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第12話 4章 蒼の家
夕方高久が、ケーキを土産に帰宅した。
「うわあーうまそうだ! ふふっ、全部同じのだな」
「ああ、二人とも蒼君と同じものがいいだろうと思ってね」
彰久は無論、尚久も蒼と同じじゃないと収まらないのが常だった。
「結果はどうだったかって、聞くまでもないかな。不安そうな顔じゃないな」
「いや、不安はあります。あき君やなお君と遊んでたら気が紛れて」
「もう終わったんだから、その方がいい。で、いつ越してくるんだい」
「あっ、お部屋見ました。あんな、立派なお部屋建ててくださって、本当にありがとうございます」
雪哉には既に言ったが、高久にも改めてお礼を言う。
「気に入ってくれたなら良かったよ。試験が終わったんだから、引越しは早い方がいいんじゃないのか」
「僕もそう思うよ。合格発表が終わると、入学まで何かと忙しくなる。今のうちに越してきて落ち着いた方がいい。彰久の入学を控えているから、僕も助かるし」
「早速、書生の仕事させようって腹だな」
「まあ、そうなんだけど、蒼君がいてくれると助かるんだよ」
「僕がお役に立てるなら嬉しいです。引っ越しは家に帰って、父に話してから早急に決めます。僕も早く来たいので」
「うん、決まったら連絡して。引っ越し業者は手配してあるから、君は心配しなくていいからね」
あっ、そうだった。引っ越し業者のことなんて全然考えていなかった。蒼は、申し訳なくて、遠慮の虫が出そうになる。
「遠慮はいらないよ。こういう事は、受け入れる側がするってのが常識だから。それと、荷物は持ってきたいものは全部持ってきていいからね。本とかもね」
「あおくん、いつこしてくるの?」彰久が会話に割り込んできた。
「まだ決まってないけど、なるべく早く来るよ。それでね、あき君、引っ越しの準備とかあるから、今日は帰るね」
「えーっ! 帰っちゃうの!」
当然泊まると思っていた彰久が不満の声を上げると、尚久まで、「えーっ!」と言う。
「全く、お前たちは。いいかい、あお君今日は帰った方が、それだけ早く越してこられるんだぞ。今日は我慢したほうがいいと思うぞ」
雪哉の説得に、幼い二人は渋々頷く。
「よしっ、蒼君夕飯食べてから帰りなさい。送っていくから」
「そうだね、じゃあぼちぼち夕飯の支度をするか、今日はデザートが楽しみだな」
雪哉の言葉に、尚久は「ケーキだあ!」と喜んでいるが、彰久の顔色はいまいちさえない。
「あおくん、こしてきたらあそびにきてもいい」
「もちろんいいよ」
「いっしょにねてもいい」
「あき! 毎日はだめだぞ!」すかさず雪哉が言うと、「ママにきいてないもん」ポツリと言う。雪哉には聞こえてないが、蒼には聞こえた。蒼は彰久の頭を優しく撫でてやった。
蒼は、三日後には越してきた。引き止められない事を幸いに、さっさと事を進めた結果だった。
「いいか、二人とも今日は蒼君の引っ越しだ」
雪哉の言葉に、飛び跳ねて喜ぶ彰久と尚久。
「お前たちがうろちょろすると、邪魔になるし、危ない。引っ越しが終わるまでは蒼君のおうちにはいかない事! いいな!」
しっかりと釘を刺された二人は、神妙に頷く。普段は優しいが、この断固とした口調に逆らうと怖いのは知っていた。
「なおくん、にーにとブロックしよ」
彰久は、気になってしょうがないが、弟と遊びながら、待つことにする。だけど、気になるから、時折尚久の手を引いて、蒼のおうちをそーっと見に行く。何人かの人が出入りしていたが、その人たちは帰ったみたいだ。彰久は心躍らせて、雪哉に聞いた。
「ママ、おじさんたち帰ったけど、おひっこしおわったの?」
「粗方終わったよ。後は蒼君が細々片付けてる。あと少しだよ。終わって蒼君が出てくるまで、もうちょっとの辛抱だ」
もうちょっとの辛抱か……彰久はソワソワして落ち着かない。蒼の家の近くで、あおくん、早く出てこないかなあと、歩き回る。しばらく、そうしていると、大好きな蒼が出てきた。彰久は、ぱーっと顔を輝かせて、蒼に走り寄り、抱きついた。
「あき君!」
「あおくん! おひっこしおわった」
「おわったよ、中見てみる」
蒼は、彰久と、遅れて抱きついた尚久の二人を中に招いた。
「うわあーここがあおくんのおうちなんだね」
