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始まりは雨
玉ねぎを切る手。
レタスを千切る手。
カウンターに座った至は、カウンターの中でサンドイッチを作っている浩司の手元を見つめていた。
武骨なのに繊細で繊細なのに大きい。至 はその手が好きだった。
「やりにくいんだが?」
気まずそうな顔で、それでも手元から目を離さずに浩司は言う。
そうは言われたが、トマトを正確に同じ幅で切る手つきも、じっと見てしまった。
ここは喫茶店「ハミングバード」
カウンターの中の矢田部浩司が店長で料理担当。
181cmの長身で、肩幅が広くガッチリ体型の浩司は見た目には料理人にはちょっと見えない容姿だが、意外と繊細な飾り切りなどもこなす器用な指先を持っていた。至が見惚れるのはその辺りなのだろう。
34歳になったが、店が休みの日はジムへ行って体力作りにも励んでいる体育会系料理人だ。
そしてカウンターに座って手を見つめていたのは吉田至。
ドリンク全般担当で、バリスタの資格を持っている。
茶色で肩までの髪を後ろで束ねて、いつも優しい笑顔で接客する物腰の柔らかい人物だ。浩司と同学年だが早生まれなので33歳。
至は昔からコーヒーが大好きで、知識も豊富。国家資格ではないのだが、国内で取れるコーヒー関連の資格は全て持っている。
コーヒーの知識や焙煎に関すること、サービスに至るまでが試験科目であるため、資格を持っているということは知識が幅広く深いことを意味していた。
その至を追って店に来たのが真衣子だった。至が時々講師として招かれている専門学校の元生徒で、至の知識の広さやバリスタとしての腕等に憧れてここまできた。
直接尋ねて来てくれたことでバイトも兼ねての採用となり、今では至の技術を教わりながら目で盗み、修行の毎日なのであった。
毎回髪を綺麗なシニヨンに結い上げてきて、接客意識は高い人物である。
専門を卒業してすぐに店に駆け込んできた21歳。まだ1年だが熱意があり吸収は早いと至も感心している。
「ああ、ごめん」
手元のカップを持ち上げて、ランチで淹れた残り物のコーヒーを啜る。
ランチタイムも落ち着き、今日はたまたまお客が途切れた時間ができた。
アルバイトの真衣子が最後のテーブルの食器を下げてきて、浩司から少し離れた洗い場で食器を洗い始める。
「至さんて、店長の手よく見てますよね」
洗剤のついたスポンジで食器を予洗いし、食洗機のパレットへ収めながら真衣子が笑いながら目を向ける。
「え?僕そんなに浩司の手見てる?」
びっくりしたように真衣子を見て、小さく『そうかなぁ』と呟いてバツが悪そうにカウンターへ肘をついた。
「見てますよ〜特に今みたいに手で千切ったりする作業の時」
「ていうか、真衣ちゃんもよく見てるね僕の事〜」
やられてばかりも悔しいので言い返してみたが
「よく見かけるほど至さんが店長の手を見過ぎなんですよ」
と言い負かされてカウンターについた腕に額を乗せてうつ伏せる。
「お前の負けだな、俺も気づいてたぞ。ほら、昼飯だ。客が切れてるうちに食っちまえ」
カウンターの向こうから至の前へと出されたトレイには、BLTサンドと卵サンドの乗ったお皿とスープの入ったカップ。それとデザートのプリンが乗っていた。
「真衣子も食べろ」
同じセットを至の隣に置いて、厨房の中洗い場の真衣子にも声をかける。
真衣子は返事をしつつ、最後のグラスだけ洗っちゃいます と言って予洗いをしてグラスを食洗機のパレットへ収め食洗機を稼働した。
中で激しくお湯が噴射する音を聞いて、手を洗い至の脇へとやってきた。
「あ、プリン残っちゃったんですね〜ランチで」
