30 / 38
第十章④ ♡
ホテルのレストランで、ドレスコードに従いフォーマルな衣装に身を包み、優雅に肇をエスコートする薫の姿にきゅんとくる。部屋に戻り、堅苦しい服を脱ぎ捨ててラフな恰好へと着替える姿にもきゅんとくる。
何なら、バスルームから響く楽しそうな歌声も、無造作な髪にバスローブを羽織った姿も、薫の全てが格好よく見えて、肇の心臓は終始落ち着かない。こんなことでいちいち翻弄されて悔しいと思うのに、どうしようもなく胸が騒ぐ。
それだけではない。五つも六つも並ぶ大きな枕、皺一つない真っ白なシーツ、几帳面に整えられたキングサイズのベッドも、肇の上擦った気持ちに拍車を掛けた。愛を紡ぐためだけに誂えられたようなこの雰囲気が、今夜はどうにも落ち着かない。
今更セックスを恥ずかしがるような年齢ではない。十年も一緒にいて、数え切れないほど体を重ねて、恥ずかしいところも情けないところも薫には全て知られているというのに。どうしてか今日は、今夜だけは、いつも通りの振る舞いができない。
「はーじめ」
薫がリビングルームから姿を現した。頭まで布団を被っていた肇が目だけを覗かせると、何がそんなに楽しいのか、薫はにこにこしながらベッドに飛び込んできた。キングサイズの上等なマットレスが軋み、同時に肇の心臓も跳ねる。
「ね。いっぱいエッチしたい」
「ん……」
クリスタルグラスのシャンデリアが眩く煌めく。ふわふわの髪は期待に揺れ、澄んだ眼差しは真っ直ぐに肇を捉えている。肇は伏し目がちに頷いた。
「……の前に、電気消せ」
「えー、僕は明るいままでしたいんだけどな。肇のことちゃんと見たいし。普段は絶対できないじゃん?」
「……」
肇が無言で睨み付けると、薫は「分かったよ」と言って照明を落とした。夕焼け色の常夜灯が寝室を照らし出し、その雰囲気は逆に淫靡である。
「……眩しいんだよ」
「仰向けだもんね」
「……そういう意味じゃ……」
本当は完全に消灯してほしかったが、肇は言い出せなかった。急にどうしてそんなことを言うのか、と問われた時の回答が用意できていない。
いよいよお待ちかねとばかりに、薫は布団に潜り込んだ。慈しむような手付きで頭を撫でられ、赤らんだ眦にキスを落とされて、そんな些細なことで肇の鼓動は駆け足になる。
「っ……するなら、さっさとしろよ」
「なんでよぉ。せっかくだからゆっくりしたいの。時間はたっぷりあるんだから」
薫の美麗な唇が、ちゅ、と軽く吸い付いては離れていく。薄い瞼や睫毛を食まれて、頬や鼻先を掠めるように口づけられる。
「……くすぐってぇ」
「たまにはこういうのもいいでしょ」
気持ちいいから耐えられない。これからこんな風に全身を隈なく丁寧に愛されるのだと分からせられるみたいで、胸がそわそわして落ち着かない。
唇に薫の吐息を感じ、肇は反射的に口を開けた。唇を尖らせて、すぐそこにあるはずの薫の唇を追いかけたが、唇が重なるよりも先に、薫の手が胸元に滑り込んできた。
「ん……っ」
素肌に触れられただけで、躰は敏感に反応した。器用にボタンを外され、そっと胸を弄られる。
「んふふ。僕ね、肇のおっぱい好きなんだ」
「……男の胸なんか……何がいいんだよ」
「他の男は興味ないよ。肇だけ。好きな人の体だから、全部好きなの」
決定的な場所には触れない。豊かな膨らみを掌で撫で、やわやわと揉まれる。薫の手は大きく、男にしては滑らかで、気持ちまで伝わってくるほどに熱い。熱すぎて、触れられたところから蒸発してしまいそうだ。
肇は唇を噛みしめた。胸の突起が固くなっているのが自分でも分かる。いつまでも触れてもらえないことに焦れて、早く触ってほしいとアピールするようにつんと尖っている。神経が尖端に集中して、愛してもらう時を待っている。
元々乳首で感じる体質ではなかったはずなのに、薫が毎回毎回しつこく弄るせいで赤く腫れぼったい見た目になってしまったし、ここを触ってもらえなければ満足できない躰になってしまった。
それなのに、薫は決定的な場所に触れてくれないばかりか、いまだにちゃんとしたキスもしてくれない。常ならばこんな待ちの姿勢は取らず、キスしたければ自分から唇を奪いに行く肇だが、今夜はそんなことは思いもしなかった。
薫の熱い手が脇腹を撫で、鼠径部を辿り、太腿を滑っていく。下着に指を掛けられて、引っ張られたゴムが肌に食い込む。その感覚だけで震えそうになる躰を押さえ付けるのに肇は必死だった。
「ちょっと腰浮かして?」
薫に耳元で囁かれ、肇は小さく悲鳴じみた声を漏らした。常ならば、服なんて邪魔くさいものは自分から堂々と脱いでしまうけれど、今夜ばかりはそれができなかった。かと言って、薫に一枚ずつ丁寧に脱がされていくという今の状況も、かなり羞恥を煽られる。薫の手で薫好みに下拵えされているような気分だ。
