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第5話 3章 出会い

 蒼は、退院後中学を卒業し、四月になると高校に入学した。と言っても内部進学なので、校舎は違っても同じ敷地内、おまけに制服も同じため実感はなかった。  ゴールデンウイークも終わった土曜日、蒼は雪哉の自宅を訪ねた。雪哉の出産から一月が過ぎていた。 「いらっしゃい、よく来てくれたね、さあ入って」  雪哉がにこやかに迎えてくれる。すると小さな男の子がたたたっと走ってきて蒼に抱きついた。『えっ! なにっ!』 「もうーっ、彰久《あきひさ》! いきなり抱きついて蒼君びっくりしてるじゃないか。ほらっ、挨拶しなさい」 「こんにちは、ぼくあきひさ、おにいちゃんはあお……い?」 「こんにちは彰久君、あおいって言いにくいよね、あおでいいよ」 「あおくん! じゃあぼくもあきくんがいい!」  そう言って彰久は、更に蒼に抱きついて来た。蒼はびっくりしながらも、彰久を可愛いと思った。こんな小さな子と触れ合うのは、初めてで戸惑いもあるが、なんて可愛い子だろうと、抱きしめてやる。 「ふふっ、彰久一目で蒼君のこと好きになったみたいだ。ごめんね、小さい子大丈夫?」 「勿論大丈夫です。歓迎してもらえて嬉しいです」 「赤ちゃんにも会って、|尚久《なおひさ》って言うんだ」  雪哉が、尚久の寝ているベビーベッドに案内する。彰久も蒼の手を握ってついてくる。 「うわーっ可愛いですね! 僕赤ちゃんこんな近くで見るの初めてです」  機嫌よく眠っていた尚久が、むずかりだした。蒼は、自分のせいかと戸惑うが、すかさず雪哉が尚久を抱き上げる。 「あーっ、おっぱいかな、そろそろだもんね。蒼君悪いけどおっぱいだから、リビングでゆっくりしてて。彰久案内してあげて」 「あおくんこっちだよ」  彰久に手を引かれて入った、北畠家のリビングは日当たりの良い、開放感のある部屋。蒼は、素敵なお宅だなあと思う。  蒼は二人掛けのソファーに腰を下ろすと、彰久が絵本を持ってきた。それは、鼠が主人公のお話で、母がよく読んでくれた。懐かしくて、ぺらぺらと頁をめくる。そんな蒼を、彰久がきらきらした目で見つめる。読んで欲しいのかな? 「あき君これ読んであげようか?」  頷いた彰久が、蒼の膝に乗ってくる。なんか懐かれてるなあと思いながら、絵本を読み始めた。母からはよく読み聞かせられたが、人に読み聞かせるのは初めてだ。蒼は、母の読み方を思い出しながら、読んでいく。  彰久は、静かに聞いていたが、大きなフライパンで焼いたケーキの絵の頁になると「うわーっケーキ! おいしそう!」 「そうだね! すごく美味しそうなケーキ、そして大きいよね」 「ぼく、ケーキだいすきだよ! あおくんもすきなの?」 「うん、好きだよ」と話していると雪哉が入って来た。 「蒼君ごめんね、おっぱい上げたら寝ちゃったよ。あーっ、彰久絵本読んでもらってたのか? しかも膝の上で。なんか、早速懐いちゃったな。悪いね蒼君」 「いいえ、懐いてくれて僕も嬉しいです。この絵本、僕も持ってたので懐かしいなあと思いながら読んでました」 「これ、絵本のベストセラーだからね。あっ、そうだ尚久が寝てるうちにお茶しよう。今日はね、ケーキがあるんだ」 「やったー」彰久が、歓声を上げる。  ケーキを食べる時も、彰久は蒼の側を離れない。雪哉が「ママの隣に来なさい。まだ一人では上手に食べられないだろ」と言っても頑として聞かない。  蒼は何でこんなに懐かれてるのか、さっぱり分からないが悪い気はしない。