嬉しい〜と言ってなんでなのか、まずプリンから手をつける。
「今日は僕が頑張ってプチガトーなんて変わり種作っちゃったからね。プリン余っちゃった」
至のデザートもなかなか好評で、ランチにつくデザートはいつもプリンかマカロンなのであったが、今日は珍しくもプチガトーなどを作ってみたら、選べるデザートはそちらの人気が高くてそっちは売り切れてしまっていた。
「所で真衣ちゃん、うちみたいなところは別にいいんだけど、デザートは一応流れとしては食事の後にだよ」
「え?決まりがあるんですか?」
「コース料理食べると、デザートは最後に出てくるじゃん?」
真衣子は首を傾げる。
「そうなんですか?」
「ええ?うちのお客さんも、デザート食後に頼む人多いでしょうに」
「そう言えば…」
「なんだ真衣子、コース料理食ったことないのか?」
流石に浩司も驚いたのか声をかけてきた。
「そうですね、いつもこのお店みたいなアラカルトっていうんですか?こういう感じのお店ばかりだったから、私は好きに食べてました。決まりがあるんですね〜」「じゃあ今度、カジュアルなフレンチでも行くか。ご馳走する」
浩司はそう言って切っていた野菜を器に分け入れた。
「ほんとですか?嬉しい!是非です!」
「色々な料理を見て、食べて、どんなコーヒーが合うかなとか考えるのも勉強のうちだからね。若い頃に色々食べておきなね」
コーヒー主体の言葉に浩司は苦笑して、ーほんとに好きなんだな〜ーと思う。
「わかりました。あまり食に興味が無かったんですけど、この仕事やるにはそれも大事なんですね。デザートくらいも作れなきゃだし」
「コーヒーに付きもののお菓子も学校で勉強したからね。真衣ちゃんもその辺…」
そこまで言いかけた時、いきなり電気が点滅したかと思うと
ガラガラガラビシャーンッ と雷鳴が響き渡った。
「びっっっくりしたー」
瞬間肩をすくめた3人も、声も出せなかったと各々が口にする。
「落ちたなこれは…」
浩司は各冷蔵庫や冷凍庫を、不具合が生じていないか確認し始めた。
「高いビル多いからこの辺。避雷針あるところがそうそう多いと思わないけど、結構近かったですね」
真衣子が気を取り直してプリンを平らげ、BLTサンドに手を伸ばす。
「こういう時ってさ…」
至がカウンターを降りて店の窓まで寄って外を見ると、瞬時に土砂降りの雨。
「こうなるんだよね〜」
と、窓から空を眺め瞬時に耳を塞ぐ、その行為にカウンターの2人は一瞬躊躇ったが、瞬時に意をくむと耳を塞ぎ目を瞑る、が間に合わず再びの大きな雷鳴に肝を冷やしたのだった。
「あ…」
不意に至が窓の外を見て一言呟き
「真衣ちゃんタオル5枚くらい持ってきて!」
と叫びながら店を出て行った。
「え?なんですか?こんな時に外なんて!え?タオル?」
真衣子は訳がわからなそうだったが、浩司が数枚タオルを持ってきて
「至のお節介が始まったぞ」
そう言われて窓の外を見ると、店の軒下で若い青年と至が話している。至が中に向かって体を拭くようなそぶりを見せたので、浩司は
「持っていってやって」
と麻衣子にタオルを預けた。
「至さんこれ」
ドアを開けてタオルを渡すと
「ありがとう」
とだけ言ってタオルを青年に渡す。
青年はえらく恐縮してタオルを受け取ると、スーツの腕や胸をパタパタと叩いて水気をとり、最後に頭をゴシゴシと拭いていた。
「まあ中に入んなよ。雨強すぎるからさ」
青年を促して真衣子が開けたドアの中へと入ってゆく。
「どうもありがとうございました。すごく助かりました」
青年は深々と頭を下げてお礼を言うと、何かコーヒーでも頼ませてください と言ってきた。
