14 / 40
第14話 ひよっ子、貢がれる
掴まれた両肩が痛い。指が食いこみ痛みに顔を顰めると、レックスは視線を鋭くした。
「泣くなと言っている。仕事に集中できないだろう」
「す、すみま……」
ヤンが謝罪の言葉を言い終わらないうちに、腕を引かれる。体重差もあり呆気なくヤンはレックスの力に負け、座った。
「え? あ、あの……?」
ヤンは戸惑った。座らされたのは、レックスの膝の上だったからだ。横抱きに近い形で膝に乗ったけれど、それでも身長差は埋まらず、ヤンは戸惑いの目で彼を見上げる。
「なぜ泣いている?」
そう聞かれて、一連のできごとに涙も引っ込んでしまったことに気付く。レックスはヤンに渡したハンカチを乱暴に奪うと、ゴシゴシとヤンの顔を拭った。力が強くて痛い。
けれどレックスの目は相変わらず鋭いままだ。その視線で敵も射殺せるのではと思うほど。でもなぜ膝の上なのだろう? レックスの考えがよく分からない。
「答えろ。なぜ泣いている?」
「えっ、あっ、……僕はとことん騎士に向いてないなって……」
「なぜそう思う」
すぐに飛んできた質問にヤンはますます分からなくなった。見た目も性格も、騎士に向いていないのは誰から見ても明白なのに、どうしてそんなことを聞くのだろう、と。
「お、臆病ですし、力もないですし、学もないです……。レックス様にはご迷惑ばかりおかけして、仕事もまともにできなくて……」
「先程俺の剣を受け止めたのは、偶然だったと?」
ヤンは視線を落とした。先程の手合わせの時は、ちゃんとレックスの気配を感じて剣を振り上げたのだ、偶然ではない。
「僕は、……強くなりたいんです」
強くなって、『家族』が虹の橋を笑顔で渡れるように見守りたい。帰る場所がないならせめて、それくらいはして報いたい。ヤンはそう思っている。
すると、レックスの大きな手がヤンの頬に触れた。そっと上を向かされ、彼の金の瞳とぶつかる。先程からの鋭い視線は変わらなかったけれど、頬に触れる羽のような手つきに、不思議と恐怖は覚えなかった。
その顔が近付く。え、とヤンは身体を硬直させると、ドアが大きな音でノックされた。
途端にびく、と顔を上げたレックスは誰何 する。それと同時にヤンは膝から降ろされ、ハンカチを手に握らされた。
部屋に入ってきたのはアンセルだ。手に何やら綿の入った布を持っている。
「あ、ひな鳥ちゃんもいたのか」
「ああ。訓練どころじゃなくなったからな」
アンセルは目を擦り、それでもニコニコと笑いながらその布をヤンに渡した。ヤンは素直にそれを受け取ると、彼は「なるほどねー」と言っている。何がなるほどなのだろう?
「レックスからの注文で、ひな鳥ちゃん専用のシュラフを作ったんだ。レックス、もう徹夜仕事はごめんだからね」
「……」
口を尖らせて言うアンセル。しかしレックスは返事をしなかった。アンセルは気にしていないようで、ヤンに微笑む。
「ひな鳥ちゃんの体型に合わせてるから、包まれてる感じは出るはず」
「え、あのっ、……これ、アンセル様が作ったんですか?」
まさか騎士団副団長が、夜なべして寝袋を作っていたとは誰も思わないだろう。レックスの態度からして、こういうことは初めてのことではない気がするけれど。
また気を遣わせてしまった、とヤンは落ち込む。臆病でひとり寝すらできない自分のために、寝袋まで作ってくれるなんて。
「そ。俺も実は趣味が手芸なんだ。今はあまり多く作れないけど、ひな鳥ちゃんのためなら喜んで作るよ」
「あ、ありがとうございます……」
申し訳ない気持ちが大きいけれど、ヤンは顔が緩むのを抑えられなかった。これならひとりで眠れそうだし、レックスに迷惑をかけずに済むかもしれない。
「……あれ?」
そんなヤンを微笑ましそうに眺めていたアンセルは、ヤンがハンカチを握っていることに気付いた。ちょっと見せてと言うので渡すと、ふーん、と意味ありげに笑ってレックスを見る。
「妹が作ったやつ。ヤンにあげたんだ?」
「あ、いえ! 頂いた訳ではなく、お借りしたもので……洗ってお返しします!」
そこまで厚かましいことはできない、とヤンはハンカチを返す意思があることを伝える。けれどレックスは聞こえないとでも言うように、席に着いて仕事を再開してしまった。
「お前の鼻水がついたハンカチなど返されたくない」
「だ、だから洗って……!」
ヤンの反論などレックスはまるで聞いていなくて、代わりにアンセルがその場を収めた。ありがたく受け取っときなと言う彼に、それでいいのかとヤンは狼狽える。
「ったく、少しは素直に伝えたらどう?」
「何の話だ」
呆れている様子のアンセルはレックスにため息をついた。何やら二人にしか分からない会話をしていて、アンセルとはこんなに仲がよさそうなのに、と思ってハッとする。
レックスと自分は主人と従者の関係だ。そこに仲がいい悪いは関係ない。仕事がやりやすい関係であれば、距離感など気にすることではないはずだ。
「とにかく、ひな鳥ちゃんはそれ使ってゆっくり休んで。レックスは無愛想で真面目で面白みもない奴だけど、いい奴だから」
「おい」
酷い言われようだが、本人を目の前にして言えてしまうのはそれだけ仲がいい証拠だ。レックスもアンセルが本気で言っているとは思っていないようで、ため息ひとつで終わらせた。
「とりあえず、俺は夕食まで寝るから。レックス、俺を起こすなよ?」
手をヒラヒラと振りながらおやすみー、と言うアンセルに、レックスは無言を返している。ヤンは改めてお礼を告げると、彼は満足気に部屋を出ていった。
ともだちにシェアしよう!