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家族の有り様

 シャワーを浴びながらもう一戦交わせた2人は、髪を拭きながら 「お腹すいた」 「腹減った」  を同時に言い合っていた。 「今日はさ、お寿司行かない?イクラ食べたい」  ドライヤーに煽られながら、至が提案してくる。 「術後約1年、生モノ食えないから、食い溜め第一弾だな」 「そうそう」 「回転寿司でいいのか?」 「当たり前だよ〜!贅沢できないし、それにその方がイクラ三昧できるからね」  随分イクラ欲が強いな、浩司は笑ってドライヤーを交代した。  至の母から受け継いだ移植用の費用だったが、とりあえずは自分たちでやってみようと言うことにした。  支援団体や給付などを調べて、頼ってみてそれでも大変になったときに、預かったものを頼ろうと言うことだ。   なので贅沢は敵だ!と至は燃えている。まあしかし、回転しないお寿司やさんなどは、今までにお祝い的なことで2回ほどしかなく、今日もいつも御用達のス◯ローへ行くのであった。 「いつも混んでるよね〜ここって」  すごいねえと待合室で待っている間、至は大勢いる人々を見回す。 「幸せの数分(かずぶん)の人数だろうね」  浩司はこんな前向きなことを言う時は至が安定してる時と知っているので、手術がくらい影響にならなくて良かったと思いながら 「そうだな。仲悪い同士は回転ずしにはこないよな、きっと」  同じように眺めた。  番号を呼ばれ案内されたところは、2人なのにボックスシート。  申し訳ないと歩きながら、至は自分たちの隣になる席に例の月に最低は一回来てくれる体格のいい男性と3歳くらいの男の子と配偶者と見られる女性を見つけた。 『え…あの人だ。奥さんいたんだなぁ…でも隣か、う〜ん』  と、内心考えながら、浩司がその席に背を向けて座るように自分は奥の席に着く。 『まあ、弟さんと限ったわけじゃないし…ね。普通でいよう」 「まずいくらを注文しなきゃだ」  お手拭きで手を拭いて、タブレットを手にする至に、お茶を淹れて渡す浩司は 「生エビ頼んで2皿」  とお願いして、醤油を準備。  無駄のない動きだ。  注文して待つ間に、流れているものを2.3取って食べ 「ああ〜これが2月から1年間も食べられなくなるなんて」  マグロを噛み締めるように食べて、くうっと声を上げる。 「一年なんてすぐに経つ。一緒に我慢するから頑張ろう」  優しいねえ…などと言っている間に注文品が届き 「イクラはいつ見ても宝石のようだね」  なんていくらを褒め称え、褒め称えた後には一口で食べる。それを3回繰り返した。 「ところでなんで今日はイクラなんだ?前回は数の子だった気がするんだが」  生エビを噛みながら、浩司もーああ、うまいなーと呟く 「なんでだろうね。今日はイクラだった。次は何になるかな」  2月の手術までにはここに何度も通うことになりそうだな、と浩司は次に鯖とはまちをタップし、イクラも2皿注文した。その時 「あー!りっくん大丈夫?台拭き借りてくるね」 「頼む。ごめんな 陸 熱いか?大丈夫か」  隣からそんな声が聞こえてきて、どうやらお茶か何かを子供に向かって倒してしまった様子だ。  子供は泣いていないようなので、熱いお茶ではなかったようだが子供がいるとそんなこともあるな、と浩司は普通にお寿司を食べていたが 「はい、朝陽(あさひ)、台拭き」  という女性の声に動きをとめた。  瞬間隣へ振り向こうとしたが、店員さんも来てテーブルを拭いたりしているようなので完全に振り向けず、ちょっと複雑な顔をして前へと向き直った。  それを見ていた至は、やっぱりあの男性何かあるのかもな…と確信をする。 「隣、大騒ぎになっちゃったね」 「あ、ああそうだな。まあ、子供いるとな」  どこか動揺を隠しきれていない浩司だが、あまりない『朝陽(あさひ)』と言う弟の名を聞き、咄嗟に反応してしまった。しかもよく聞いてみると声も聞いたことがあるように聞こえてくる。  しかし、そう言う名前もないことはないし、声などは店で似たような聴いたのかもしれないし、まして自衛隊員である弟がこの街にいるはずもないのだと自分に言い聞かせた。  この街に駐屯地はないのだから。 「凛々子とか連れてきても、あんな感じになるかもだぞ」  少し落ち着きを取り戻して、至似の幼い顔を思い出す。 「あ〜あははそうかもね。凛々子元気だしな〜」  何もないならそれでいいと、至は話を合わせて凛々子の話へとすり替えた。 「毎日でも会いたいよね」  ポワンとした顔で凛々子を思い出し、 「今度来た時には僕のケーキ食べてもらうんだ〜。