「何言ってるの、僕が無理やり引き込んだのにそんなこと気にしないでいいよ。雨が止むまでいたらいいさ」
奥の席へといざなって、至は麻衣子にエスプレッソを頼んだ。
毎日一回、エスプレッソを入れさせてもらって至に味見をしてもらっているのだが今日は知らない人に出しても良いという。
「え、私で良いんですか?」
「一応売り物じゃないからね、でもすごく腕上げてるからこの人に美味しいの作ってあげて」
わあい♪ と背中が語っているステップで真衣子はパントリーへと向かった。
「僕はこの店でバリスタやってるんだけど、あの子はバリスタになりたいってここで僕と一緒に修行中なんだよ」
そう言われて促された店の中は割とレトロな作りで、窓際に4席のテーブルがあり、店の真ん中に大きな一枚もののテーブルが設置されている。
テーブルや椅子は全て木で出来ていて、木に皮が貼ってある椅子はこれまたレトロな雰囲気を醸している。
ライトは長かったり短かったりの金属棒で丸い大きなLED電球が上から下がっており、それが店内に程よく配置されていた。
青年はその一枚テーブルを見て
「これはすごいですね、一枚でしょう?ほんとすごいかっこいい」
と大絶賛。
大きなテーブルは、周りをお客さん14人ほど座れそうなほど大きく、年輪も刻まれていてちゃんとした一枚板だった。
「そうなんだよ、気づいてくれて嬉しいな。これだけで資本金の3分の2とんだんだよ〜」
笑ってそんなことを話しちゃう至は続けて
「ええと、なんてお呼びしたらいい?」
と尋ね、青年はーあ…ーと気づいてスーツの内ポケットから名刺を取り出した。
「おれ…いや 僕はこう言うものです。ご挨拶が遅れてすみません」
「ご丁寧にありがとう。山賀大輔さん。じゃあ大輔くんでいいね、医療機器の営業さんなんだ。あ、今日はそこの病院に?」
大雑把に言えば、店の裏手の方に大きな病院があるのだ。そこを指差して至は聞いていた。
「はい、東郷病院の帰りにこの有様です」
苦笑して大輔は名刺入れを内ポケットへ戻し、再び促されて大テーブルの一角に座った。
「僕はね、名刺なくて申し訳ないけどこれ…」
と言いながらテーブルの上のショップカードを取り出し、その裏に『吉田至』と書いて
「よしだいたる と言います。これも何かの縁かもしれないから、よろしくね。さっき先に言っちゃったけど、この店でバリスタやってます。ただのコーヒーバカです」
などと言いながらカードを手渡す。
「こちらこそです」
山賀も頭を下げてカードをテーブルへ置いた。
「実はこのお店、東郷病院へ来る度気になってて」
と営業トークのように言い出したが、それは自分から
「いや、営業だからって口がうまいって思わないで欲しいんですけど、本当にここ気になってて一度来てみたかったんです。思わずよかったです」
大テーブルの椅子は、やはり木造りだが上に皮を張ったスツール型。きのこ見たくて可愛いと評判だ。
その椅子に座って、店内を見まわし
「やっぱり雰囲気いいお店だ。来られてよかった」
至はその様子を見ながら、大輔の隣に座った。
「ありがとう。そう言ってもらえると本当に嬉しいよ。僕の理想が詰まってるからね」
「そうなんですね。じゃあきっと至さんがこんなあったかい雰囲気な方ってことなんだ」
「でた、これは営業トーク」
笑いながら照れ隠しをして、至はカウンターの真衣子を確認する。
いい香りが少し前から立ち込めていたからそろそろかなとは思っていた。
真衣子はトレイに2つのカップを乗せてやってきて2人の後ろに立ち、まずはゲストの大輔へ2人の間からカップを提供し、少しずれて至の左脇からカップを提供した。
「いつもより緊張しました…。味に出てたらどうしようと思ってますって先に言い訳もしておきます」