どころか、なんだかとても嬉しい。  雪哉の言う通り、彰久の食べ方はおぼつかない。蒼は、それを横から助けてやる。食べ終わった後、口の周りも拭いてやると、彰久はにっこりして「ありがとう」と言った。天使みたいに可愛いなあと思う。  食べ終わった後も彰久は蒼の側を離れない。再び蒼の膝に乗り絵本を読んでもらったり、積木で遊んだり、尚久をあやしたりと常に蒼を離さない。  蒼もそんな彰久を可愛いと思う。小さな子がこんなに可愛いなんて知らなかった。  夕方近くになって、学会に行っていた高久が帰宅した。 「高久先生こんにちは、お邪魔しています」 「蒼君、よく来てくれたね。なんだ、彰久はべったりくっついてるな」 「そうなんだよ、もう懐いちゃって。蒼君も優しいから、ずーっと相手してくれたんだ」  蒼も楽しくて、時を忘れるように過ごしたが、もう夕方だ。高久も帰宅したことだし、そろそろ帰ろうと思う。 「あおの僕、そろそろ帰ります」と、言った途端だった。 「だめーっ! かえっちゃっだめーっ!」と、彰久が蒼にしがみつく。 「あっ、あき君……」蒼は、どうしたらいいのかと、おろおろする。 「彰久……ねえ蒼君、せっかくだから夕飯食べていかない」 「そうするといい、その後私が家まで送ろう」  無論それは嬉しいが、遠慮の気持ちもある。そんな蒼に二人は微笑みながら頷いた。蒼も頷きで返した。  食事までの時間も、そして食事中も彰久は上機嫌だった。無論常に蒼の側を離れない。  蒼もそんな彰久の相手をしてやりながら、和やかに過ごした。  雪哉と高久は、その光景を微笑ましく見守った。尚久が産まれるまで、高久は両親の愛を独占していた。しかし、尚久誕生後は、どうしても尚久に手がかかる。お兄ちゃんだからと、我慢はしているが、淋しい思いは当然あるだろう。その淋しさを蒼が埋めてくれたのだろう。  蒼も優しい子だ。心から彰久の相手をしてくれているのは明らか。それが、子供心にも彰久に伝わるのだろう。 「二人ともご飯だよ」  雪哉の声掛けに、彰久が蒼の手を引いてダイニングに入る。 「うわーっハンバーグだあ! ……」 「どうしたんだ?」 「ぼくのだけちがう……」 「小さいだけだよ、パパとママと蒼君は身体も大きいから。彰久は身体が小さいだろ、だからハンバーグも小さいの。いつもそうだろう」  いつもそうだ。大きいのは食べきれない。でも、今日は蒼の物と同じがいいのだ。しょんぼりする彰久に蒼が声を掛ける。 「僕のとあき君の、両方半分こしようか」途端に彰久の目が輝く。 「ねえ、そうしよう。そしたら両方食べられるよね」  蒼は席に着くと、自分のハンバーグを半分彰久の皿に入れ、彰久のハンバーグを半分自分の皿に入れる。彰久はニコニコ顔で食べ始める。 「ごめんね蒼君、君のはそれで足りるかな?」 「大丈夫です。他にもこんなに色々あるから十分です」 「そうか、沢山食べるんだよ、君は育ち盛りなんだから」  雪哉は、高久もだが蒼に改めて感心した。幼い彰久の気持ちを瞬時に理解して、納めた。彰久の親として感謝の思いを持つ。 「ごちそうさま! もうまんぷくだよ!」 「彰久ほらっ! お口にソースが付いてるよ!」  雪哉が言うと、蒼が、すかさず彰久の口を拭いてやる。 「蒼君ありがとう。最後まで面倒見っぱなしで、ゆっくり食べられなかっただろう」 「そんなことないです。僕も満腹です、沢山いただきました。ごちそうさまでした」

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