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堕落の都SODOM:ザラキアの日常その2

 「──やぁ、ザラキア殿。最高位調教師として忙しいところ、呼びつけてしまってすまなかったね…。」  本当はすまないとかひとつも思ってねぇだろ、と心の声を発しながら、ザラキアは満面の笑顔で丁寧にお辞儀をした。  「いやいや…カルヴァイン伯爵には、いつも格別にお引き立て頂いている。調教の用事がありゃあ、すぐに伺うのが筋ってもんでさ…。」  応接室の豪奢なソファで、作り笑顔を浮かべるザラキアを出迎えたのは、名門吸血鬼のカルヴァイン伯爵その人だった。彼もまた、堕落をこよなく愛し、ザラキアの気品ある調教を気に入ってくれている太い客のひとりだ。その足許に(はべ)る、猫のようにぱっちりした金色の瞳を持つ黒い首輪の性奴隷(セクシズ)も、愛らしく従順な愛玩用性奴隷を求められてザラキアが躾けた『芸術的商品』だった。  「単刀直入に用件を言おう、貴殿が拾ったあの迷い人(ワンダラー)の種がどうしても欲しくてね…。たまの嗜好品としての供血奴隷と、小柄で従順な淫乱性奴隷を兼ねた人間が欲しい。まず、人工受精できちんと種が付くかどうかにもよるが。」  「──子種がきちんとあるのは検査済みですがね。何せ、たった今、新規血統書の登録に行ってきたばかりで…。それにアレの体格や体力は種牡奴隷じゃなくて、あくまで愛玩種のそれだ。最初っからスッ飛ばして搾り尽くしたら、あっという間に枯れちまう。」  「…ふん、しかも、貴殿はあの人間を終生奴隷にしたとか。…まあ、妥当な判断だと思うよ。非売品にして、自分で愉しみながら血統を残すのが一番いい。貴殿が淫魔でよかった。私だったら、あの血の誘惑に我慢できずに、とっくに吸い尽くして殺してしまっていたかもしれないからね。」  「おぉっと、伯爵、さすがお耳が早い──。」  長い金髪を掻き上げながら残忍な笑顔を浮かべる吸血伯爵の前で、笑顔で揉み手をしながら勧められるまま向かいのソファに腰を下ろしつつ、ザラキアは思う。  『まあ、三十二年物のヴィンテージ処女の血、アレが忘れられないんだろうな。──それにしたって、今日血統書登録をしたばかりだってのに、もう血統奴隷が欲しいなんて、気の早いこった…。』  幸いなことに、淫魔は生まれつき上っ面を取り繕うことに長けている種族だ。よって、ザラキアの内心が伯爵に漏れることはない。あー面倒くさ、と考えながらも、あくまで真剣な商売相手のふりをすることも、処世術のひとつである。  「丁度、適齢で外見上の相性がよさそうな繁殖奴隷(ブルードメア)を幾人か見繕(みつくろ)ってきたところだ。──で、どんな血統と繁殖(ブリード)するのがいいだろうか。調教師の立場から意見を貰いたい。」  あ、これ、今日のヤツは金になんねぇ仕事だ。咄嗟(とっさ)にそう気づく。  応接机の上に広げられた幾つもの血統書の中から、好みに限りなく近い人間が生まれるような選択をしたいという、単なる交配相談なのだ。  こりゃあ、交配の料金は多めにふんだくってやらないと割に合わねぇ。そう心に決めて、羊皮紙に書かれた幾つもの情報に視線を落とす。腐っても最高位の奴隷調教師として、調教に関することで妥協する姿だけは絶対に見せられないし、プライドが許さない。  「…んー、まあ、遺伝病の可能性や虚弱体質持ちは、いかにきれいな外見をしていても論外だろうねェ。供血奴隷にしたいんだったら、ある程度の体力は必要だ。雑種交配である程度強さは出るだろうが──何せ、たった今登録が終わったばかりの未知数だぜ、ホシノ血統は。カルヴァイン伯爵が初の繁殖(ブリード)になるから、そこのリスクは承知の上でだ…。」  「私が初の取引とは有り難いね。──実は、堕天使や悪魔の爵位持ちも、貴殿に伝書(ふくろう)を飛ばすと言っていたのを聞いていたから、てっきり幾つも商談が進んでいるものかと思っていたよ。」  それってつまり、この手の相談も複数回あるってことじゃん。  足許に(うずくま)っている猫のように従順な愛玩性奴隷の髪を撫でながら、さらりと言ってのけた伯爵の言葉で、そこにもまた気付いた。  あくまでサービスでしかない貴族への対応なんぞ心底面倒なのに、太客相手では受けない訳にもいかないし、階級が物を言うこの街で客商売をしながら、貴種を相手に塩対応できる勇気はない。  『あーもう!めんどくせぇから、さっさと切り上げて屋敷に戻って、終生奴隷(アイツ)と遊ぶことだけ考えてやり過ごすか…。』  表向きは真剣な奴隷調教師としてアドバイスをしながら、ザラキアの頭の中は、とっくに効果的なストレス発散の方法について考えることでいっぱいだった。

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