毎日至に飲んでもらうことすら緊張するのに、今日はゲストにまで提供となって緊張も倍増だった。
カップの表面は基本的な葉っぱの絵柄。大輔はそれに感嘆して一口口にした。
「あ、甘い…」
エスプレッソと聞いて苦い感じを思い浮かべていたが、存外甘みを感じて少し驚いていた。
至はその言葉を聞いて、
「今日も合格だね」
と言いながら一口口にした。
甘いと言っても砂糖の様な甘味ではなく、豆本来の優しい甘味でぞんざいに淹れるとこの味は中々出ない。
その豆の『甘味』の感覚と結びつけた今回の出来は本当に大したものだった
「うん、本当に美味しい。上手になったね〜」
真衣子は嬉しそうに笑いながらカウンターへ戻ろうとして、真後ろに立っていた浩司とぶつかりそうになって「ぎゃっ」と声をあげる
「ぎゃとはなんだ」
浩司はトレイを高くあげてこぼさないようにして、麻衣子をやり過ごした。
「俺にも淹れといて」
と告げた後
「これ、うちの賄いだから気にせずに。どうぞ」
さっき至と真衣子が食べていたのと同じ賄いセットを持ってきて、大輔の前におく。
「え、あ、いえいえお支払いしますよ」
「余った野菜で作ったんだ。本当に気にしないでくれ。はいお前の分」
至の前にさっきの食べかけのトレイを置いて浩司は ごゆっくり と去っていった。
「ほんと気にしないで。僕たちの賄いなんだ。同じでしょ?」
どうぞどうぞとすすめられて、
「じゃあお言葉に甘えて いただきます」
おしぼりで手を拭いて手を合わせる。
サンドイッチは四角く切られたたまごサンドと三角形のBLTサンド。
「美味しい…たまごの味すごくいいです」
そう言う大輔を嬉しそうに見つめて、至もたまごサンドを口にした。
「あの人矢田部浩司って言うんだけどさ、あんなでかい成りしてこんな繊細な味作るんだよ。面白いでしょ」
揶揄している様にも聞こえるが言葉に愛情がこもっている。
先ほどから実は気になっていたのだが、至の左手薬指には指輪がはまっている。 そしてトレイを持ってきてくれた矢田部さんと言う人の左手薬指にも、同じ指輪があった。
「たまごサンドなんてどれも一緒だと思ってたけど、本当に美味しい。あいつにも食べさせたいな」
2人の指輪を見て、ついポロッと大輔が漏らした。
「んんんん?あいつって誰〜?」
至がイタズラな顔で肩を寄せて来る。
「え!俺今声に出てました?」
「出てた出てた〜。おじさんそう言うの聞き漏らさないからさ。で、だれ?彼女さん?」
「やらかしたわ、俺。それにしてもおじさんて、そんな歳じゃないでしょう〜」
「ん?僕33だし、じゅうぶんおじさんだよ」
「うわ、28くらいかと思ってました」
「20代に見えたか〜僕もまだまだだな〜」
歳を取りたいのかな…と一瞬不思議な感覚に見舞われたが、さっきの失言が有耶無耶になって来てしめしめと思い始めた時
「で、さっきのあいつってだれ〜?」
忘れてなかったか〜と心で舌打ちをし、まあそれでも『あいつ』なんて言われたらそりゃあ気になるか。と思い直した。
が、まずそれを話すより先に、気になることを思い切って聞いてみることにした。
「あのその前に、お聞きしていいですか?」
「うん、なに?」
「あの…吉田さんと…矢田部さんって…同じ指輪…してますよね…?」
至はキョトッとして、自らの指に目を落とす。
「あ、これ?目ざといね。うん、そうなんだ。僕と浩司はねそう言うカップルなんだよ。あ、それと僕のことは至って呼んでね」
大輔の目が微笑んだ。
「やっぱりそうか〜あ〜なんかホッとした」
ふうっと息を吐いて、エスプレッソを一口。
「なになに?さっきのあいつってもしかして…彼氏なの?」
