと思う。
けれどそれは、琥珀のそれとは違う。だからと言って、わざわざそのことを琥珀に言わないし、これから先も言うつもりはない。
けど……、
琥珀は自分と恋人に見られることがそんなに嫌なんだろうか。
胸に小さな棘が刺さったようにチクリとした。
この棘が何なのか、琥珀と自分の違いは何なのか。友情という名前の下に何か別のものが潜んでいるような気がした。
それを暴いてはいけない。
本能とも言えるものがそう警告していた。
そうしてまた、暖の脳裏に白い雪が散らつく。
琥珀は家族の前でも同じ宣言をした。
琥珀のことを誰よりもよく知る家族は、いつもの事だと思いながら、そうかそうかとうなずいてやった。
琥珀は愛すべきちょっとお馬鹿な末っ子なのである。
が、その日から、琥珀の返事は全て「押忍」。
髭などほとんど生えていないのに、剃ろうとして流血。
中年男のような匂いのするオーディコロン買ってきて、挙げ句の果てにはそれを洗面所で落とし中身をぶちまけた。
拭いても拭いても取れない残り香に家族は苦しめられ、数日間家中の窓を開け放つ羽目になった。
さすがに見かねた大姉が琥珀にこんな提案をしてきた。
「実際にいるいい男のまねをしてみたら?」
琥珀が男らしいと思う有名人の名前を上げると、中姉がもっと琥珀に年齢も境遇も近い方がいいと言う。
「暖君なんかがいいんじゃないかね」
子どもたちの会話を聞いていたお婆さんが口を開いた。
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