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第11話

ノーデンスが面倒を見ている雄の白馬に少女を乗せ、その後ろに跨った。裾が長いジャケットは邪魔な為、近くにいた衛兵に預ける。 「馬に乗るの久しぶりー! 綺麗なたてがみね」 「毎日ブラッシングしてますからね」 「へえ。そういえばノーデンスも女の人より身だしなみに気をつかってるよね」 「ええ。ロッタ様もいずれ分かりますよ。外見も時として武器になりますから」 馬を走らせ、広い一本道を駆け下りる。国の中でも俊足のこの馬は、あっという間に街を抜けることができる。もう城は遠く、人が来ない草原の中へ入った。 先月九歳の誕生日を迎えた少女、ロッタ。母譲りの美しい金髪を後ろにひとつに纏めている。 国王陛下、つまりローランドの長女であり、第一子だ。弟が二人いて、男の彼らが国王を継ぐ可能性が高い。 だが王女は国の象徴でもある為、教養と能力、品格を求められる。正直彼女が世界で最もしっかりした九歳なのではと思うが、大人の中に混じってしまうと稚さばかりが際立ってしまうのが不憫だ。 雑談をしてるうちに、西の大木が聳える森林に到着した。馬から下り、手綱を引きながら前へ進む。 「ロッタ様、お足元に気をつけて」 「うん。大丈夫!」 暗く湿気っているせいか、場所によって地面がぬかるんでいる。まるで夜のような暗さが不気味極まりないが、ロッタはちっとも臆することなく、楽しそうに散策している。 これだけ肝が据わっているのだ。行く末が楽しみでもある。 彼女が生まれた時、国では盛大な祭りが行われた。誰もが女王の出産に緊張し、無事に女の子が生まれた、と知らせが回った時は叫び声が轟いた。 ローランドの泣きそうな笑顔も未だに覚えている。 抱き方は危うい感じがしたが、早くも父親の顔をしていた。 ……あの頃は素直に祝福できた。 ずっと奥底に仕舞っていた怒りを思い出したのは、一族の墓にあったある武器を見つけてから。 奴らを殺せと繰り返す。寝ても起きてもそんな声が聞こえて、パートナーから心配された。 でも時々不思議だった。その憎しみは、まるで他の誰かのもののように感じることがある。自分ではない誰かの憎しみを受け取って、復讐を引き受けているような────。 「ノーデンス、見て!」 真っ黒に塗り替えられていた思考をかき消したのは、高く明るい声だった。ふと見ると、ロッタが嬉しそうに黄色の花を翳している。 「これ、お茶にもできるの。胃腸に良いからお母様の為に持って帰ろうと思う」 「へえ。さすが、ロッタ様は詳しいですね。でも一応城の薬師に見てもらいましょう。作り方も教えてもらえるだろうし」 「うん!」 ロッタは腰元に付けている皮のポーチに花を入れ、額に流れる汗を拭った。 「これ皆に内緒にするように言われてるんだけどね。お母様、最近いつも具合が悪いの」 「王妃様が?」 それは初耳なので、驚いてしまった。ローランドの様子も特別変わりなかったし、妃が人前に姿を現さないのは今に始まったことではない。まさか体調が悪かったとは。 「医者には看てもらったんですか」 「うん。でも体はどこも悪くないって。心の疲れだろう、って言ってた」 「心……」 王妃は公務や外交をしながら夫のサポートをし、三人の子どもを育てている。時には街へ視察に行くこともあるし、陛下に負けず劣らず多忙な日々を送っている。 心身の疲弊は容易に想像できる。また、それが分からないロッタのこれからを思うと少しやるせない気持ちになった。彼女もいずれ、母と同じような環境に身を置くことになるのだ。 場所が暗いせいで思料することも嫌になってしまう。 ロッタは嬉しそうに、苔むした地面をひょいひょいと歩いていった。 子どもはあれぐらい奔放で良いんだ。大人になれば嫌でも自分を制限しなきゃいけなくなる。それ故に世界の均衡が保たれているわけだが、それはとても悲しいことだ。 結局、ロッタの採取は三時間も続いた。時計を持っていたもののどこかに落としてしまったので、空の色が変わり始めた頃に慌てて森を出た。 駿馬でも城に着く頃は空が暗く、これは本当にまずい……処刑されるビジョンが頭の中にずっと浮かんでいた。 「ごめんノーデンス、私がお父様に謝るから」 「あはは……いいえ、今回は俺の独断ですから。ロッタ様が心配する必要はありませんよ」 とは言え、あのローランドも自分の娘のこととなると豹変しそうだ。 時間も惜しいため着替えをせず、覚悟して王室へ向かった。帰りが遅いことで心配していた文官達は安堵していたが、ちょうど奥から出てきたローランドと目が合い、思わずどきりとした。

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