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05.覚悟

 シーナとスルトフェンの会話を聞きながら、あれこれ勘繰りに沈んで行きそうになった頃。  ふふ、と優しい笑い声が聞こえた。 「左様でございますね。しかし、だからこそ魔法技術が引き立てられることにもなりました」  彼らの会話で耳に残った、聞きなれない言葉。思考から浮かび上がったばかりの頭は口からぽろりと疑問をこぼす。 「……魔法とは違うのですか?」 「魔法の才が無い者でも扱える技術が魔法技術でございます」  魔法そのものの研究とは別に、魔法技術の研究も昔からされていたのだという。かつては他の国でも研究されていたらしいとシーナは言うけれど、ラズリウに聞き覚えは全く無かった。  魔法使いの少ないネヴァルストの方が重用しそうなものだというのに。戦争を繰り返している間に、いつの間にか消えてしまったのだろうか。 「魔法使いの多い我が国ではさほど重要視されておりませんでしたが、グラキエ王子が学びたいと駄々に駄々を重ねられまして。市井の研究所が国立研究所に組み込まれる運びとなりました」 「本当にトンデモ王子だな」 「しっ!」  また悪口を言い出しそうな雰囲気の口を慌てて塞ぐ。散々言ってしまっているから今更だけれど、一度しか会っていないのにこれ以上は度が過ぎる。  そんな二人に微笑みかけながら、そっとベッドの近くに向かったシーナがくるりと振り向く。その手には煌々と光るランプが乗っていた。 「お陰様で多くの道具が生み出されたのですよ。このお部屋にあるものも、殆どがグラキエ殿下の製作されたものです」 「えっ。作った……?」  思わずきょろきょろと部屋を見回してしまった。手に持ったランプに、時計、ベッドの天蓋、窓のカーテンまでその製作物だと彼女は言う。  どこまでが本当か分からないけれど。 「この太陽の代わりになるランプは、グラキエ殿下の関わる研究品として有名でございます」 「太陽の代わり……?」  まじまじと見つめてみても、少しも違いが分からない。きらきらとランプから放たれる光は確かに美しいけれど。  強いて言えばランプの周りはじんわり暖かいだろうか。けれどその程度の、気のせいだと言われればそれまでの感覚でしかない。 「冬が深まりますと太陽が見えなくなります。すると、体調を崩す者が増えるのです。このランプの光にはそういった不調を和らげる作用があります」 「うさんくせぇ……」 「ふふ。ではスルトフェン様のお部屋からは片付けておきましょう」  ……やっぱり、スルトフェンの言葉に実は怒っていたのかもしれない。  焦るスルトフェンに変わらず笑顔を向けるシーナを見ながら、ラズリウは彼を強く止めなかった事を少し後悔した。  結局スルトフェンに用意された部屋にも、太陽の代わりになるランプが設置される事で落ち着いたらしい。大事そうにランプを掲げ持つシーナは、ふう、と一つため息をついた。 「こういったものには熱心で、優秀であらせられるのですけれど……それが人間に対すると途端にあの(ざま)なのです」  誰の事とは言わないけれど、それが誰を指すのかはすぐに分かった。やっぱり第三王子のそういう部分に対しての評価は、誰から見ても揺るがないらしい。 「グラキエ殿下のために着飾る御令嬢をあまりに軽くあしらうので、結構な人数のお嬢様がたに詰め寄られたと聞き及んでおります」 「言い寄られるんじゃなくて?」  スルトフェンの言葉にシーナはこくりと頷く。身から出た錆なのですけれど、と苦笑しながらラズリウの方に視線を向ける。 「その経験故か、御令嬢を避ける傾向がございまして。同性のラズリウ殿下を選ばれたのは、もしかすれば理解して貰えると……そう期待なされたのかもしれません」  あの王子はラズリウを選んだ。  テネスに続いてシーナから出てきたその言葉。それに少し希望が見えた気がして、また何か文句を言おうとしたスルトフェンを反射的に押し戻した。    シーナが下がった後。  スルトフェンはソファの背もたれに全身を預けながら、じとりとラズリウを見た。  その姿は従者というにはあまりにもだらしがない。だけどよく知っている昔の彼のようで、少しだけ懐かしい気持ちになる。 「本当にあのろくでなしと婚約するつもりなのか」  まだ文句が言い足りないらしい。 「思ったことを口に出しすぎだよ、スール」  つい昔の呼び方をしてしまって、あっと思わず呟いた。従者には適切な距離感をと散々教わったのに。昔馴染みが相手だと思うと、つい気が抜けてしまう。  そんなラズリウに、スルトフェンは「俺らしか居ないんだしいいんじゃねぇ?」と軽く笑う。騎士団所属なのに緩いなと呆れつつも、少しだけ気持ちが軽くなった。 「悪い人には、見えなかったよ。変態どころか僕に興味なさそうだったし」  話していた内容からしても、婚約話から逃れるためにラズリウを指名したのだ。同じ王子であれば手間がかからないであろう事を期待して。 「そういうのがタチ悪いんだぞ。相手に明確な落ち度がなけりゃ、訴えることも脅すことも出来ないんだからな」 「普通、婚約者にそんな所まで想定しないと思う」  何をする気なんだと思わず苦笑した。  スラム出身だったスルトフェンはいつも最悪の想定をする。恐らくそれは正しいのだろう。長く王城に箱入りをしていたラズリウよりもずっと、彼は良くも悪くも色々なものを見てきているはずだから。  けれど。   「……ごめんね、スール。国には帰らない。絶対に」  離宮に戻りたくない。ただその一心だった。  薄暗くて誰が来るかも分からない部屋より、明るくて見知った人達のやってくる部屋の方が魅力的なのだ。婚約者の望むように振る舞えば、お試し期間の後もこの温かい城にずっと居られるかもしれない。  あわよくばあの家族の端に、自分も居させて貰えるかもしれない。  目の前で温かい家族の姿を見せられたラズリウは、自分の中に膨らむ貪欲な気持ちに少し驚いていた。 「……本当に何があったんだよ、ラズ。離宮に行ってから剣術の訓練に出てこないし。久々に会ったら本気で女みたいになってて驚いたんだぞ」  Ωだと分かる前のラズリウは活発な子供だった。  剣も乗馬も習って、街にお忍びで遊びに出たりもしていた。その時にスリを仕掛けて来たのがスルトフェンだ。難なく返り討ちにしたラズリウの気まぐれで、彼はスラムの子供から王宮の下働きになった。  幼い頃はラズリウの方が背も高かったし、剣の腕もずっと上だったのに。いつの間にかすっかり逆転されてしまっている。  かつてラズリウも共に騎士を目指していたというのに、目標を成したのは昔馴染みだけ。 「僕はΩだから。そういうものなんだよ」  祖国の鳥籠から逃げ出すには、あの王子に上手く飼われるしかない。    ――Ωだから、仕方ない。  何度も繰り返してきた魔法の言葉を心の中で呟いて、ラズリウは静かに微笑んだ。

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