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第5話

「遊輔さんが悪いんですよ。俺なんか甘やかすから、勘違いして付け上がっちゃうんだ」 抱くか抱かれるか選べと言われ後者を選んだのは、独占欲を拗らせた支配欲を持て余してるから。 薄々勘付いてる。 遊輔が向ける矢印と自分の矢印を比べたら、薫の方が強く大きい。 心の奥底では常に遊輔を独占したいと望み、自分の部屋に監禁し、束縛したいと願っていた。 「……同じ位執着してほしいなんて、身の程知らずなわがままだよな」 レイプした事に勿論罪悪感はある。なのに何故笑ってるのか。 それはたぶん、遊輔の泣き顔が可愛かったせいだ。同じ所に堕ちてきて安心するからだ。 念のため手首を裏返し、傷がないのを確める。遊輔が薄目を開ける。 「起きました?」 「眼鏡」 「どうぞ」 恭しく捧げられた眼鏡をひったくり、無言で顔に掛け、右手を握りこむ。 次の瞬間、鳩尾に衝撃が炸裂した。 「ぐふっ」 「接客業でよかったな。じゃなきゃ顔面いってた」 腹を庇って咳き込む薫を見下ろし、背広のポケットから煙草を取り出す。 「夢じゃねえよな」 「はい」 「くだんねー言い訳したら鼻っ柱へし折ってた。で?マジでバラすと思ったの」 苛立たしげにライターのスイッチを押す。 「俺が最上に売り込むって」 「……少しだけ」 「具体的に」 「アプリコットフィズに入れるソーダ水位」 「へえ~え」 棒読みで受け流しスマホ検索、アプリコットフィズのレシピを睨む。 「ほぼ半々の適量じゃねえか!」 ツッコミと共に投げられたライターが肩で跳ね、カーペットに落下する。 正座のまましょんぼり俯く薫の前、背凭れに腕を掛けてファンが回る天井を仰ぎ、盛大に煙を吐く。 「バンダースナッチの片割れがバーテンのお仕着せで働いてるって宣伝すりゃ、店の客増えてマスターに感謝されっかな」 「本気ですか」 「見損なうな」 指に挟んだ煙草をへし折る。 「お前んことチクって復帰したって、相棒だった事実が消えねえかぎり身バレにビク付いて生きる羽目になる。わかりやすく麻雀でたとえるとだな、九連宝燈で上がった時に『ひょっとしてあなたがあのバンダースナッチさんですか、平日の真っ昼間っからこんな場末の雀荘にいらっしゃるんですね、配信者って暇人なんだ』なんて卓仲間に言われたら興ざめの極みで役満の喜びが吹っ飛ぶだろ」 「麻雀詳しくなくて」 「あのさ、無茶苦茶ヤった後でも反省したフリすりゃ許してもらえるとか考えてんの」 「すいません」 「手錠は通販?」 「結束バンドと迷いました。親指同士を縛ると抜けないって聞いて」 「計画的犯行に情状酌量の余地ねえぞ」 「もとから持ってました」 隠し撮りで自慰していた頃から遊輔に似合いそうなグッズを買い集め、セフレに使ったり使われたりしていたのは秘密にしたい。 「詮索はやめとく」 「賢明です」 「じゃねえ」 「昨日の事本当に覚えてませんか。最上さん同伴して来店した後、酔って騒いで暴れたじゃないですか」 「は?俺が?」 「挙句に高いボトル割ったの、都合よく忘れちゃいました?」 肩を竦める。 「お店が被った損害考えたら、俺が逆襲したくなっても仕方ないんじゃないかな」 「ふかせボケ。どうせデマだろ」 「疑うなら最上さんに電話で聞いてみたらいいじゃないですか」 「あーあーそうするよ」 スマホを掴んだ姿勢で急停止。 「掛けないんですか」 ……掛けられるわけがない。 「そうですね、その方がいいですよ。誤差バレしちゃうかもしれないし友情にひびが入ったら大変だ」 「ぬけぬけと」 世の中嘘も方便だ。経験則で痛感してる。証言の裏付けの為、自作自演で割ったボトルの破片を保管していて良かった。 「俺は信じてますよ遊輔さんのこと、裏切ったりしないって」 「捕まりゃもろとも共犯だもんな」 「アブノーマルなプレイに挑む口実欲しかったんです」 「ドン引く勢いでノリノリだった」 「お互い様でしょ」 肘掛けに腰を下ろし、遊輔が咥えた煙草を掠めとる。 「ボディに一発で許してくれるなんて甘すぎます」 深々と吸い込んで煙を吐く。遊輔は憮然としたまま、素早く取り返した煙草を噛む。 「舌が馬鹿になる」 「興味があるのはハッカーの俺だけじゃないんですか」 「過小評価だな」 小首を傾げる薫にしたたかな流し目をよこし、斜に構えた手付きで煙草をふかす。 「『Lewis』に最上を連れてったのは、一番うまい酒を出す店だからだよ」 「それって」 「腕利きのバーテンがいんの。俺の推し」 「……はは」 乾いた笑いを漏らす。 「ホントずるい。後出しかよ」 「赤くなってんぞ」 「そういうところですよ」 くしゃりと横髪を握り潰す。 「一人で空回って馬鹿みたいだ」 めでたく誤解がとけ、初めて罪悪感と羞恥心が湧いてきた。申し訳なさで顔を上げられず、小さくなる薫をあえて無視し、スマホで検索する。 「『振り向いてください』」 言われた通りにする。 「アプリコットフィズのカクテル言葉」 「―ですね」 昨晩、薫が望んだのはたったそれだけ。最上と話すのに夢中な遊輔は、結局一度も叶えてくれなかった。 「欲張りなんだか謙虚なんだか。わかりやすく伝えろ、こんな感じで」 煙草臭いキスが口を塞ぐ。仄かにアプリコットフィズの味がした。 遊輔がくしゃみを放ち、再び時が動き出す。 「風邪ですか」 「今度氷のっけたらシャンパンバケットでアイスバケツチャレンジさせっかんな」 「お風呂沸かしてきます。一緒にシャワーを」 「とっとと行け」 煙草の箱を投げ付けられ、いそいそと退散する。 途中でドアが少し開いた自室に立ち寄り、壁一面に遊輔の隠し撮り写真が貼られた室内を見回す。 「……結構欲張りですよ、俺」 再びドアを閉ざし、後ろ手に鍵をかける。 案の定遊輔は風邪をひいた。

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