人懐っこい至の問いに負けて、大輔はこくりとうなづいてしまった。
「え〜そうなんだ〜僕らと一緒だね〜」
仲間だ〜と握手を求められ、大輔はそのノリに戸惑ってしまう。
「至さん、山賀さん引いてるじゃないですか。そのノリやめてあげて」
真衣子がコーヒーのおかわりを持ってきて、はしゃぐ至を止めた。
「いや、だってさ?周りにあまりいないからさあ」
気持ちはわかりますけどね、と、この店の割と深くまで知っている真衣子がカップごとコーヒーを替えてくれる。今度は普通のカップのコーヒーだった。
真衣子スペシャルです、と言いながら置いていったコーヒーはきっといくつかの豆を合わせているのだろう。
「ごめんね、はしゃいじゃって」
てへっと言った体で苦笑いをして、至は手を合わせた。
「いえいえ。同じ人がいて心強いなって思ったので」
大輔はカップを撫でながらしみじみと言う。
「やっぱりさ?好きな人のことって誰かに話したいよね。話せないの結構しんどいのわかるよ」
言いながらサンドイッチを一口齧る。
本当にそれなのだ。普通のカップルなら『俺の彼女が昨日さ〜』とか言えるが、まだ時代はそこまで進んではいない。
「そう言うことがここで言えるんだなって思ったら、なんか嬉しくて」
と、すっきりした顔で笑った。
「頑張ってたんだね。いいよ、ここにおいでよ彼氏自慢したくなったらさ。さっきも言ったけど何かの縁だし、本当にそう思えるねこうなってくると」
至も笑って、真衣子スペシャルを口にする。ーああ、これは3種混ざってるな美味しい配合だー と内心感心しながらも、大輔へ目を向けた。
「あいつは…一馬っていうんですけど一馬は美大出身で、美大って周りにそう言う人が多いらしくて、卒業してからも付き合いのある友達と色々話せてるみたいなんだけど、俺にはいなくて」
プリンをちょっとずつ口に運んでしんみりしている大輔に寄り添う。
「恋バナってしたいよね。お相手の一馬君はお友達に惚気てるのにね」
一緒にプリンを食べて至はうんうんと頷いて、チラッと浩司を見た。
聞いているのか聞いていないのかわからないが、黙々とディナーの準備に取り掛かっている。
「僕と浩司の出会いはね、調理師専門学校なんだよ。バリスタの専門学校もあったけど、お菓子も学びたくて僕は調理師専門学校のバリスタコースへ行ったんだ」
調理師専門学校は良く聞くが、そこにバリスタコースが有ったりする事は大輔には初耳だった。
「そう言うコースもあるんですね」
「そうなんだよ。でね、お菓子作りは調理科と一緒だったんだけど、そこで出会ったんだよ。浩司と」
懐かしむ目をして至は浩司を見る。
至の顔はよくみると端正で、イケメンカテゴリーに入る顔立ちをしている。
黙っていると結構冷たい印象の顔つきだと思うが、性格なのかよく笑うのでそれがかなりとっつきやすくしてくれている。
体は線が細いイメージで華奢。体育会系の自分と比べると触ったら折れてしまうんじゃ…と思わせる。肌が白く見えるのは元々なのか…。
一方浩司は、ちょっと前に流行ったゴリマッチョってあんな感じかなと言うのが大輔の感想だった。
そんな人が厨房でエプロンして料理してるのはなんか感慨深いものがある。
真っ黒な髪は短髪で、今はタオルが巻かれているので良くはわからないが、多分後はすっきりと刈上がっているだろう。
「浩司ってゴツいじゃん?エプロンも特注なんだよ〜。でも腕はいいんだ。専門の時から評判良かったんだから。第一かっこいいしさ」
はい、惚気入りましたね、と軽く至に突っ込んでみた。
「大輔君も惚気て?」
至は大輔が惚気やすいようにしてくれたのかも知れなかった。
「急に惚気ろと言われても」
