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第20話 ひよっ子、告白する

 しかし意外にも、ヤンの軟禁が解かれたのは翌日の朝だった。呼びに来たのはアンセルで、そのままハリアが食事をする場所に連れていかれる。  そこにはレックスもいて、一緒に食事はしていなかったけれど、二人とも真剣な顔をしてヤンを出迎えた。 「おはようヤン。今日の朝食はまだだろう? そこへ座りなさい」 「えっ、で、でも……」  ハリアの誘いにヤンは戸惑っていると、アンセルに背中を押された。おずおずと椅子に座ると、給仕係が食事を運んで来る。どうしてまた王と二人で食事? と助けを求めるつもりでアンセルを見ると、彼はニッコリ笑った。だめだ、頼れそうにない。 「ヤン、お手柄だったな」 「え? あ、あの、……何の話でしょう?」 「昨日、王都の外れで猫が一匹迷い込んだようだ」  ハリアは笑いながら肉を頬張る。ヤンはハッとして、レックスに言ったことが、ハリアにも伝えられたらしいと気付いた。 「……すまなかった。私はヤンの剣の腕は認めても、きみの正体には少々懐疑的でな」  それでレックスが過剰反応したようだ、とハリアは言う。それもそうか、と納得はしたものの、こうしておもてなしされるということは、疑いが晴れたと思っていいのだろうか。 (まぁ、地下牢とかじゃなかったから、僕の扱いはそれでも破格なんだろうけど……) 「ただ……」  ハリアは食事の手を止めた。急に空気が張り詰めて、その変化にヤンは肩を震わせる。 「従騎士になるにも相応の身分が必要だ。そこで、きみの『元』主人について、語ってもらおうか」 「……っ」  ヤンは冷や汗をかいた。もしかして、ハリアはヤンの出自を知っている? そしてそれをヤンが自ら話すことを条件に、従騎士でいさせてくれるとでも言うのだろうか。  どうしよう、と思う。先日、蛇に侵入を許した領主はその座を降ろされたと聞いた。ヤンが本当のことを話せば、間違いなく『元』主人……領主は処分されるだろう。 「ヤン」  名前を呼ばれてハッと振り返る。初めて名前を呼んでくれたレックスは、深々とお辞儀をした。その行為は、本人は癖だと言っていたけれど、真摯にヤンと向き合う、と言われたような気がして背中を押される。昨日あれだけ発していた彼の怒気は、今はまったくない。 「……分かりました。すべて正直にお話しします」  ヤンが真っ直ぐハリアを見据えると、彼の瞳の奥に鈍い光が宿った。それに怯みそうになりながらも、ヤンは膝の上で拳を握り、震える声を出す。 「僕がいたのは……ビシュという村でした。小さな村で、みんな家族のように仲がよかったです」 「……()()()()ない村だな」  ハリアが眼光を鋭くする。それもそうだ、国に隠れて存在していたその村は、ある目的のために作られた場所だったのだから。 「南の……領主はククル様という方です」  ヤンがそう言うと「待って」と声を上げたのはアンセルだ。 「馬で行っても五日はかかる場所だよね? ひな鳥ちゃん、俺と会った時は別の場所に身一つで……」  信じられない、とでも言いそうなアンセルの顔がある。  それもそうだろう、本当にヤンはそこから身一つで逃げてきたのだから。無事でいたことの方が奇跡だ。 「はい、僕はそこから逃げてきました。最初はベンガル猫のナイルに村を襲われ、途中から蛇に追われていました」  なんてことだ、とアンセルは天井を仰ぐ。しかし同情的に見えるのは彼だけで、ハリアとレックスは冷静な顔でヤンを見ていた。 「それで? なぜ猫に襲われた?」  アンセルは痛ましそうにヤンを見ているが、これではヤンの出自を話したことにはならない。先を促すハリアは、どこまで知っているのだろう、と怖くなった。  全部知っていて、敢えてヤンの口から言わせようとしているのなら、彼はヤンの心を試している。やっぱり言えない、と拒否すれば、容赦なく切り捨てられるだろう。その冷酷さが恐ろしい。 「その村を、ハリア様がご存知ないのも無理はありません。そこは秘密裏に人身売買……それに売春も行われていた場所ですから」 「何だって!?」  またしても、アンセルが声を上げた。彼は分かりやすくヤンに駆け寄りたそうな動きをしていたが、ハリアに視線で止められる。 「僕はそこに売り物としていました。なんでも、僕は希少種なので売ったら高くつくと……村の管理をしていたレンシス様が口癖のように言っていたのを覚えてます」 「……もういい!」  その言葉と共に、ヤンは駆け寄ってきたアンセルに抱きしめられた。 「こんなこと、本人に語らせてどうするって言うんです!? どうせ裏で調べていたんですよね!?」  アンセルが本気で同情してくれている。けれどなぜかヤンの心は静かなままだった。目の前のハリアには恐怖を覚えてはいるけれど、きちんと伝えたら大丈夫だと、そう思っている。  なぜだろう、と思った。そしてすぐに、レックスが黙って見守っていてくれるからだと気付いたのだ。  大丈夫。このひとは、自分が卑しい身分でも、変に同情したり、差別をしたりしない、そう確信できる。なぜならレックスはずっと、ヤンを一人の成鳥として、見ていてくれたのだから。 「アイツ……ナイルは希少種である僕を狙ってます。相応の資産がないと買えないと突っぱねられて、逆上して村を全滅させました」 「……ひな鳥ちゃん……っ」  ぐず、とアンセルが鼻をすする。 「だから僕には身分がありません。相応しい貴族の出でも何でもないんです」  レックスの言う、ヤンはチグハグに見えるという発言は当たっている。ヤンを買えるほどの金を持った者は貴族、それも相当な身分の高いひとで潤沢な資産を持っていないといけない。だから言葉遣いだけはレンシスから教わった。  でも、今となってはレンシスが、本当にヤンを村外へ売る気でいたのかは疑問だ。 「ククル様にはあまりお会いしたことはありませんが……レンシス様にはとてもよくして頂きました」  これは事実だ。身寄りがないヤンに衣食住を与えてくれて、仕事も与えてくれた。生き長らえることができたのは、紛れもなくレンシスのおかげだ。 「とてもよく、ねぇ……」  ハリアの目が細められる。それは決していい感情ではなく、ここにいないククルやレンシスを射殺そうと睨んだ目だった。  慌ててヤンは弁解する。 「身寄りのないものにとって、ビシュは生きるための最後の砦だったんですっ。衣食住と仕事があるだけでも……」 「もういい」  ハリアは短く言うと、席を立った。ヤンに抱きついていたアンセルは、「とりあえず、ちゃんとご飯食べてね」とだけ言って、ハリアのあとを追いかけていく。

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