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【八】旅路

 王宮に行く決意をしたルファは、鞄に荷物を詰める事にした。 「手伝うか?」 「ううん、大丈夫」  微笑したルファが服をたたむのを見ながら、ヴェルディスが腕を組む。 「逆に言えば、荷物は何も持たなくても構わないんだ。全て王宮に用意がある。最低限の必要な品だけを持つと良い。例えば、大切な物だとか」 「最低限の……」 「道中の着替えはあっても良いと思う。だが、王宮には服も用意されている。何も心配はいらない」  それを聞いて、ルファは鞄に服を入れてから、立ち上がった。そして戸棚を見る。歩み寄り、簡素な木の扉を開ける。中には、母の形見の耳飾りが入っていた。普段装飾品等を身につけていなかった母が、唯一大切にしていた品だ。大切な品と言われた時、心当たりはこれしか無かった。それを下に敷いていた布に包んで、ルファは持っていく事に決めた。 「午後には出発しよう。メルクには鷹を飛ばした」 「うん」  その後、ルファが用意をしている間に、ヴェルディスが料理の用意をした。出発前最後の食事をし、二人が座っていると、玄関の扉をノックする音が響いてきた。 「間に合って良かった。随分と急な出立ですね。早く連れ帰れと言ったのは私ですが、宿屋にだって手続きというものがあるんだから、もっと早めに連絡が欲しかったよ」  ルファが声をかける前に入ってきたのは、メルクだった。後ろで束ねた金髪を揺らしたメルクは、それから仰々しく手を広げた。 「私なんて食事もまだなのに」 「メルクさんも食べますか?」  テーブルの上に並んでいる料理を見て、ルファが困ったように笑った。ヴェルディスは嘆息している。メルクはクスクスと笑うと首を振った。そしてルファの寝台に腰を下ろすと、二人を見た。 「朝食の時間が遅かったので大丈夫ですよ。ルファ様は優しいなぁ」 「ああ。ルファ様は素直で優しいんだ。戯言で惑わせるな」 「ヴェルディスさんは手厳しいよね」  そんなやりとりをしながら食事を終えた。ヴェルディスが皿を洗う間に、ルファはメルクに、最後にもう一度診察をしてもらう事となった。 「うん。もう大丈夫ですね。魔導馬車とはいえ旅ですから、その道中にも注意は必要ですが」  メルクのお墨付きを貰ってから、ルファは小さな鞄を肩からかけた。先にメルクが外に出る。皿洗いを終えたヴェルディスは、戸口に立ち室内を見回しているルファの横に、静かに立った。出かけると考えているせいなのか、どこかガランとして見える家の中に、ルファは心細くなる。そんなルファの手を、そっとヴェルディスが握った。 「ルファ様、心配はご不要です」 「うん……」 「私目が常におそばに」 「有難う――……いってきます」  こうしてルファは、ヴェルディスに手を引かれる形で外へと出た。パタンと扉が閉まる。軋んだ音を立てた扉を、最後にもう一度、一瞥してから、ルファはヴェルディスに促されて馬車に乗った。  魔導馬車には、御者がいない。魔導具が馬を御する仕様だ。大きな馬車で、三人座れる席が向かい合わせに二つある他、後ろには荷物を積める台がついている。馬車の窓から、ルファは雪が降る村を見た。今日は細雪が舞っている。  十七歳になるまでの間、過ごした村だ。もしかしたら、すぐに戻ってくる事になるかもしれないとルファは相変わらず考えていたが、旅立ちが寂しく感じる。  その時、ゆっくりと馬車が走り始めた。ルファが右側、左の扉側にヴェルディスが座っている。メルクは、ルファとヴェルディスの中間に当たる場所の正面に座っている。メルクは進行方向とは逆の位置だ。三人でゆったりと広い馬車を用いている形だ。  メルクが魔術のかかった茶器から、紅茶を三つ用意し、中央にあるテーブルに置いた。