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第75話 脱出

玄関が開き、カシワギ先輩と一緒に歩いていたら黒縁メガネの男が現れた。 「あの!すみません、カシワギミナトの弟なんですが!」 俺は嘘をついた。 「は?」 「さっき、兄と一緒に歩いてましたよね?すみません、兄は飲み過ぎたんでしょうか?ご迷惑をおかけしました!」 あえてデカい声で話す。 コイツだって同じ塾講師なら、身元はわかってるんだ。 「あ、ああ。そうだね、ちょっと休ませてたよ……。」 男はおどおどしている。 やましいことをしようとしていたんだろう。 「兄を連れて帰ります!父の迎えも呼びました!本当にお手数をおかけしてすみません!」 「わ、わかったよ!今、連れてくるから……。」 それから、よろよろと先輩が出てきた。 ジャケットは着ているが、ネクタイは手に持ち、シャツもダブついている。 「お兄ちゃん!未成年なのに、飲んだらダメだよ!さあ、行こう!」 先輩に肩を貸し、階段を降りた。 自分も捕まってしまった時のために、荷物はアパート脇の植え込みに隠しておいていた。 それを取り、後ろを振り返りながらアパートを離れる。 近くのコンビニに着くと、丁度ヒビキさんの車が着た。 「二人とも!大丈夫か?」 ヒビキさんが、先輩を後ろに乗せる。 俺も横に座った。 「俺は大丈夫です。先輩は……。」 「……なんとか、大丈夫……。なんか薬でも飲まされたみたい……。」 「わかった。一旦家に帰ろう。」 ヒビキさんは車を出した。 「……リョウスケ……。」 「は、はい。」 「……本当に、ありがとう……。」 そう言って、先輩は俺の肩に頭を乗せて眠った。 ―――――――――――― ヒビキさんが先輩をおんぶして部屋まで運んだ。 寝室に寝かせて、リビングに戻ってくる。 「リョウスケ君、本当にありがとう。助かったよ。」 「偶然会えて、良かったです……。」 「しかも、相手の部屋に乗り込むなんて、すごい勇気だよね。」 「なんか……相手を見た時に、ヤバそうな奴に見えたんで……。自分でもやれるもんなんだな、って、思いました。」 安心して、ようやく笑えた。 ヒビキさんは温かいお茶を淹れてくれた。 「ミナトから、倶楽部の話は聞いてるよね?」 「はい、相互扶助の集まりなんだって聞いてました。」 「それは、嘘じゃないんだが、俺が若い頃は、酷かったんだ。俺は、どんな集まりかわからないまま連れて行かれた。幸い、間一髪でその場は逃れたけど、やっぱり、怖かったよ。」 ヒビキさんは苦笑いした。 「結果的には、俺は男性と過ごすのが合っていたから、倶楽部には関わっているし、おかげでミナトとも出会えた。ずっと一人で生きる覚悟もしていたから、ミナトと出会えたことは上出来な方だと思ってる。」 二人が本物の恋人同士なんだと感じた。 「恋愛は、究極お互いがよければいいんだよ。だからこそ、自分の嗅覚を磨かないといけない。ミナトは、恋愛に関しては自分を過信しがちだからね、いつか意図せず加害者にならないかと心配してたんだ。今日、怖い目に遭って、良かったかもしれない。」 ヒビキさんはお茶をすすった。 「ヒビキさん……今回、先輩は、悪くなかったと思います。これは、犯罪ですよ。だから、怖い目に遭って、良かっただなんて……。」 本物の弁護士相手に、意見してしまった。 ヒビキさんは目を細めて微笑んだ。 「リョウスケ君……将来、警察官になるのはどうだろう?」 「警察官……。」 初めての選択肢だ。 「洞察力に、行動力、咄嗟の機転。頼もしいよ。それに、何より、毅然として被害者に寄り添う姿勢。いいんじゃないかな。」 今までで一番しっくりきた。 胸に高鳴りを感じた。

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