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第21話 ケイとのケンカ
秋になった。
夏の模試が終わって、最初こそがんばっていたが、やはり小学生が勉強を継続するのは難しい。
徐々に、ケイは俺が用意した課題をやり切れなくなってきた。
「やる気が無いなら、やらなくていいんだよ。別に、学校の成績は悪くないんだから、公立なら困らないし。」
ケイは塾に行ってないからわからないが、本気で受かりたかったらこれくらいやらなきゃいけない。
同い年でもやってる子はやってるんだ。
やれないなら、早く受験を諦めてほしい。
父さんとミサコさんは怒ったりしないよ。
「何事も経験派」な二人だから「今まで頑張ったことは無駄じゃないよ。」とか言うに決まってる。
ケイはもじもじしながら、
「受験はやめたくないし、お兄ちゃんの中学に受かりたい…。」
と、また殊勝なことを言う。
最近、何度もこんなやりとりをしている。
「だから、お前はわかってないんだよ。受験がどんなに大変か。本当はもっと遊びたいんだろ?それが普通だよ。それでいいんだよ。もし合格しても、そこで終わりじゃないんだよ。そっからもずっと勉強しなくちゃいけないんだから、勉強が嫌なら今辞めたほうがいいって。」
受験は悪いことじゃない。
受験をがんばるのは確かに自分のためになる。
がんばる仲間がいたから乗り越えられた。
自分でもできるようになるんだ、という自信がついた。
憧れの中学校生活も楽しい。
でも、それは自分が真剣にやらないと、わかんないんだ。
「俺だって、本当はもっと友達と遊びたいよ。ケイのために遊びの誘いを断ってるんだ。ケイの受験なんだよ?俺がどんなに準備したって、ケイがやらなきゃ意味ないじゃん。やるなら俺もがんばるけど、そうじゃないなら、もう辞めようよ。」
思わず、ため息混じりに言ってしまった。
ケイはうつむいて黙る。
黙ってやりすごす。
俺が部屋を出ていく。
なんとなくまた日常に戻る。
そんな繰り返しだった。
「俺はもう…疲れたよ…。」
俺がそう言うと、ケイは泣き出した。
ボロボロと泣いた。
でも、俺は何も感じない。
これも、いつものパターンだ。
なんで泣いているのかわからない。
がんばりもせず、辞める決断もしない。
俺に決めて欲しいんだろうか?
それくらいは自分で考えてほしい。
父やミサコさんに俺から頼めばいいかな、受験に向いてないから辞めさせよう、って。
きっと、俺の言葉を鵜呑みにして辞めるか、ケイが意地を張って続けると言えば、二人は改めて俺に頼んでくるだろう。
「受からなくてもいいから、面倒見てあげて。」と。
俺は部屋を出た。
いつもならリビングに行くが、今日は家にも居たくなくて、公園に行った。
ベンチに座っていると、偶然通りかかった塾友達のリクが声をかけてきた。
「何してんの?こんなところで。」
「……弟とケンカして、家を出てきたんだ。」
「兄貴が追い出されるってすごいな。」
リクは笑った。
「夏期講習も受けなかったし、忙しいの?」
「弟が中学受験するんだ。夏休みだと昼間に面倒みる人がいないから、子守兼、家庭内塾をやってたんだよ。」
「小6?」
「小5。」
「まだ小5なのに?まあ、でもそうか。俺も小5の夏期講習から塾行き始めたもんな。正直、塾なしで中学受験は無理だって。缶詰状態になるからやれるじゃん。みんなやってるから自分も…みたいな。」
「あんまり親が合格にこだわらないからさ、とりあえず目指して、やれるだけやろう、みたいな感じなんだよ。」
「お前は志望校全合格の天才だからいいけどさ、俺みたいに滑り止めでなんとかした人間から言わせると、落ちるって、やっぱ辛いよ。それもさ、行きたい学校に落ちるならまだいいんだ。そこまでじゃなかった学校に落ちるのが逆にショックだったよ。」
「……そういうもんなのか。」
「俺はもしかしたら、公立でも良かったかもしれない。やっぱり頭のデキが違う奴ら見てるとね。場違いだったな、って思う時もあるよ。だからってそんなの、入学前の小学生のときにわかることじゃないけどさ。」
そうだ。
そもそも、受験は遊びじゃないんだ。
進路選択なんだ。
父とミサコさんにちゃんと話そう。
ケイに受験はかわいそうすぎる。
「良かったら、今からうち来ない?夕飯まだならどっか食べに行こうよ。」
夜に友達と出歩くのは久しぶりだった。
ファミレスで軽く食べて、リクの家に行った。
家にはパンもあるし、ケイだってもう小5だ。
今日くらい何とかなるだろう。
一応、父とミサコさんには、リクの家に行くことは連絡した。
心配ならどちらかが早く帰ってくるだろう。
急に体が軽くなった気がした。
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