己の分には、ブランデーを垂らしてる。ルファの分には、角砂糖が添えられていた。礼を言って受け取ったルファは、窓の外を見る。村の子供達が、寒空の下で遊んでいた。  ――本当に、旅に出るんだなぁ。  子供達の姿が遠ざかるにつれて、ルファはそんな事を考えながら、紅茶を口にした。甘い。透き通ったカップの水面を一瞥し、飲み込んでルファは体を温める。ヴェルディスは何も入れずに紅茶を口にしている。  村の出口を通り過ぎると、急な坂道に出た。ここからは峠まで、ずっと斜面が続く。幼少時の旅の記憶を思い出しながら、ルファはずっと窓の外を見ていた。峠を降りると王都となるが、そこから王宮までの間にも時間がかかる。道中には、いくつかの集落も存在する。  馬車が次に停まったのは、夕暮れの事だった。既に雪は止んでいて、空には星が瞬いていた。 「今日はここに泊まりましょう」  峠の途中のひらけた場所で、ヴェルディスが述べた。メルクも頷いている。山小屋があって、その前に馬車を停めたのだ。滅多に使われる事は無いが、旅人達が皆休息する場所である。 「さーて。食事を用意しますか」  メルクがそう言って、荷台から食材と鍋、薪を手に取った。そうして山小屋に入っていく。ヴェルディスは毛布を下ろしている。ルファは何をしたら良いのか分からず、ただ立っていた。何か手伝おうと思うのだが、咄嗟には動けない。  その為、視線を彷徨わせてから――……何とはなしに、空を見上げた。すると、紺色の空に光る銀色の星が、一つ流れていった。 『流れ星を見たら、お願い事をすると、召喚獣が叶えてくれるのよ』  嘗て、母に聞いた御伽噺を、ルファは思い出す。ルファは静かに双眸を伏せた。思い浮かぶのはヴェルディスの事だ。  ――ずっと、ヴェルディスと一緒にいられますように。  咄嗟にそう祈ったルファは、直後そっと肩に触れられて、目を開けた。 「ルファ様?」  視線を向けると、そこにはヴェルディスが立っていた。そばにいられるのが嬉しくて、ルファは満面の笑みを浮かべる。するとヴェルディスもまた微笑してから、夜空を見上げた。 「星を見ていたのか?」 「流れ星を見つけたんだよ」 「そうか。何か願ったんですか?」 「秘密」  冗談めかしてルファが言うと、流れ星の御伽噺を知っているヴェルディスもまた穏やかに笑った。願い事は基本的に、胸の中に留めておくべきだとされているからだ。 「ここは冷える。中の用意が整いましたので、どうぞこちらへ」  ヴェルディスがルファの腰に手を添える。頷いてルファは足を動かした。  山小屋の中に入ると、火鉢の中で、薪が燃えていた。その火鉢も魔導具だ。明々とした火の上には、鍋が置かれている。メルクが豆のスープを作っているらしい。他には切られたハムや、チーズもある。旅の道中であっても、ルファが一人だった頃よりは、ずっと豪勢な食事だった。温かいお茶を飲みながら、ルファが頬を持ち上げる。 「美味しい」 「そう言ってもらえると作り甲斐がありますね」  メルクが大きく頷いた。  食後は、三人でそれぞれ毛布にくるまった。  ルファはすぐに微睡んだ。そして本日も、瞼の裏側に浮かぶ金色の模様を視て、その後、三重魔法陣に飲み込まれた。気づけば、正面には召喚獣のベリアルの姿があった。 「ルファ」 「何?」 「確かに、祈りは届いたぞ」 「え?」  御伽噺だと思っていたルファは、その言葉に驚いて、目を見開く。 「愛する者と共にいたいのであろう?」 「う、うん。だけど、御伽噺じゃなかったの?」 「流れ星の願いは、確かに召喚獣の世界に届くのだ」  ベリアルはそう言うと、どこか楽しそうに笑ったようだった。それを見て瞬きをした次の瞬間、ルファは目が覚めた。既に山小屋には、朝の光が差し込んでいた。