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第11話・足手纏いより下

 オメガは能力が低いと言われがちだが、藤ヶ谷は自分が周囲に比べて劣っているとは思っていない。  杉野が入社してくる前も問題なく仕事が出来ていたし、営業成績も悪くはなかった。  だが間違いなく彼と行動するようになってから、格段に仕事がやりやすい。 「どんなことでも、一度聞いたら忘れないし」 「ははは、若いアルファに多いね」 「本当に読んでるのかってスピードで書類はみてるし。でも、何を聞いても正確に答えるんですよ。アルファって、異次元の頭脳なんだって思ってた」 「あの時の彼に、アルファの僕でもそう思ったよ。自分はなんて無力なんだろう、ともね」  蓮池が頷いて共感してくれるものだから、アルファでもそういうことがあるのだと安心する。  それに伴い、普段は気にしたことがないことが沸々と湧き上がってきた。 「無力か……うん。相手の話を聞いてまとめるのも、話すのも上手いし。頭の作りとか違うんだなー助かるなっていつも思ってたけど」  不安が頭をもたげてきた。  ハイアルファにとって、アルファでさえ足手纏いだと感じるのなら。自分は杉野にとってどんな存在なのだろうと。 (足手纏いより下って、何……)  ギュ、と冷たいトールグラスを握ると、カランと音が鳴る。  美しい薄緑の液体の水紋を瞳に映しながら、唇を噛み締める。 「俺、あいつの仕事の邪魔になったりしてたのかも……」  改めて言葉にすると、胸に重い物が詰まるような気持ちになる。  優秀さに感心するばかりで、足手纏いになっているかもしれないなどと考えたことがなかった。  何故思い当たらなかったのか不思議なくらいだ。  どんどん頭が薄暗い思考に染まっていく。  すると、ポン、と優しく頭を撫でられた。 「な、なんて!すみません、酔ってんのかな」  ハッとして顔を上げ、前髪を掻き上げた。  無理に明るい声を出し、口角を上げて笑って見せる。  デートで愚痴をいう人間だと思われたくない。  しかし、今までで一番柔和な表情で蓮池は微笑んだ。 「なら、もっと酔って色んな話を聞かせてくれ」  肩を抱き寄せられ、蓮池の胸に頭が触れる。  触りこごちのいいスーツ生地が頬に触れ、鼓動が伝わってきた。  体温とフェロモンの香りに包まれて、胸が高鳴る。 「話が逸れてすまなかった。そんな顔をさせるつもりはなかったんだ」  耳元で聞こえる深い声には、紳士的だった先ほどまでとは違う大人の男らしさを感じる。 「ただ、君に少し残る彼の香りが、『手を出すな』と言っているような気がしてね」 「ええ!?」  思わず至近距離で声を上げてしまう。  まさか杉野の香りが移っているとは思っていなかった。  次からはデートの前にシャワーを浴びようと、藤ヶ谷は心に誓う。  藤ヶ谷の声に肩を震わせる気配がしたかと思うと、唇が耳に触れるか触れないかのところに迫ってきた。 「妬ける、と伝えたかった」  身体中の血液が一気に沸騰するかのように感じる、色気のある声。  藤ヶ谷は赤くなった顔を隠すように、蓮池の胸に頬を擦り寄せる。 「意外です。俺や杉野は、蓮池さんからしたら子どもでしょ?」 「子ども?」  心外だ、と言うように蓮池は体を離す。  そして、スルリと朱に染まった藤ヶ谷の頬に手を添える。 「子どもにこんなことはしないよ」  思わせぶりな台詞と共に顔がゆっくり近づいてくると、藤ヶ谷は期待に揺れる目を閉じた。  呼吸が触れるのを感じたところで、額に柔らかい物が当たる。  藤ヶ谷が目を開けると、蓮池は離れていった。 「……おでこ……」  不服気な声を漏らす。  残念がっていることが全く隠せない藤ヶ谷の反応を見て、蓮池はクスクスと笑った。 「君は本当にかわいいね陸くん」  猫にするように、顎の下を擽られる。 (うーっ……余裕が堪らん!)  むず痒さに身を捩りながらも、藤ヶ谷は機嫌を取り戻した。  もう、急に頭をもたげてきた杉野への劣等感は胸から消えている。  柔らかくなった藤ヶ谷の表情を確認した蓮池は、ソファに手をついて立ち上がった。 「さてと」  目の前に手を差し出され、藤ヶ谷は反射的に握りしめる。決して軽くないはずの体が、力強く引き上げられた。  蓮池は視線を部屋の反対側にあるダーツボードへと流す。 「次は、勝負するとしようか」  「負けませんよ!」  藤ヶ谷が本格的に楽しみ始めたこともあり、この日は本当にダーツをするだけで終わった。

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