8 / 40

第8話 ひよっ子、運ばれる

 案内されて入った部屋は、ヤンのひとり部屋がいかに優遇されているか、分かる程のものだった。そして皆が早くここから抜け出して、城のいい部屋で生活したいと思うのも無理はない、と思ったのだ。  ヤンの部屋と変わらない広さに、平均四人が暮らしているらしい。当然ベッド代わりの石段もなく、藁を敷いたスペースが、自分のテリトリーとなっている。けれど、これこそヤンが過ごしていた部屋とそっくりで、懐かしいとさえ思ってしまった。 「あなたが蛇を倒したっていうヤン? 小さいのにすごいな!」  部屋にはさらに数人いて、ヤンを見るなりそう言ってくる。なんだか定番になりつつある「小さいのにすごい」と「かわいいのにすごい」が、恥ずかしくなってきた、とヤンは身を小さくした。 「蛇はしつこかったろ? どうやって倒したんだ?」 「それ俺も聞きたかった!」 「アンセル様もその場にいたんでしょ? 戦ってるところ見たのか?」  口々に質問され、勉強するのでは? とヤンは言うと「そんなのあと!」と口を揃えて言われる。そして期待に満ちた目で見られて、ヤンは隠れたくなった。 「む、無我夢中で、よく覚えてないんです……とにかく必死で、気が付いたらアンセル様がそばにいました」  ヤンは当時を思い返す。そのあとまた記憶が飛んでいて、気付いたら荷馬車に寝かされていたのだ。アンセルはヤンが蛇を倒すところを見たと言うし、偶然が重なって、自分は無事だったと思うことにした。  すると周りが固まって自分を見ていることに気付いた。ハッとしてレックスから英雄らしくしろと言われていたのに、正直に話し過ぎたかなとヤンは冷や汗をかく。 「どこまで謙虚なんだ! すごい、俺も見習いたい!」 「武勲をたてても驕らず威張らず……まさに騎士の鑑ですね」 「どういう訓練をしたら、そうなれる!?」 「ええ……?」  迫りながら聞いてくる従騎士たちに、ヤンは身を引いた。どうしてか、ここのひとたちはヤンを歓迎しているようだ。それが、自分が思ったのとは違う方向へ尊敬されているようで、居心地が悪くなる。 「い、いえっ。僕はほんとに……剣を握ったこともなくて……っ」 「それなのにハリア様に認められるなんて、やっぱりすごいじゃないか!」  わぁ、と皆が沸いた。ヤンは遠い目をしながら、抱きついたり頭を撫でてくる手を、そのまま受け入れる。これはもしかして自分ではなく、ハリアへの絶対的な信頼と尊敬があるからでは、とヤンは思い始める。そうでなければ、こんなポッと出の田舎者を、崇めるように見るわけがない。  その後、結局勉強などそっちのけで、ハリアやレックス、アンセルの話で盛り上がり、ヤンは話し疲れて寝てしまった。特にヤンのことについては色々聞かれ、どんなひとが好みだとか、この中で誰がカッコイイと思うかとか、なぜか色恋の話にまで発展していた。恋人どころか、恋もしたことがないヤンは顔を真っ赤にして誤魔化したが、そんなヤンを見ていた視線が、微笑ましいものばかりではなかったことに、ヤンは気付かなかった。 「……ん」  皆が寝静まった頃、ヤンは何かの気配を感じて、意識が浮上する。しかし身体を動かすことができず、何の気配だろう、と夢うつつの中を行き来する。 「……部屋にいないと思ったら……探したぞ」  頬に何かが触れた。……温かい。低い声は心地よく、昼間とは大違いだ、と思って気付く。  ──これは、レックスの声だ。  ヤンの意識は再び沈みそうになって、ダメだダメだ、と起きようとする。しかし頬に触れる体温が優しく、とろとろと意識を溶かしてしまう。 「……起きないか。仕方がない」  そんな声がしたかと思ったら、身体の上に乗っていたものが退かされた。抱きつかれながら寝るとは、と聞こえたので、雑魚寝しているうちに誰かに抱きつかれていたらしい。  それから何かを身体に掛けられる。柔らかな肌触りがするそれは、ヤンの身体をすっぽり包んだ。もしかして、自分がレックスにお願いした布だろうか?  だとしたらレックスはこれをヤンに渡しに来たのだろう。しかしヤンは疲れていたのか起きることができず、そのままふわりと身体が浮く。  ヤンは混乱した。あれだけヤンに厳しい視線と声音を向けていたにも関わらず、今のレックスにその片鱗は一切ない。むしろ、これ以上ない優しい声をしている。どうして、と思うものの起きることができない。  ふっ、と微かに笑う声がした。今のは、レックスが笑ったのだろうか?  (僕が情けなくて失笑してる、とか?)  失望されるのは分かるけれど、喜ばれる原因は見当たらない。確かに、主人に寝てしまった自分を運ばせるなど言語道断。今すぐ起きて、謝らなきゃ。  なのになぜか瞼が開かないし、意識はすぐに落ちようとするのだ。 「ちょっと! ひな鳥ちゃん連れて来ちゃったの!?」 「大きな声を出すな、アンセル」  しばらくすると、慌てたようなアンセルの声がする。連れて来た、というからには寄宿舎とは違う場所にいるのだろう。けれど、瞼が重くて開かない。  しかも、寝ているだろう、とレックスは言うのだ。それがヤンを起こさないための気遣いだと分かり、本当に昼間とは違いすぎる態度に、ヤンは訳が分からなくなる。 「でも、従騎士は……でしょ?」 「…………だ。いずれ……い」 「そんなに……なら、……」  レックスがヤンを抱きかかえたまま、アンセルと話をしているのに、ウトウトしているせいで聞き取れない。いずれにせよ、起きたら真っ先にすることは謝罪だ、とヤンは今度こそ意識を落とした。

ともだちにシェアしよう!