伝承が真実だったらしいと理解すると、胸がドクンと音を立てた。本当に、ずっとヴェルディスのそばにいられたらどんなに良いか――そう考えながら、視線を彷徨わせると、既にヴェルディスもメルクも起きていて、朝食の準備をしていた。  食後、馬車に乗り込み、二日目の旅路が始まった。その日の内に山頂まで登りきり、少し下った場所でもう一泊した。三日目からは本格的な下りの坂道が始まった。斜面がなだらかになった分、こちらの道中の方が長い。それから五日ほどかけて、馬車は山を下りきり、街道に出た。するとメルクが懐かしそうな顔をした。 「もうすぐ、ベルスという集落です。王都の一番はずれの街で、私の出身地なんですよ」 「そうなんだ」  ルファが目を丸くすると、心なしか嬉しそうな顔をしたメルクが、大きく頷いた。彼は紅茶を三人分淹れながら続ける。 「王都から見れば辺境だけど、アーガスタ村ほどでは無いかな。なんて、ルファ様に失礼かな?」 「ううん。アーガスタ村は、本当に田舎だし……」  ルファが苦笑すると、ヴェルディスがゆっくりと瞬きをした。 「王都からは近いが、滅多に部外者が来ないという意味で、不審者が目立つ事を考えても、ルファ様を秘匿して育てる上では、最良の土地だったのかもしれない。ルファ様のお母様は思慮深い方だったのかもしれませんよ」  それを聞いて、母が褒められたように思い、ルファは嬉しくなった。  こうして一行は、ベルスの街に立ち寄る事となった。本日はここで一泊だ。数が少なくなっている食料も、ここで調達する事になった。 「私は実家に顔を出してから、食料を調達しておきます。お二人は、どうぞ宿へ」  メルクの申し出に、ヴェルディスが頷いた。そしてメルクの姿が遠ざかってから、ヴェルディスはそっとルファの手を握った。 「王族であると露見すれば騒ぎとなります。貴族の御子息がお忍びでお出かけになっているというような素振りでお願いします」 「貴族……? 僕には、そんなの出来無いよ……」 「――俺に任せて、隣にいてくれたら大丈夫だ。何があっても必ず守る」  ヴェルディスはそう言うと、ルファの手を引いて歩き始めた。  宿屋は、街の大通りから一つ逸れた路地に存在した。これまでルファが見た事も無いほど大きく豪華だったが、ヴェルディスは手馴れた様子で滞在の手続きをする。その間、ルファはずっと緊張しながら、隣に立っていた。  その後、あてがわれた宿の部屋へと向かう。ヴェルディスが扉を閉めて内鍵をかけた時、ルファは巨大なベッドを見て、目を丸くしていた。宿のひと部屋だけで、ルファの家の半分ほどの広さがある。天井からは魔術の灯りが煌くシャンデリアが下がっていた。 「王都の田舎なのに……こんなに豪華なの?」 「一般的な宿です。王宮はもっと広いですよ」 「……僕、大丈夫かな……」 「何もご不安に思う必要はありません。まずはお風呂へ」  ヴェルディスに促されて、ルファは頷き、入浴する事にした。液体状の石鹸を泡立てながら、体を流していく。それから浴槽に浸かった。体の髄まで温まる気がした。入浴後外へと出ると、バスローブとガウンが用意されていた。ヴェルディスが出しておいたらしい。ルファが着替えて室内に戻ると、ヴェルディスがよく冷えた、檸檬入りの水を差し出した。その後、部屋に備え付けの浴室に、入れ違いにヴェルディスが向かう。ルファは布で髪を拭きながら、ソファに座っていた。水が美味しい。夕食は部屋まで運ばれてくるそうだった。  ヴェルディスが入浴を終えて少ししてから、宿の者が扉を叩き、ベルスの街の名物であるラム肉の煮込み料理を運んできた。あんまりにも美味しく思えて、ルファは終始目を丸くしていた。量も多い。本来であれば標準的な量なのだが、食料が不足していた事も手伝い食が細くなっていたルファには、大量に映ったのである。 