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第77話 裏切り者
僕から会いたいと言えば、アレクは絶対に会ってくれない。
だからジェイダにアレクには知られずに、会える時間を作ってほしいとお願いすると、その日の夜遅くなら大丈夫だと答えてくれた。
さよならをいうのは悲しいけど、この虚無感から解放されるならなんだっていい。もうどこまでも続く暗闇から解放されたかった。
「今、アレク様は書斎で仕事をされています」
ジェイダに案内されたのはアレクの書斎。
今までは、アレクが仕事をしている間、僕は書斎のソファーに座り、側室になるための色々な本を読んでいた。
ほんの数ヶ月前の出来事なのに、もう遥か昔のように感じる。
大きく深呼吸し、部屋のドアをノックする。
「ジェイダか?入れ」
ジェイダだったら、名を名乗らなくても入れてもらえるんだ……。
何も感じないはずの胸がズキンと痛む。
「何かあるのか?あるならさっさと言ってくれ」
アレクは書類から目を離さない。
最後にアレクに会う時がこんなだなんて。顔すらあげてくれないんだ。
また胸が痛む。
「僕……ここから出ていくよ。さよならアレク」
また酷いことをいわれる前に、アレクの前から逃げ出したかった。
僕は言い終わらないうちにくるりと後ろを向き走り出そうとした。その時、
「待て!」
強い口調でアレクに呼び止められる。その言葉で僕の足はピタリと止まり動かない。
「どういうつもりだ」
アレクの声に怒りが混ざる。
今まで聞いたことのない声色に、背中に嫌な汗が流れる。
「そのままの意味です」
僕は気丈に振舞った。アレクとの最後の会話。僕はアレクを恐れず対等でいたかった。
「その理由を聞いている」
アレクは僕に近ずいてくる。
怖い、どうしよう。
今すぐにも逃げ出したい。
でもきちんと言わないと。
未練が残らないように。
「アレクが僕を必要としていないなら、僕はここにいる必要はない。だって僕は偽りの側室なんだから」
初めからわかっていたはずじゃないか。僕はアレクの情で側室としておいてもらっている身分。
「出ていくだと?今更何を言っている!?そんなこと許さない!出ていくなんて絶対に許さない!」
きつく腕を掴まれる。青いアザができるかと思うぐらいきつく掴まれる。
ー痛いー
そう言いそうになったけど、
「離して」
僕はアレクを睨み返した。
「口答えするつもりか」
睨みつけられ冷たい声で言われ、全身が震える。
「自分の気持ちを言って、何が悪いの?」
「誰のためを思ってしているのか、分からないのか?」
そんなの……そんなの……。
「ちゃんと言ってくれなきゃ、わからないよ!」
ちゃんと言って欲しかった。
何故僕を避けているのか?
何故僕を嫌いになったのか?
何故僕を憎むようになったのか……。
調査に行く前までの幸せな時間はなんだったの? あれは夢だったの?
「僕はアレクが大好きだった。でもアレクはそうじゃない。僕が目障りになったんだろ? 忌々しくなったんだろ? なんの取り柄もない役立たずな僕なんて、いても邪魔なだけなんだ。もう憎いならそう言えばいいじゃないか!」
僕は叫んだ。ずっとずっと心の底にあったもの吐き出した。
僕はアレクが大好きだった。
今でも大好きだ。
大好きな人が近くにいるのに、忌み嫌われ続けるのなら、今ここで消えてしまいたい。
「アレクなんて……大嫌いだ!」
「!」
アレクは目を見開き、怒りで顔を歪めたがその瞳の奥は傷つき悲しみが浮かび、そして今にも泣きそうな表情に変わる。
「俺は……俺は……」
アレクは何が言いたそうにしているが、言葉に詰まっている。
「殿下、いつもの葡萄酒をお持ちしました」
いつの間にか俯きながら侍女がアレクの部屋に入ってきて、葡萄酒を差し出す。
なんだか嫌な予感がする。
「アレク、飲んだらだめ!」
僕が阻止するより先に、アレクはその葡萄酒を奪い取り一気に飲みほした。次の瞬間、アレクの体は大きくふらつきガクリと膝から崩れ落ちた。
「アレク!?」
駆け寄りアレクの体を支える。
でも僕の力じゃ支えるのが精一杯。
「こんなに速く効き出すとは。さすが強力な痺れ薬ね」
先ほど顔を隠しながらアレクに葡萄酒を差し出したのは、侍女の服をを着たジェイダだった。
「ジェイダ、どうして!?」
「さあ、どうしてでしょうね」
ジェイダは僕とアレクを見下ろす。
ジェイダの隣には黒いマスクで顔を隠した、全身黒ずくめの男が立っていて、その男のは手に鋭い短剣を持っている。
「本当は苦しんで死んで欲しいけど、誰か来たら困るからね。あっという間に死ねることを、ありがたく思いなさい。さぁ、こんな大量虐殺魔の男なんて、さっさとやっちゃってね」
ジェイダは軽蔑した目でアレクを見下ろす。
「言われなくてもそうする」
黒ずくめの男は持っていた短剣を振り被ると、アレクの腹部めがけて振り下ろした。
「ぐっ……!」
腹部に短剣が刺さったままのアレクが呻く。刺さった場所を見ると、みるみるうちに服が赤く染まる。
「アレク!」
僕が呼んでも答えない。
どうしよう!このままではアレクが死んでしまう!
「誰か!誰か来て!」
傷口を塞ぎたいけど、刺された場所にはまだ短剣が刺さっている。
「どけ!」
黒ずくめの男に押し飛ばされると、男はアレクの体から剣を抜く。
剣にはべっとりアレクの血がついていて、倒れ込んだアレクの下には血溜まりができる。
「アレク!」
傷口を塞ごうと駆け寄った時、脇腹に激痛が走った。
え?
激痛がする場所を見ると、僕の脇腹にも短剣が刺さっている。
「アレクを刺した犯人は、嫉妬に狂ったあなたなのよ」
ジェイダが微笑みながら僕を見下ろす。
「さよならユベール様。あちらの世界で殿下とお幸せに」
そう言われた時、脇腹に刺さっていた短剣が勢いよく抜かれた。
どうして!?どうしてそんなことを……。
問い返す間もなく、僕は暗闇へと落ちて行った。
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