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第55話 マナーレッスン ③

「アレク様、本当によろしいのですか?」 「ああ。クロエから今日のマナーレッスン、とても頑張っていたと聞いたからな。ご褒美だ」  ベッドに座ったアレク様は、自分の膝の上をポンポンと二回叩いた。  本当にいいのかな?  少し心配になりながらも、アレク様を膝の上に頭を置く。  アレク様からのご褒美。  それはいつもは僕がアレク様をが膝枕をしているけど、今日はアレク様に僕が膝枕をしてもらうことだった。  頭は意外と重いと以前聞いていたから、アレク様の足に負担がかからないように頭を少し上げているけど、これがなかなか大変。  日中、全身の筋肉を使っていて、さらに頭を浮かそうと首の筋肉を使うと、首周りがプルプルする。 「遠慮せず、力を抜くといい」  アレク様ははそう言ってくださるけど、その言葉に甘えていいものかと、さらに首に力が入る。 「それでは余計に辛くないのか?」 「いえ、大丈夫です」 「しかし、首がプルプルしているぞ」  そんな姿も可愛いが、と付け加えアレク様は僕のの頬を人差し指で突く。 「アレク様、押さないでください。力が抜けてしまいます」  より首に力を入れたので、顔に血が集まってしまい真っ赤になるのがわかった。 「ユベールは意外と強情だな。それでは……」  アレク様が僕の脇のしたをくすぐる。 「アレク様! もう! あははは」  最後まで首に力を入れていたのに、とうとう笑ってしまって体の力が抜けると、完全にアレク様に膝枕をしてもらう体勢となってしまった。 「どうだ? 全身の力を抜いて膝枕されるのは、案外気持ちいいものだろ?」  そう言われながらアレク様に頭を撫でられると、気持ちよくて蕩けてしまいそうだ。 「でも重くないのですか?」  撫で続けられ、目がとろんとしてくる。 「いや全く。そういうユベールは俺に膝枕をしている時、俺の頭を重いと思っていたのか?」 「そんなこと思ったことありません。むしろ殿下の頭は、気持ちいい重みです」  しっかりとそこにアレク様がいると実感できる。そんな重みが大好き。 「気持ちいい重みか……。なるほど、それはいい例えだ。ユベールの頭の重さも、気持ちいい重さだぞ」  アレク様は僕の髪をひとつまみ掴むと、口付けをする。 「それで、レッスンはどうだった?」 「とてもためになる、充実したレッスンでした」  本当は嫌なことだらけだった。  だけと、それを嫌なことで終わらせたくなかった。  絶対、絶対、モノにしてみせる。  心に決めていた。 「本当にそれだけか?」  いつもの僕と違うと思われたのか、アレク様は僕の顔を覗き見る。  アレク様には嘘はつかない。  でも本当のことを言ってしまえば、違う先生に変えられてしまうかもしれない。 「あのアレク様。お願いがあります」 「なんだ」 「勉強やレッスンの件なのですが、アレク様は何も言わず、ただ僕を見守ってやっていただけないでしょうか?」 「何か気になることがあったのか?」 「気になるというか……、やりきってみたいんです。ハンナ先生が合格をくださるまでやりきって、アレク様の隣にいても恥ずかしくない側室になりたいんです」  自分がどこまでできるかわからない。  ハンナ先生の合格ラインに到底届かないかもしれない。  それでも諦めたくなかった。  天国にいる父様と母様に「頑張ったよ」と報告したい。  アレク様に「頑張ったな」と言ってもらいたい。  誰も知り合いのいない後宮に入って、アレク様に与えられるだけでなく、自分で何かやり遂げたい。  そう思った。 「どこまでできるかわかりませんが、一生懸命頑張りたいんです」  見上げると、アレク様は大きく頷いた。 「納得するまでするといい。ユベールの頑張りを応援する」  アレク様は僕の前髪をあげ、額に口付けをする。 「無理はしても無茶はするな。いいな」 「はい」  僕は頷いた。  やっぱりアレク様は優しい。  どう考えてもアレク様は残酷で残忍なことが、できる方ではない。  そう思う反面、アレク様のことを残忍だと思いたくないから、いいところばかりに目が向くのか。それとも本当にアレク様は優しくて思慮深い人なのか……。  答えを出すには、まだアレク様と過ごした時間は短い。  焦らなくてもいい。  ゆっくり本当のアレク様と向き合おう。  目を閉じると、 「今日はもう休むといい」  アレク様は僕が眠りに落ちるまで、膝枕をし頭を撫で続けてくれていた。

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