コーヒーはまだ早いからね」  ポワンポワンとイクラに少量のお醤油をかけ、一口で食べる。 「ん〜幸せ感じるよね〜〜凛々子にイクラ」 「イクラと比べるな」  ポワンとしている至にお茶を足そうと湯呑みを取り上げた時、浩司の足元に何かが当たった。 ふと見ると小さなボールだった。 「あ、すみません〜うちの子が落としちゃって」  隣の女性がそう言ってきたが、受け取るのは浩司のすぐ後ろに座っていた男性の方で… 至は少し動揺し、浩司はそのボールを取って立ち上がってやってきた男性に手渡ししようとして固まった。 「にいさ…ん…」 「朝陽…」  手渡す方も、手渡される方も止まっている状態をみて、女性が 「どうしたの?」  と子供を抱いて近寄ってくる。  至もどうしていいのか判らず、取り敢えず女性に頭を下げた。 「なんでここにいる…」  浩司は絞り出すようにそう言って、やはり立ち上がる。 「朝陽、この人もしかして…?」  奥さんであろう女性が朝陽を見上げた。 「あ…うん、にいさんだよ…」 「あの喫茶店の?」  その声に、浩司は今度は女性を見る。 「あ…お前店に…」  もう一度視線を戻して、問う。  至はこうなっては仕方ないと、立ち上がって朝陽を自分の座っていたところへ促した。 「お店に何度かきていただいてますので、僕のことはわかっていますよね。もしかしたらという不確定だったのでお声もかけなかったし、浩司にも言っていませんでした。少しお話しなさってみてください」  とその場を離れ、奥さんと朝陽家族のテーブルへと向かう。 「そんなわけですので…少しここにいさせてください」  行儀は良くないと思いつつ通路側に足を出して座り、浩司たちの話も聞こえるようにした。 「あの…私、朝陽の妻の心優(みゆう)と言います。えっと…お義兄さんの…」 「はい、パートナーの吉田至と申します。僕たちのことはどこまでお聞きになってますか」 「朝陽が勘当される時に、『浩司も勝手に男なんぞと連れ添って…』と…」 「勘当?」  自分たちのことより、その言葉が気になった。 「にいさんと会うの9年ぶりくらいになるね。最も俺は店に行かせてもらって顔は見てたけど…」  正面に座っている兄、浩司が何も話さないので、朝陽は懸命に話を紡ぐ。 「料理おいしかったよ。コーヒーも…あの人…名前わからないけどお義兄さんでいいのかな…のコーヒーもとても美味しいし」 「目的はなんなんだ?親父に俺たちを偵察しろとでも言われてるのか」 「え?」 「いつからこの街にいる。いつから俺たちのことをコソコソ調べてた」 「にいさん、違う」 「親父に何を言われてここにいるんだ!」  少し大きめの声は、レーンの向こう側の家族の動きを止めるほどには響いてしまった。 「にいさん、話を聞いてくれ、決してそんなんじゃな…」  朝陽が言いかけるのを無視して、浩司は立ち上がって帰ろうとする。  それを止めたのは至だった 「話を聞いてあげて」  真剣な至の顔を見て、浩司も少し冷静になる。 「浩司が考えてることとは少し事情が違うみたいだから」   浩司は苛立たしそうに一つため息をつき、元の席へ戻った。 「ありがとうにいさん、簡潔に言うね。俺は自衛隊をやめて、あの家から勘当されたよ。今はこの街で会社員してる。ここにきたのは本当に偶然で、会社の人に教わって行った店がたまたまにいさんの店だっただけだよ」 「自衛隊辞めたのか」 「うん。人の為に何かをするのは良かったんだけど、俺の根性は自衛隊に向いてなかったんだ」  恥ずかしいけどね、と自嘲気味にわらって自分の手を組んで見つめている。 「PX(基地内売店)で心優と知り合ってさ、付き合ってからもしばらくは隊にいたんだけど、子供ができたと聞いてどうしても自衛隊(ここ)は自分の居場所じゃないと思っちゃってね、それで親父に話に行ったんだ。そうしたら、手酷いこと言われて勘当だーってね。この街は心優の実家がある街で、子供育てるにも心優の実家が近いほうがいいと思ってここにきたんだよ」  浩司も所在なさげな指を、自分の手の甲でトントントントン叩きながらそれを見つめていた。  心優は 「お義父さんすごい怒ってらして、私も妊娠4ヶ月でご挨拶に行ったんですけど唆したとか、ものすごく怒られてしまってそれきりに…」  あの人は絶対に変わらないんだな…と至も気持ちが落とし込めた。  浩司が断固実家とは関わらないと言っているのを、申し訳ないなと思ってもいたが、今…それは考えなくていいことだとやっと思える。 「大変でしたね。僕もめちゃくちゃ罵声浴びせられましたよ。