空っぽの時見たのとは、様子が違っていた。なんだか、よりあおくんのおうちって感じがする。彰久は寝室を見ると「ぼく、きょうここでねたいな」と甘えてくる。その目はきらきらして、蒼は抗えないものを感じる。
「そうだね、ママのお許しが出たらいいよ」
結局雪哉には、今日は特別と釘を刺されたが、了解をもらうことになる。
この日の北畠家の夕食は、蒼の歓迎の食卓となった。蒼は、食べきれないほどのご馳走に、心からの歓迎を感じた。そして何より彰久と、尚久の喜びようが嬉しい。書生となった蒼にとって、結惟も入れて子供三人は、主家の子供になる。心を込めてお世話しようと心に誓った。
「あおくんおいしいね、いっぱいたべたね」
「うん、美味しいから一杯食べたよ。あき君も沢山食べて偉いね」
蒼は彰久の頭を撫でてやる。最初の頃は、口の周りを拭いてやっていたが、今では自分で拭いている。大きくなったなあと思う。
「ママ、デザートあるの?」
「勿論あるよ。今日は特別な日だからね、パパが買って来てくれたよ」
「わあーい!」
彰久と尚久が歓声を上げる。蒼も声こそ上げないが、嬉しくて顔がほころぶ。ほんとに幸せだと思いながら、デザートのゼリーを食べる。プルンとして瑞々しくて美味しかった。
デザートが済むと楽しい食事も終わった。次はお風呂へ入ることになるのだが、雪哉が結惟を入れて自分も入る。次に高久が尚久と入る。最後に蒼と彰久が入る事に決まる。
「結局泊まりに来てた今まで通りだね。蒼君の部屋にもお風呂あるから、一人でゆっくり入りたいだろう」
「いいえ、そんなことないです。あき君と入ると楽しいし、僕書生ですし」
「あははっ、早速書生さんかあ、じゃあお願いするね」
「しょせい……?」
「蒼君のことだよ。お前たちのお世話をしてくれたり、そうだ! 彰久は小学校へ入学するから、勉強も教えてもらえる」
「そうなの? あおくんがおしえてくれるの?」
「ああ、おうちではな、だから、蒼君のゆうことちゃんと聞かないとだめだぞ」
「きくよ、ちゃんときくよ。ぼく、あおくんだいすきだもん!」
お風呂から出ると彰久はいつ寝てもいいようにパジャマを着る。これは北畠家の子供たちの習慣。
「ママーあおくんのおうちにいってもいいんだよね」
「蒼君いいかな? 毎日入り浸りにはさせないから」
「大丈夫ですよ、勉強が忙しくなればあれだけど、そうじゃない時はいいですよ」
「こういう事は最初が肝心だ。今日は特別、これからも休日限定にしよう。それでいいかい」
高久の言葉に蒼と雪哉は頷く。続いて、高久は彰久にも言って聞かせると、彰久も渋々ながら頷いた。
「あき君、いったんお外に出るから上着を着ないと寒いよ」
蒼が彰久に上着を着せる。僅かな間だが、外気に当たる。三月初旬夜の外気は冷たいから、風邪を引かせたくない。上着だけでなく、マフラーまで巻いてもらった彰久は、蒼と手を繋いで出かけていく。
見送る雪哉は、なんだか感慨深い思いを抱き、いやいや、いつもの客室が離れに代わっただけだと思い直す。なにか、外へ外泊に出かける雰囲気だが、あくまでも同じ敷地にある離れなのだから。
蒼の部屋に入った彰久はウキウキ気分で、寝室に入る。
「あき君、もう眠たい? お休みする?」
「まだだけど、おふとんでおはなしする」
「そうだね、そうしようか」
蒼は、彰久のマフラーを取り、上着も脱がせてやると、彰久は自分で布団に入る。蒼も彰久の横に寝ると、ぎゅーっと抱きついてきた。
「あおくんとねるのひさしぶり」
「そうだね、試験があったからお泊りも来てなかったもんね」
「うん、ぼくねさびしかったけどがまんしたよ。ママがねいまがまんしたら、あおくんずーっといっしょにいられるようになるって」
「うん、そうだよ。これからは、ずーっと一緒だよ。僕のうちはここになったから」
そう言うと、更に抱きついてくる。小さいけどその力は強くて、もう絶対に離さないという意思を感じる。蒼は心の底から愛おしさが沸き、自分もぎゅっと抱きしめたくなるが、小さい彰久が壊れないように、そっと抱きしめて頭を撫でてやる。
二人はそのままの姿勢で、彰久が一生懸命に話すのを、蒼が聞いてやる。すると、段々と彰久の口調がゆっくりになり、目をしょぼつかせる。あーっ眠たいんだなあと、思っているとそのうちすーっと目を閉じる。あっという間にすやすやと眠る彰久。蒼も、朝からの忙しさに眠気がきていたので、自分も目を閉じて眠った。
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