焦ってしまうが、色々思い起こして話し出す。
「一馬は今、イラストの仕事しててずっと家にいるんです。だから俺は家のこと全て任せてしまってるんだけど、一馬の料理も…うまいっす」
「美味しいご飯作って待っててくれてるんだ〜もう夫夫みたいじゃん。イラストのお仕事もかっこいいし」
「元々油絵とかやりたかったようなんですけど、まああの世界はなかなか難しいらしくて…。ネットにイラスト投稿してたらオファーが来る様になったみたいで今はそこそこやっていけてる感じです」
「凄いね、よほど上手なんだ。見てみたい」
「あ、有りますよ。見てみますか?」
「見る見る」
前のめりになってくる至と、『え、私もみたい』という真衣子の声で一枚板のテーブル周りに浩司まで集まって来た。
大輔はスマホを取り出して一馬の作品と一緒に写る一馬の画像を映し出した。
ギアを装着した女性とメカの龍が描かれたA3 ほどの大きさのイラストを一馬が持って、サムズアップして笑っている。
目の大きなちょっと童顔。
「え、可愛い!これが一馬くん?え、上手!うわあいいね!」
「本当に可愛い人ですね〜。山賀さんと同じ歳なんですか?」
「いい絵を描くなぁ。雰囲気はあるけど本人のイメージとは違う作風でギャップがいいな」
三者三様の言葉で言ってもらって、大輔も嬉しくなった。
「高校の同級生で同い年です。もう25にもなるってるのにほんっと可愛くて」
一馬の顔を見て不意に気が緩んだのか、大輔はそれはもうとろける笑顔でデレデレに言い放った。
一瞬静寂が起こり、今更ながらに『25歳なんだね』もありつつ、至は大輔の背中を叩きー惚気でたねえーとニコニコ顔。真衣子はお似合いです〜と共に彼氏いない歴2年を聞かれもしないのに暴露し、浩司は仲良しだなと言いながらー至も可愛いけどなーを背中に漂わせて厨房へと戻っていった。
「え?え?だめでした?またつい口から!」
焦ってしどろもどろな大輔を、今度はケラケラ笑って
「いいんだよwそれできるところ探してたんでしょ。ああ可愛い。もっと惚気ていいから」
「私より可愛い『彼氏』なんて本当悔しい」
食べ終わったお皿をトレイにまとめながらそう言っているが、真衣子の口元も笑っている。
そんな時、不意に周囲が明るくなり窓からかなり傾いた陽の光が差し込んできた。
「あ、楽しんでる間に夕立やんだね〜」
7月下旬の午後4時。そろそろ日も短くなりかけていた空がオレンジに変わりかけてくる頃だった。
「あ〜随分長居してしまった気がします。今日は本当にありがとうございました」
大輔は立ち上がって、帰り支度を始める。とは言え鞄を引き寄せるだけなのだが。
「いえいえ、こちらこそ楽しませてもらったよ。よかったらまた来て」
至がその鞄を手渡し、ー彼氏と一緒にねーと微笑んだ。
「勿論です実は俺隣の駅が最寄りなんです。近いので是非来ます。今日はこのまま直帰できるので、このお店の話を帰って一馬にすぐに伝えますね。絶対に一馬連れてまた来ますから」
「お待ちしています」
「待ってるからね」
真衣子と至の声が重なる。
帰る様子を見て浩司も入り口までやってきて
「待ってるな」
と右手を出して来たので、その手を取って
「絶対に来ます」
とお互い笑い合った。
大きな手だった。
この手がこの店を守り、至さんを守ってるんだなと不思議とそんなことが頭をよぎり、自分もしっかりしないといけないんだなと思い知らされた。
同性同士のカップルと知り合えて嬉しく思うが、大人な2人に色々学ばせてもらうところも大きそうだ、と思いながら、大輔は帰路についた。
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