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第1話

 「くしゅんっ」  家に向かっていたら、そばにあった公園のどこかから、くしゃみの音が聞こえた。  何かと思ったら、裸でタオルを身体に巻いただけの子が公園のベンチに座っていた。  今、十一月だぞ? こんな格好絶対風邪引くだろ。  いくらなんでも、扱いが酷すぎる。 「……お、おいお前、お母さんとお父さんはどうした?」  信じられない事態に動揺して、どもった。  子供は身長が百五十センチメートル以下で、骨に皮をつけただけのような身体をしていた。……小学生だろうか。  髪は黒いところと白いところがあった。小学生なのに白髪があるのか? 「……知らない」  雪が降っている訳でもないのに、子供は白い息を吐いていた。  寒いのか。  俺は首に巻いていたマフラーをとって、子供の頭にかけた。 「ありがとう」  そう小さな声で呟いて、子供はマフラーに顔を埋めた。  声はそんなに高くないから、男の子なのかもしれない。  陰部しか隠れていないからタオルを取れば性別がわかるのは一目瞭然だったけれど、わざわざそんなことをする気にはならなかった。  どうしよう。今は夜だから、このまま放っておいたら、この子はきっと警察に保護されるよな。でももしそうならないで、誰かに命を狙われたら?  あるいは、薬物依存症の人とか治安の悪いやからに拾われたら、この子は一体どうなってしまうんだ? 「……名前は?」 「知らない。いつもお前としか言われてないから」 「は?」  信じられなくて、つい疑問符が声になってしまった。  親にそう呼ばれているのか? まさか学校の先生に呼ばれているわけじゃないよな。  いや、そもそもこの子は学校に通っているのか?  たとえ親に名前を呼ばれていなくても、学校に通っているならテストの時や名札を作る時など、名前を書く場面が多々あるから、知らないとは言わないハズだ。  まさかこの子は、まだ学校に行ったことも名前を教えてもらったこともないのに、捨てられたのか?  あるいは親といざこざを起こして、外で反省しろとでも言われたのだろうか。 「……俺の家に来るか?」  良くない提案をしている自覚はあった。でも今見て見ぬふりをしたら、この子が餓死したり傷ついたりするのではないかと思った。  男の子は何も言わず、首だけを動かして頷いた。  これは都内にあるアパートで一人暮らしをしている俺だからこそ躊躇わずにできた選択だ。  俺の母親はド真面目で、「首をつっこむなら途中で突っ込むのをやめることだけは絶対にやめなさい。助けられた人は、最後まで救いを求めようとしてしまうから。裏切られたら、ずっとそのことを覚えてしまうから」とよく口にしていた。そんな母親に拾ったことを話したら、きっと「最期までその子を助けられるの? 違うでしょう! それなら今すぐ一緒にいるのをやめさない」と言われていた。  母さんのその言い分が正しいと思わないわけじゃない。けれど、俺にはいつか助けられなくなる確信もないのに、見捨てることなんてできない。そう思ったから、あえて母さんがいない場所で俺はこの子を拾った。 「お兄ちゃん」  肩車をしたら陰部に触れてしまうから手を繋いで家に向かって歩いていたら、そう声をかけられた。 「お兄ちゃんじゃなくて 真逢(シンア)な。秋風(アキカゼ)真逢」 「真にい、パパとママは?」  にいとは呼ぶのか。 「いない。俺もお前と一緒。独りぼっちなんだよ」  仲間意識を持ってほしくて、あえて嘘をついた。 「そうなの?」 「ああ。なあ、名前俺が決めてもいいか?」 「うん」  何がいいのだろう。  ひどい環境にいたのだろうから、名前くらいは、かつての環境とは似つかないほど希望に満ち溢れているものにしたい。 「……喜津愛(きづめ)」 「き……づめ?」  溢れるほどの喜びと愛を与えられる子になるように、という意味だ。 「ああ。嫌か?」 「ううん! ありがとう真にい!」  俺が頭を撫でると、喜津愛は嬉しそうに口角を上げた。  

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