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第14話 5章 美しい医学生

「吉沢君、一人? 西園寺君は?」  講義が終わった後、帰宅しようとした直史は、数人の学生から声を掛けられる。 「そうだよ、蒼は先に帰ったから」 「君たち仲いいよな」 「同じ高校だから」 「君ベータだろ。恋人じゃないよな」 「はっ、親友だよ。それが、なにか?」 「俺達さ、西園寺君と仲良くなりたいんだ。だから、君から誘って欲しいんだよ」 「蒼は忙しいから、遊んでる暇なんてないよ」  なんだこいつら、ベータだの恋人だのと、失礼だな。直史はさっさと立ち去ったが、不安を抱いた。あいつら、蒼に手を出すんじゃ? と思ったのだ。  そう思うと、不安は段々と大きくなる。それに、さっきの学生の中心にいたのは、確か西郷ってやつだ。大病院の御曹司で、親が代議士なのを鼻にかけてる嫌な奴。あんなのに、目を付けられたのか? 蒼きれいだからなと、ため息が出る。  直史はベータでもあるし、異性愛者で、晴香という彼女もいるから、蒼に対しては友情以上の感情はない。まあ、親友として守ってやりたいという、庇護欲は大いにあるが……。  しかし、アルファからすると、蒼は魅力的なんだろうとは理解できる。客観的に見て、蒼がきれいなのは分かるのだ。あいつ、マジきれいだよなとは、いつも思っているのだ。  早速、直史は晴香に事の次第を相談する。直史にとっても晴香は、同級生なのに姉さん女房的な、頼れる彼女なのだ。 「それ、明らかに蒼君狙われてるよ。だから、心配したんだ。医学部なんてアルファの巣窟。蒼君なんて、狼の群れの中に紛れ込んだ子羊みたいなもんよ。子羊じゃなくて、うさぎ……小鳥かな。まあそれはどうでもいいか」 「まあ、どれも危ないってことは同じだろ……で、どうするか……俺一人じゃな。なんせあいつら、実家の力も強いからな」 「そりゃあ、代議士なら強いよね……ベータのあんた一人で守れるわけないもんね……そうだ! 北畠先生に話そうか」 「やっぱりそうか……蒼の雇い主って言うか、主人って言うかそういう関係だろう」 「うん、保護者みたいなもんじゃないの。雪哉先生はともかく、夫の高久先生は副院長で最近は天皇陛下の執刀医で神の手って評判なんだから、医学生に睨みも効くんじゃない」 「そうだよな、じゃあ、俺達から話そうか? 蒼には言わない方がいいか?」 「うん、それがいいと思う。あの子不安がるよ。それも含めて先ずは、雪哉先生に相談しよう」  やっぱり、俺の彼女は頼りになるなと、直史は思った。  一方、直史に立ち去られた学生たちは憤懣やる方ない。 「なんだあいつの態度! ベータのくせに生意気な奴だな! まあいい、直接西園寺が帰る前に捕まえればいい」 「お前、ほんとに自分のものにする気か?」 「ああ、父さんに聞いたら、西園寺の庶子に間違いなだろうって。庶子だから、正式な配偶者にはできないって釘を刺されたけど、俺もそれは思ってない。けど自分のものにする」  彼は、大病院の御曹司。父親は理事長であり、代議士でもある。つまり、医学界だけでなく、政財界に顔が利く。その立場から、西園寺家の醜聞交じりの事情を耳にしたことがあったのだ。上流階級には、珍しいことではない。多くは、公然の秘密とされる。西園寺家のそれも、その例に漏れない。  他の学生たちは、悔しいがこの争奪戦からは手を引くかと思い始めている。この男の恨みをかっても得はない。彼の父親はそれだけの力を持っている。むしろ、手を貸すことによって恩を売る。そう思う者達が周りを囲んでいた。 「で、どうするんだ? まさか無理矢理拉致るわけにはいかんだろ」 「さすがにそれはできない。何かいい方法はないか……誘い出してうちの車にさえ乗せたらこっちのものだ」 「乗せて、どこに連れて行くんだ?」 「俺の家だよ。俺の部屋に入れて、そこで番にする」  それって、拉致だろ! 誘拐だろ! と他の学生は思う。そんなことして大丈夫なのか? と不安が過る。皆、根はお坊ちゃま気質なので、危ない橋はわたりたくないのだ。 「大丈夫だよ、父さんがちゃんと始末つけてくれる。そもそも西園寺家にとっても、あいつは厄介者。厄介払いできるって、感謝されるよ」  他の学生の不安を察知した彼が言うと、皆安心したように頷く。その後は、どうしたら蒼を車へと誘えるかを話し合う。悪魔たちの話し合いだった。

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