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ハウスメイド八重子の手記2

 私の名は八重崎木凪。  肉体関係のある同居人とレスで火照る若い身体をもて余している…というほどでもない、未婚の成人男性である。  人はなぜ、ボーイズラブを尊ぶのであろうか。  その答えを探し、今日もまた、我が人生を賭けた研究テーマ『文化人類学におけるBLの勃興と腐男子の生態』の探究のため、メイドに擬態して家屋へ不法侵入…もといフィールドワークに勤しんできた。  ここにその様子を書き記すこととしよう。  某月某日 都内某所  本日のターゲットは、新築の一軒家に住む新婚さんである。  新婚さんの休日といえば、晩から晩までイチャつくのが常識オブ常識だと、どこかの誰かが教えてくれた……。  前回はゴリラの野生の勘に擬態を見破られてしまったが、今回のターゲットの能力値は人間の範疇を逸脱してはいないし、そのうちの一人は早起きなどという言葉とは無縁の人間だ。  チョロい仕事になりそうだ…と、私は甘く考えていた。  ……潜入する直前までは。  早朝、タクシーで目的地まで乗り付けると、私はスカートのポケットから取り出した鍵で、未知なるカダス(?)へと侵入を果たした。  初めて来る場所だが、この家の図面は確認済みだ。  足音を忍ばせ、難なく寝室へとたどり着……、 「そうなんです、それでシロが、私の膝で……、」  ・・・・・・・・。  盗聴ポイントまであと一メートルというところで、ジャストすぎるタイミングで寝室のドアが開き、今はまだ寝ているかベッドの中でイチャついているはずのターゲットが、二人連れだって現れた。  まさか、午前中は起きていても半分夢の中のましろがこんな時間に起きているとは、誰が予測できたであろうか。  しかも二人ともしっかりとパジャマを着ているなど、新婚として言語道断な出で立ちである。  釈然としない思いで動きを止めた私へ、四つの驚愕の視線が突き刺さった。 「こ、木凪!?突然どうしたのですか?しかもそんな格好で……」  自分が暗殺者であったら、この鈍さは致命的だと推測される反応速度で、慌てたましろが当然の問いかけをしてくる。  起床時間を読み違えるという失態に舌打ちをしたい気持ちであったが、優秀なハウスメイドというものは、いつもお寝坊でご奉仕をしないと起きてくれないご主人様が、ある日突然早起きになり、メイドの生搾りジュースよりも乾布摩擦用の布を所望しても、狼狽えず瞬時に対応するものである。  ハウスメイドは狼狽えない。  私は質問には答えず、逆に聞き返した。 「木凪とは?」 「…え…?」 「見えないものを見ようとしてしまう……それは全て誤解……」 「ど、どういうことですか?」 「この地球上のものはすべて……単なる……隙間だらけの原子の集合体……。感情なんて思ってるものは……ただの電気信号のようなもの……」 「…は、はぁ…」 「それを突き詰めれば……、誰もが八重崎木凪であり、誰もが羽柴ましろである……」 「そ、そういうふうにも考えられます、か……?」 「全てが原子なのに……目の前にいる人間が、本当にその個体であるとどうして認識できる……?」 「あ、あの、では、あなたは木凪ではないのですか?」 「……私は夢と草を振りまくメイド少女……八重子……」 「…………………………」 「…………………………」  どうやら……煙に巻くことに成功したようだ。  会話で相手を黙らせるコツは、何を言っても無駄だと思わせることである。(経験則)  しかし、敵(?)はましろだけではなかった。 「俺としては、どうやって家の中に入ったのかが気になるんだが」  ため息まじりの天王寺千駿である。  こちらはましろよりは手強そうなので、なんちゃって科学よりも超自然で対応するのがいいだろう。 「全ての鍵は、開かれるためにある……受のやおい穴と同じ……」 「…………………………」 「…………………………」  BLとは、つまり超自然である。  会心の例えであるとの自負があったが、目の前の新婚さんからは、やおいなんて言葉、今の若い人は知らないだろ!という予定調和的なツッコミは得られなかった。 「チッ……最近の若いものは……」 「??す、すみません…?でもあの、私達より木凪の方が年下なのですけど…」 「早起き…できないくせに…年上気取りとは…片腹痛い……」 「さ、最近は少し早く起きられるようになりましたよ。今日だって、町内会の早朝ゴミ拾いに参加するために、ちゃんと起きられました」 「ゴミ拾いは誰にでもできる……。二人は、新婚及び恋人同士としての慣例をもっと大事にした方がいい……」 「慣例…?」 「ミイラとりがミイラになるところを……期待してきた……のに……」 「ミ、ミイラ????」 「なかなか起きない恋人を起こそうと思って寝室に来たものの、寝顔が可愛くてそのまま一緒に寝てしまった……とか……、可愛すぎて寝込みを襲う……とか……そういう……」 「…………………………」 「…………………………」  別に今のは、黙らせようと思っての発言ではなかったのだが。 「よ、よくわかりませんが、これから朝食にするので、木凪も一緒にいかがですか?」 「二人が全部『あ~ん』で食べさせ合うならいてもいい…」 「そ、そんな……。私は食事の介助をしてもらわなければならないほど子供ではないです」 「…………………………」 「…………………………」  私は、天を仰ぐように天王寺千駿を見上げた。 「……これが相手で……本当に後悔しない……?」  相手がこのザマで恋愛として成立するのかという問いかけであったが、どうやら愚問であったようだ。  天王寺千駿は、笑って答えた。 「これがいいんだろう」  天然記念物の飼育係を自ら買って出る漢気。  私は感銘に近い感情を抱いたように思い、懐から小型カメラを取り出しながら、力強くサムズアップを返した。 「今の笑顔、いただきました……。やえこちゃんねるで全国の腐人向けに配信する…。読者のみんな…チャンネル登録…お願いします…」 「何故俺は新居に不法侵入された挙句に寝起き姿をネットにさらされそうになっているんだ……」 「モザイクとボイスチェンジャー使うから…恐らく特定はされない…」 「えっ……、それではちー様の素敵なお顔が隠れてしまうのでは」 「…………………………」 「…………………………」  ましろは、会話の流れをまったく理解していない。 「……これが相手で……本当に」 「ましろはこれでいいんだ」  自分に言い聞かせるような、天王寺千駿氏の力強いお言葉だった。  当初の目的は果たせなかったものの、得られたネタはゼロではない……ような気がする。 「好きになれば……アバターもえくぼ……」 「アバター?」 「あまり好みでないアバターも……えくぼをつけたりカスタムすれば……好きになるということ……」 「そんな言葉があるのですね。木凪は物知りです」 「……………」  つっこむという優しさを持たない残酷なカップルに耐えかねた私は、早々にその場を辞した。  フィールドワークとは……時に過酷なものである。  つづく(かもしれない)

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