「もう食べられない……お腹がいっぱいだよ」 「ルファ様は食が細すぎる。これからは、もっと沢山食べて、体力を養って下さい」 「う、うん……」 「ただ、無理をする必要はありません」  ヴェルディスはそう言うと優しく笑った。  その夜――寝台は二つあったが、ルファが座るベッドにヴェルディスが歩み寄った。そして正面からルファを抱きしめた。その腕の温もりが嬉しくて、ルファは頬を持ち上げる。ヴェルディスの背中に腕を回したルファは、額をヴェルディスの胸板に押し付けた。 「ルファ様」  ヴェルディスがそれから静かに指先で、ルファの唇をなぞった。瞳を潤ませて、ルファがヴェルディスを見上げる。それから静かに瞼を伏せた。ヴェルディスがその唇を奪う。始めは啄むようにキスをして、そうして徐々に深く唇を貪った。  ルファのガウンを脱がせ、バスローブの紐をほどいたヴェルディスは、優しくルファを寝台に押し倒す。軽くシーツに頭をぶつけたルファの、柔らかな髪が揺れる。ヴェルディスに首筋へと口づけられた時、ルファの体が跳ねた。ピクンと動いたルファの体にのしかかり、ヴェルディスが唇の端を持ち上げる。その眼差しは、とても優しい。  右手の親指でルファの乳頭を押しつぶすようにすると、舌を出して左胸の突起を舐める。そうされるとゾクゾクとして、ルファは小さく震えた。丹念にヴェルディスが舌先を動かす度に、ルファの体がじわりじわりと熱くなっていく。 「ぁ……ァ……」  今夜はベリアルのせいで体が熱を孕んだわけではない。ルファはヴェルディスが欲しかったし、それはヴェルディスもまた同じだ。  ヴェルディスの大きな手が、ルファの太ももを撫でる。それから淡い色彩のルファの陰茎を握りこんだ。ゆっくりとヴェルディスの手が上下した時、ルファが背をしならせる。すぐに反応を見せたルファの陰茎へと、ヴェルディスが唇を近づける。そして筋に沿って舐め上げた。 「ああ! ぁ……ッ、っ……んン」 「ルファ様は可愛いな」 「ひ、ぅ……ぁァ……」  ヴェルディスが長い指先を口に含んでから、ルファの中へと進める。押し広げられる感覚に、ルファが涙ぐんだ。真っ直ぐに挿ってきたヴェルディスの指が、ルファの中を暴いていく。指先をバラバラに動かされ、かき混ぜるようにされた時、ゾクゾクとしてルファは嬌声を上げた。 「あ、あ……ア、ん……ンぅ、ぁ……ああ」  指の抜き差しが始まり、感じる場所を規則的に刺激され、ルファがギュッと目を閉じる。ヴェルディスは念入りにルファの内部をほぐしてから、己の陰茎を挿入した。指とは全く異なる熱に、ルファの喉が震える。 「ああ、ア! ああ……あ、ぁァ……っ、あ、ア」  太ももを折り曲げたルファの、細い腰を掴み、グッとヴェルディスが肉茎を進める。根元まで入りきった所で、ヴェルディスが荒く吐息した。固く長いヴェルディスの質量に、ルファもまた熱い吐息をつく。その時、ヴェルディスが激しく打ち付け始めた。 「あ、あ、あ」 「ルファ様の中は気持ちが良いな」 「んン――!!」 「ずっと繋がっていたくなる」 「あ、ああ! あああ!」  激しい抽挿に、ルファが涙を零した。あんまりにも気持ちが良かったからだ。体がドロドロに熔けてしまいそうで、ルファは快楽が怖くなる。ヴェルディスが強くルファの感じる場所を突いた時、ルファは足の指先を丸めた。強い快感がせり上がってくる。 「イく、イっちゃう、ひゃ、ぁ、あああ!」  ルファの陰茎から白液が飛び散った。必死で呼吸を繰り返しながら、ルファが寝台に沈む。ヴェルディスは陰茎を引き抜くと、ルファの腹部に射精した。たらりとヴェルディスが放ったものが、ルファの体を伝い、垂れていった。

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