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第79話 罪人 ②

「待て!!」  遠くから叫び声が聞こえる。  その場にいた全員が声のした方を見ると、包帯で腹部をぐるぐる巻きにされ、刺された場所を押さえながらアレクが処刑台に走ってきているところだった。 「アレク!」  アレクは生きている。  目覚め、ちゃんと生きている。  涙が溢れる。 「ユベール!」  アレクは処刑台に駆け寄り、僕を抱きしめる。アレクの体温も速く脈打つ鼓動も感じる。  これは夢じゃない。  アレクは本当に生きている。  刺された腹部に巻かれた包帯を見ると、血が滲み出ていて、額には脂汗が滲み出ている。  走ったせいで傷口が開いたんだ! 「アレク、血が出てる!早く処置しないと、もっと傷口が開いてしまう」  これ以上アレクの体に負担はかけられない。 「これぐらい大丈夫だ。それより俺は、今からしないといけないことがある。ユベール、それを俺のそばで見届けてくれるか?」  本当はアレクの体が心配だったけど、傷口の手当をするよりも、しなくてはいけないこと。アレクが何を思っているのかわからないけど、僕もそばで見届けたい。  大きく頷くと、アレクは僕の額に口付けをした。 「アレキサンドロス殿下。お目覚めになられ、本当に良かった……。しかしその者は殿下を殺そうとした罪人。今から罪を償わせないといけません。ですのでその罪人から離れてください」  裁判長はキッとアレクを睨む。 「それは真実とは違うな」  アレクは決して僕を離すまいと、抱きしめる力を強くする。 「俺に痺れ薬を盛り、刺客を招き入れたのはユベールではなくジェイダだ!」  アレクは大声で言いきった。 「ですがマティアス様がこの罪人が殿下を刺しているのを目撃されています」 「それは嘘だ。刺された俺が違うと言っているのだから違う」  アレクは裁判長を睨みつける。 「それは此奴を助けたいからではないですか?」  裁判長もアレクの睨みに屈しない。 「ではその刺客に聞いてみよう」 「もしそんな者がいるのなら聞きたいものです」 「それはよかった。ヒューゴ、ここに連れてこい」  一人の男が処刑台に連れて来られる。 「先ほどの話をしてみよ。さすれば命だけは助けてやる」  連れて来られた男はアレクを見、そして震えながらマティアス様を見た。 「……」 「何も言わずにここで俺に殺されたいのか?さあ言ってみろ」  今のアレクはすぐにでも、本当に目の前の男を殺す勢いがある。 「マティアス様の命令でアレキサンドロス様を……襲いました」  震える声で男が話すと、そこにいた人達全員がざわつく。 「どうしてそんな|戯言《ざれごと》を。兄上はユベールを助けたいばかりに、この者にそんな嘘をつかされているのだな」 「戯言?ではもう少しこの者の話を聞いてみよう」  アレクはマティアス様を睨み、そして刺客をギロリと睨む。 「私は昔は刺客として人を殺していました。でも結婚し新しい家族もでき、刺客から足を洗い静かに暮らしていました。そんな時妻と子供を人質に取られ、マティアス様の下で刺客として働くことを余儀なくされました。そして最後の仕事だと言われたのが、アレキサンドロス様を殺害することでした。その際、アレキサンドロス様を殺害するため、俺を城内に招き入れたのはジェイダです」  男が話終わると、縄で縛られたやつれたジェイダが引きずられるように連れて来られる。 「ジェイダ、言い訳ならここで聞く」  怯えジェイダに、アレクは冷ややかなで見る。そしてジェイダは震えながら話し出した。 「……。幼い頃、私の育った村は戦いに紛れてやってきた兵士達に家は焼かれ、村人は殺されていきました。私は命からがら逃げ、村を焼き払った犯人を見つけ裁いてやろうと思い、踊り子として国中放浪していました。そんな時マティアス様と出会いアレキサンドロス様が村を襲った首謀者だと聞かされ、復讐したくないか?と話を持ちかけられました。マティアス様の命令通りアレキサンドロス様に近づき、あの夜、侍女になりすまし痺れ薬入りの葡萄酒を飲ませ刺客を部屋に招き入れました。そしてアレキサンドロス様を庇うユベール様を背後から刺しました」  真っ直ぐにアレクを見ながらジェイダは話し、そして憎しみを込めた瞳でマティアス様を睨む。 「そんな作り話、誰が信じる」  顔色ひとつ変えず、マティアス様が言うと、 「証拠ならここにある。ヒューゴ」  アレクがそう言うと、ヒューゴ様がマティアス様の側近を連れてきた。 「この者を以前から監視していて、この二人の話でやっとお前の尻尾を掴むことができた。この者の部屋から出てきた物は何だと思う?」  そう言いながらアレクがヒューゴ様に目配せすると、ターコイズの首飾りと、色とりどりの糸で編まれた独特の模様の敷物が出された。 「「そ、それは!!」」  男とジェイダが同時に叫ぶ。 「そのターコイズの首飾りは、結婚式の日に私が妻に送ったものです!」 「その敷物は私の村でしか作ることが出来ない染料で作り上げられた敷物です!」  男とジェイダは口々に言い、出されたターコイズの首飾りと色とりどりの敷物を受け取り、胸に押し当て咽び泣いた。 「この者は戦利品として、襲った村や人の持ち物を持ち帰っていた」 「なっ!」  先ほどまで顔色ひとつ変えていなかったマティアス様の顔が真っ青になる。 「こいつを問い詰めると、今まで戦いに紛れて街や村を襲っていたり、俺を殺す計画を立てていたのはマティアス、お前だと言っている。これが動かぬ証拠だ」  アレクはマティアス様の側近を地面に叩きつけた。 「マティアス、それは真か?」  黙って経緯を見守っていた皇帝陛下が口を開かれた。 「……」  黙ってしまったマティアス様を見て、 「話は後でゆっくり訊く。そこの兵士、ユベールの縄を解き、マティアスとこやつを牢に連れて行け」  と言われた後、 「ユベールは冤罪により、無罪とする」  と宣言してされると、処刑場は歓喜の声で震える。 「ユベール、ケガはしていないか?痛いところはないか?」  アレクは僕の顔や体に傷がないか確認しようとする。 「大丈夫。どこも痛くないよ」  本当は鎖で繋がれた足も、縄で縛られていた手首も、刺された脇腹も痛かったけどアレクを心配させたくなかった。 「よかった……。間に合って、間に合って本当に良かった….」  アレクは涙を浮かべながら何度もそう言いい、僕を強く抱きしめた。

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