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第16話 ひよっ子、戸惑う

 次の日から、ヤンの食事はレックスと摂ることになった。テーブルマナーを覚えつつの食事なので、やっぱり緊張して食べた気がしない。これなら、寄宿舎で食べた方がマシだったかな、とこっそりため息をついた。  そして食事のあとすぐに、クリスタとの面会があると聞かされて、ヤンはチャンスとばかりに抜け出す。彼がクリスタと会っている間になら、やることもないし、訓練場で訓練をしてもいいかと思ったのだ。    ところが、抜け出してもヤンは訓練どころではなかった。重いものを運ぼうとすれば「持つよ」と言われ、ダガーを抜けば、持ち方がなってないと後ろから抱きすくめられ、熱心に指導してもらう。梯子にぶら下がったら、下で誰が支えるか喧嘩が始まり、手合わせをしてくれと集まったひとたちに、囲まれてもみくちゃにされた。  そして、ヤンはものすごい形相をしたレックスに見つかる。彼は一番タイミングが悪い時にやって来た。任務を放り出して何をしている、と今までにない鋭い視線を寄越しながら。  これにはヤンだけでなく、周りも凍りついた。レックスはヤンの手を取り引っ張ると、執務室に押し込められる。 「あ、あああああのっ? レックス様っ?」  しかもレックスは執務室に入るなり席に着き、膝の上にヤンを乗せたのだ。ものすごく怖い顔をしながら。 「なぜ持ち場を離れた?」  前回と同じように横向きに座らされた。彼は机の上の書類に目を通しながら、仕事を始めてしまう。どうやらここから降りるには、レックスへの説明が必要なようだ。 「えええっと、クリスタ様がいらっしゃる間なら、訓練できるかなって……」 「訓練場にひとがいる時は、使用を禁止したはずだ」  ヤンの肩が震える。確かにそう言われて、禁を破ったのはヤンだ。でも、そしたらいつ、ヤンは訓練ができるのだろう? 「それに、まともに訓練はできていなかったように見えたが?」  レックスの声は冷静だ。だからこそ、自分がしたことが間違いだと思い知らされ、項垂れる。 「み、みなさん親切で……。僕が至らないから、熱心に指導してくれようとしてたんです。その好意が嬉しくてつい……」  バン! と机が叩かれた。ヤンは膝の上で身体を縮こまらせると、視界の端で書類が握り潰される。レックスは本気で怒っているようだ。 「す、すみませんっ! 僕、こんなだから強くなりたくて! レックス様のお役に立てるようにと……!」 「……自覚がないにも程がある」  低く、唸るように言った声が聞き取れなくて、ヤンはそろそろと彼を見た。途端に牙を剥く猛獣のような顔が見えて、慌てて視線を下ろす。 「いいか、今後金輪際――……」  レックスがそう言いかけた時、ドアがノックされた。このままでは主人の膝に乗る失礼な従者になると思って、ヤンは降りようとしたが、腰に手を回され、降りることができない。  慌てるヤンをよそにレックスはいつも通り誰何(すいか)する。相手はアンセルのようだ。 「レックス〜、注文の品できたよ〜」  相変わらず朗らかに笑いながら入ってきたアンセルは、膝の上に乗るヤンを見て素っ頓狂な声を上げる。 「レックス!? ま、まままさか、ついに告白したの!?」 「何の話だ」  アンセルの問いにレックスが冷静に答えると、彼は「なーんだ」と言って笑った。告白って何のことだろう、と思っていると、レックスに膝から降りるように言われる。ヤンはホッとして膝から降りると、立ち上がったレックスはアンセルのそばに行った。 「俺も仕事があるんだから、程々にしてくれよ?」 「……程々にしているが?」 「ああ? これで? ひな鳥ちゃんのシュラフといい、ここんところ注文多いじゃないか」  一体どれだけ作らせるつもりなの、とアンセルが言っているので、今回も彼が作った何かを持ってきたようだ。小さな袋に入った物をレックスに渡すと、アンセルはヤンに向かってニコリと笑う。 「あ、そのうちひな鳥ちゃんにも作ってあげるからね〜」 「え、いえっ、僕は代金を支払えませんのでっ」  従騎士になったとはいえ、まだ二日目だ。衣食住は手に入ったが、物を買うには相応の金銭が必要なことは、ヤンだって知っている。もちろん、そんなお金は持ち合わせていない。  するとアンセルは笑みを深くしてこう答える。 「お代はいいよ。俺の気持ちだから」 「必要ない」  恐縮するヤンの代わりに答えたのは、レックスだった。アンセルは頬を膨らませる。 「ちょっとぉ、保護者の意見は聞いてないんだけど?」 「必要ない」  それでも真顔でそう言うレックスに、アンセルは折れた。しかし、どこか楽しげだ。  ヤンは視線を落とす。先日見せてもらったチャームは素敵だったし、シュラフといい、きっとアンセルの手芸の腕もいいのだろう。好意でくれるならありがたいと思ったけれど、どうやらレックスは、ヤンには相応しくないと思っているようだ。 「あ、……あー……、ひな鳥ちゃん? そんなに落ち込まないで?」 「すみません……僕はまだ、アンセル様の作る作品に相応しい騎士ではないようです……」  まだまだ、自分は従騎士としてひよっ子なのだ。主人に必要ないと言われるのは、きっと自分の器が足りないから。そう解釈してヤンは苦笑すると、なぜかアンセルは肘でレックスの脇腹を突いた。さすがに少し呻いたレックスだったが、やはり真顔で何も言わず、ヤンの解釈は正しいのだと、余計に落ち込む。 「……まぁいいや。レックスとひな鳥ちゃんは、もう少しお互いを知った方がいい。主従関係には信頼も必要だからね」 「……」 「……っ、ありがとうございますっ」  アンセルの言葉にレックスはやはり無言を貫いていたが、ヤンはアンセルの気遣いにホッとした。レックスといると、自分はここにいてはいけないように感じるので、やっぱりレックスに認めてもらえるよう、頑張ろうという気になる。  アンセルはそんなヤンに気付いているのか、こちらを見て苦笑した。不器用な主人を持つと大変だね、と言い残して部屋を去っていく。 「……不器用?」  ヤンはレックスを見上げた。しかし彼は何もなかったかのように席に着き、仕事を再開してしまう。 「……」  この、何もかも完璧に見えるレックスが、不器用? ヤンは疑問に思う。冷静沈着で、ハリアやアンセルはもちろん、ほかの騎士からの信頼も厚い。婚約者のクリスタからも慕われていて、ヤンからすれば騎士の中の騎士なのに。 「……おい」 「……っ、はいっ」  鋭い視線で睨まれて、ヤンはレックスのそばに寄った。すると先程と同じように、レックスはヤンを膝の上に乗せる。……どうしてまた膝の上に乗せるのだろう?  ヤンは頭の上に、はてなマークを浮かべながら、レックスの執務が終わるのを待った。

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