75 / 77
第75話 脱出
玄関が開き、カシワギ先輩と一緒に歩いていたら黒縁メガネの男が現れた。
「あの!すみません、カシワギミナトの弟なんですが!」
俺は嘘をついた。
「は?」
「さっき、兄と一緒に歩いてましたよね?すみません、兄は飲み過ぎたんでしょうか?ご迷惑をおかけしました!」
あえてデカい声で話す。
コイツだって同じ塾講師なら、身元はわかってるんだ。
「あ、ああ。そうだね、ちょっと休ませてたよ……。」
男はおどおどしている。
やましいことをしようとしていたんだろう。
「兄を連れて帰ります!父の迎えも呼びました!本当にお手数をおかけしてすみません!」
「わ、わかったよ!今、連れてくるから……。」
それから、よろよろと先輩が出てきた。
ジャケットは着ているが、ネクタイは手に持ち、シャツもダブついている。
「お兄ちゃん!未成年なのに、飲んだらダメだよ!さあ、行こう!」
先輩に肩を貸し、階段を降りた。
自分も捕まってしまった時のために、荷物はアパート脇の植え込みに隠しておいていた。
それを取り、後ろを振り返りながらアパートを離れる。
近くのコンビニに着くと、丁度ヒビキさんの車が着た。
「二人とも!大丈夫か?」
ヒビキさんが、先輩を後ろに乗せる。
俺も横に座った。
「俺は大丈夫です。先輩は……。」
「……なんとか、大丈夫……。なんか薬でも飲まされたみたい……。」
「わかった。一旦家に帰ろう。」
ヒビキさんは車を出した。
「……リョウスケ……。」
「は、はい。」
「……本当に、ありがとう……。」
そう言って、先輩は俺の肩に頭を乗せて眠った。
――――――――――――
ヒビキさんが先輩をおんぶして部屋まで運んだ。
寝室に寝かせて、リビングに戻ってくる。
「リョウスケ君、本当にありがとう。助かったよ。」
「偶然会えて、良かったです……。」
「しかも、相手の部屋に乗り込むなんて、すごい勇気だよね。」
「なんか……相手を見た時に、ヤバそうな奴に見えたんで……。自分でもやれるもんなんだな、って、思いました。」
安心して、ようやく笑えた。
ヒビキさんは温かいお茶を淹れてくれた。
「ミナトから、倶楽部の話は聞いてるよね?」
「はい、相互扶助の集まりなんだって聞いてました。」
「それは、嘘じゃないんだが、俺が若い頃は、酷かったんだ。俺は、どんな集まりかわからないまま連れて行かれた。幸い、間一髪でその場は逃れたけど、やっぱり、怖かったよ。」
ヒビキさんは苦笑いした。
「結果的には、俺は男性と過ごすのが合っていたから、倶楽部には関わっているし、おかげでミナトとも出会えた。ずっと一人で生きる覚悟もしていたから、ミナトと出会えたことは上出来な方だと思ってる。」
二人が本物の恋人同士なんだと感じた。
「恋愛は、究極お互いがよければいいんだよ。だからこそ、自分の嗅覚を磨かないといけない。ミナトは、恋愛に関しては自分を過信しがちだからね、いつか意図せず加害者にならないかと心配してたんだ。今日、怖い目に遭って、良かったかもしれない。」
ヒビキさんはお茶をすすった。
「ヒビキさん……今回、先輩は、悪くなかったと思います。これは、犯罪ですよ。だから、怖い目に遭って、良かっただなんて……。」
本物の弁護士相手に、意見してしまった。
ヒビキさんは目を細めて微笑んだ。
「リョウスケ君……将来、警察官になるのはどうだろう?」
「警察官……。」
初めての選択肢だ。
「洞察力に、行動力、咄嗟の機転。頼もしいよ。それに、何より、毅然として被害者に寄り添う姿勢。いいんじゃないかな。」
今までで一番しっくりきた。
胸に高鳴りを感じた。
ともだちにシェアしよう!