僕の場合は仕方ないかなと思ってましたけど、女性にまでそうだったんですね…」 「怖かったです。お腹の子に何かされるんじゃないかと言う恐怖もありましたし」  朝陽もまた、浩司と同じような気持ちで暮らしていたんだな、と思うと2人はわかり合えるような気はした。 「その子のお名前は?」  悲しくて怖い感情はもうやめようと話題を変える 「陸と言います。色々な面で大きな子に育つように」 「陸君か、こんにちは、初めまして」  心優に抱っこされた陸は不思議そうに至を見つめ、そして母親である心優を見上げた。 「陸のおじちゃんだよ。優しそうな人で良かったね」  陸は至に手を伸ばし、にこ〜っと笑いかけだぁだぁと声を上げる。 「1歳くらいですか?」 「1歳3ヶ月です」 「かわいいなぁ…差し出された手を指でチョンチョンとすると、声を出して笑ってくれた。  やはり浩司の面影が被り、なるほど…凛々子に対する浩司の気持ちがわかった気がする、 「陸くんもお店においでね〜食べられるもの用意するからね」  それが通じたのか 「うきゃうう」  と 大きな声で歓声を上げられてしまった。 「元気でいいね。後でママに、何が食べられるのか聞いておくからね、絶対においでね」   「親父は、変わんないよ。もう凝り固まっちゃってて、人の話は全く聞かない」  朝陽の言葉に浩司も自分たちの時を思い出して、怒りが蘇ってくる。 「親父の言いなりで…なんて言ってすまなかった。偶然が重なった結果だが、俺の側に朝陽が来てくれたのも何かの縁かもな。朔弥(さくや)はどうしてる?」  3番目の弟だ。 「あいつは今沖縄かな。あそこは特別大変だから、なかなか帰れないようで、それでも親父は怒ってる。自衛隊にいてもいなくても怒られるんだからね」  2人は苦笑した。  笑声が聞こえて、至は2人のテーブルの傍へ立つ。 「話は終わった?」  至の腕には陸が抱かれていて、陸は今度は浩司へと手を伸ばしてきた。 「はい、甥っ子さんだよ。陸くんだってさ、抱っこしてあげて」  至は丁寧に陸を浩司へ渡すと、 「笑ってましたね、お二人で。大丈夫そうですか?」  と朝陽に向かって微笑んだ。 「陸か。俺の甥っ子なんだな」  瞬時にメロメロになった浩司に笑いながら 「はい、和解できました。今度から堂々とお店に行けます」  白い歯が印象的な朝陽である。  そこへ心優がやってきて、 「お寿司…続けますか?」  と聞いてきた。  至はなぜか胸がいっぱいになってしまって、お寿司どころではなくなってしまた。 「今日定休日なんですけど、コーヒーくらいならお出しできますから、店に来ますか?少し話すこともありますし」  と朝陽家族に声をかける。 「いいんですか?」  とっさにそう言う朝陽に 「ここじゃあなんですし、ゆっくり話せるところに行きましょう」  と告げて、タブレットをとって精算をお願いした。   浩司はー悪いなーと至に言って立ち上がる。  精算を済ませ、歩く道すがら陸が食べられるものをコンビニで買って店に入る。 「暖房はすぐに効きますからまだコート着ててくださいね」  と至はパタパタとコーヒーの準備を始めた。 「にいさん…とてもいい人だね。優しくて大らかで」 「心優さんも優しくてちゃんとお母さんで、あ、お前のお母さんでもあるのか?」  とからかって、テーブル席へと促した。  今までのこと、これからのこと、そしてもちろん肝移植の事も話し、色々話して話されて、夜の10時頃まで話し込んでしまった。 「じゃあにいさん、移植の時に何かできることあったら声かけてくれよ。絶対手伝うから」 「ありがとう。そうさせてもらう」   駅の向こう側と言うが、流石に陸が眠ってしまったのでタクシーを捕まえて、朝陽家族は帰って行く。 「良かったね。1人でも家族の人と打ち解けて」  タクシーを見送っている浩司に声をかける。 「俺も、全員が自衛隊で頑張ってて俺だけがダメみたいに言われたから、それに固執していたかもしれないな…至の気持ちがこうなってわかるとはな…」 「僕は浩司のあのお義父さんへの感情がどんなものか、やっと理解できたよ。一緒にいるのはもう10年以上だけどさ…まだまだわからない気持ちってあるね」  結果的に浩司も有り合わせだけど、と少し料理を作ったので、食事も万全、後は寝るだけだ。 「寒いから家に戻ろう。明日もモーニングだぞ」 「うん」  浩司の家のたった1人でも、浩司の側についてくれて嬉しい。  これからもっと、朝陽さん家族とも楽しめたらいいなと至は思い、家へと戻って行った

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