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第10話 4章 蒼の家

 その晩、雪哉は尚久と結惟が寝静まると夫に相談を持ち掛ける。無論、彰久は客室で蒼と寝ている。 「まったく相変わらずの頑固さって言うか、偏見に凝り固まって話が通じないんだよ」 「古い家柄のアルファの家系はそういうもんだろうね」  確かにそうだ、それは嫌というほど知っている。しかし、今それに憤っても仕方ない。蒼が進学できる方法を探してやらねばならない。 「いっそのことここに引き取ろうかと思うんだ。客室あるし」 「私もここへ引き取るしか方法はないと思うね。ただし、何か名目がないと、彼は遠慮するだろう」  雪哉もそれが難点だと思う。ここで引き取ると言うことは、全面的に自分達夫夫が、蒼の面倒を見るということになる。蒼の性格でそれをすんなり受け入れるとは思えない。遠慮して固辞するのは目に見えている。 「そなんだよな……随分と甘えてくれるようにはなったけど、基本遠慮深いからな……」 「雪哉、君は書生って知っているか?」 「書生? ああ、明治大正の小説とかに出てくる?」 「そうだ、明治大正の頃にあった制度だ。戦前まではいたのかな」 「それがどうしたんだ?」 「それだよ」 「はっ?」 「蒼君にうちの書生になってもらうんだ」  書生とは、豊かな家が苦学生を自宅から通学させる。学費は無論、生活面すべての面倒を見る。つまり衣食住の保証をして、大学にも通わせるわけだ。その見返りに、学生は主の家の仕事を手伝うのだ。それは、子供の世話だったり、秘書的な事、家の雑用など色々で、その家ごとあるいは書生によって違いはある。  高久は、雪哉にそれらの説明をする。雪哉も小説などで、知識はあったので直ぐに理解できた。昔あった制度だが、今はほとんどすたれた制度である。それ故に、そこに目を付けた夫に感心する。自分は思い浮かぶことも無かった。 「そうか、それだったら蒼君の場合は子供たちの家庭教師がいいよな」 「私もそう思う。今でも週末来てくれる時は、それだと言える。それが毎日になるだけだ。ただし、本業は学生で、医学生の勉強は多量で大変だ。そして、これは肝心なところだが、彼はオメガで子供たちはアルファだ」  それは分かっている。だから? と雪哉は思う。 「彼はまだ発情期が来てないだろう」  そうだった。雪哉は自分の迂闊さを恥じる。 「まだですね。手術するまで病弱で発達が遅れていた分が取り戻せていない。彼の父親が、蒼君が病弱で一人前扱いしないのもそういうところだろうね」 「手術で欠陥は取り除いた。遅れているだけで、正常には違いない。つまり、いずれ発情期は必ず来る」 「そうなると、客室では駄目か……」  子供たちはアルファと言えど幼い。しかし、六年たてば彰久はそろそろ思春期。そして、雪哉は夫高久がアルファであることに、今更ながら気付いた。無論、高久のことは信じている。身内のように可愛がってきた蒼に手を出すことは考えられない。しかし、オメガのフェロモンは理屈ではない。番のいないオメガのフェロモンは、アルファにとって毒であることは確かだ。  またしても、オメガであることの壁にぶつかった。雪哉は暗雲とする。 「離れを造るんだよ」  そんな雪哉に、またしても高久が助け舟を出す。  今雪哉家族は、高久が祖母から受け継いだ古い屋敷を全面改装した家に住んでいる。古い屋敷なだけあって、母屋とは別に使用人用の離れがあったが、そこは取り壊して更地になっていた。高久はそこに蒼の部屋を建てると言う。それはナイスだ! さすがは我が夫! 雪哉の暗雲は取り払われ、心は明るくなる。 「そうか! それがいい! 離れなら、勉強にも集中できるしね。早速明日蒼君にも話そう」  翌日、やはり昼食後子供たちが昼寝をしている間に、蒼に夫夫が昨晩話したことを聞かせた。  その話は、蒼の心も明るくした。雪哉から諦めたらだめだと言われてはいたが、どこかで弱気になる自分がいた。それを、だめだ! と懸命に振り払っていた。 「もし、そうしていただけたら、こんな嬉しいことはありません」 「それは僕たちほうだよ。君がここへ来てくれたら、嬉しいよ。あきやなおも凄い喜ぶよ」 「よし、後はお父さんの許可がもらえたら決まりだな。それは、私に任せなさい」  その件も、昨晩高久が話していた。相手は全員アルファの家族だから、アルファである、自分に任せろと。雪哉も素直に委ねていた。  この日から、蒼の勉強に対する取り組みは益々強まった。ここまで真剣に自分のことを考えてくれる高久と雪哉には感謝の気持ちしかない。それに報いる第一歩は医学部合格。万が一にも落ちることはあってはならない。蒼は懸命に勉強した。  結局蒼は、一度もA判定を落ちることなく本番の試験に挑むこととなる。

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