肇がもじもじと腰を浮かせば、薫はゆっくりと下着を引き下ろす。女の子はきっとこんな気持ちなのだろう、なんて思ってしまった自分に、肇は羞恥を覚える。
「なんか、今日の肇すごくかわいい」
「っ……」
「もちろんいつもかわいいけどね。今日は特別にかわいいよ」
甘ったるい声で囁かれて、耳たぶを甘噛みされた。こんなにも甘やかされて、頭がどうにかなってしまいそうだと、危機感にも似た感情を肇は覚えた。
ぴちゃぴちゃと卑猥な水音を立てて耳を舐られ、そうしながら、涎を垂らしていきり立つ中心を優しく愛撫される。肇は、漏れそうになる情けない声をどうにか噛み殺しながら、みっともなく腰を震わせた。
薫の熱い手が内腿を撫ぜて、双丘を揉みしだく。薫のしなやかな指が、期待に疼き続ける穴をくるりと一撫でして、ぬぷりと挿し込まれた。これから与えられる快感を知っている肇のそこは、二本目の指も容易く呑み込んだ。
「んん……」
「すご、とろとろだ」
ぬぷぬぷと浅いところを何度も抜き差しされる。貪欲に快感を求めて、肇のそこは薫の指に絡み付く。薫は興奮したように声を上擦らせる。
「肇、なんか恥ずかしがってるけどさ。僕のために、ここはちゃんと準備してくれたんだね。僕って愛されてるなぁ」
「っ……そんなんじゃ、ねぇ……」
口では否定しながらも、下の口は甘えるように薫の指を食む。そのことはもちろん薫にも伝わってしまう。薫はにんまりと満足げな笑みを浮かべた。
「嬉しい。好き。いっぱいかわいがってあげるね」
「っせぇ……んン」
くりくりと前立腺を捏ねられて、まともに言葉を紡ぐこともできなくなった。
十年の月日は長い。幼児が少年に、少年が青年に成長するだけの時間を共に過ごした。肇の躰のことなんて、薫には全て知り尽くされている。どこをどう触ったら好いのか、どこが弱いのか。肇よりも薫の方が、肇の躰については余程詳しい。
だから、抵抗なんてできるわけがないのだ。期待に疼く前立腺を緩急つけて捏ねられて、肇にできることといえば、ただビクビクと腰を仰け反らせることだけ。
せめてもの抵抗として、両腕で顔を覆い隠す。己の痴態を薫に直視されていると思うと、鼓動がうるさくて敵わないのだ。十年の間に何百回と繰り返されてきたことなのに、今夜はどうにも、薫の視線が気になってしまう。
丹念に愛されて、愛撫されて、薫のための躰に作り変えられる。十年前からずっと続いてきたことなのに、今夜は特にそのことを意識してしまう。実際、肇の躰は薫しか知らなくなって久しい。肇のここは、今や薫専用なのである。
「は、っぁ……んく……」
いつの間にか、指を三本も咥え込んでいる。すっかり柔らかく解れた泥濘の中で、薫の指は器用に動き、気持ちいいところを刺激する。前立腺を擦られ、肉襞の凹凸をなぞられ、それでも、一番欲しい奥には指では届かない。
浅ましいと分かっていて、肇は腰をくねらせた。奥に欲しい。大きいので奥までいっぱいにしてほしい。燻っている快楽を最後まで燃え上がらせてほしい。肇の淫らな姿を前に、薫は唇を綻ばせた。
「いいよ。奥までいっぱいにしてあげる」
優しく膝を持たれ、足を開かされた。開いた脚の間に、薫が膝立ちで入り込む。見慣れたこの光景にも、肇の心臓は騒がしくなる。普通他人には見せない恥ずかしい部分を露わにして、それを全て薫に見られている。そう思うだけで、一層躰の熱が上がる。
「久しぶりだから、ゆっくりするからね」
ちゅ、と濡れた性器がキスをする。すりすりと入口を撫でられて、肇のそこは欲深く収縮した。奥へ引き込むように、くぱくぱと口を開ける。
「あっ……あ……」
ぬぷ、と先端が押し入ってくる。少しだけ挿って、出ていって、また少しだけ押し込まれる。
「すご……熱いね、肇のナカ」
ぬぷん、とようやく亀頭が埋まった。刺激を待ちわびて震える前立腺を僅かに掠める。けれど、そこで薫は止まってしまう。もっと奥まで挿ってきてほしい。そうでなければ、もどかしくておかしくなりそうだ。
「ん、っも……じらしてんじゃ、っ……」
肇は、顔を覆った腕の隙間から薫の様子を窺った。刹那、視線が絡み合う。薫の、熱っぽくも澄んだ眼差しが、真っ直ぐに肇を射抜いていた。
「あ……っ」
どくん、と心臓が大きく跳ねる。沸騰した血液が全身を駆け巡る。
「肇、大好き」
唇が美しく弧を描き、愛を告げた。同時に、奥まで一息に貫かれる。肇が求めて止まなかった刺激ではあるが、それはあまりに強烈すぎた。
「あ゛っっ……♡」
挿入の衝撃で押し出されるように白濁が漏れた。引き締まった腹筋をどろりと汚す。
「あ、は、んぁ゛……♡」
肇は余韻に喘ぎ、小刻みに震えた。ぼやけた視界に薫の姿が映る。ぼやけた視界に薫だけが眩しい。薫だけが鮮明だった。
「肇がかわいすぎて、我慢できなくなっちゃった。許してね」
「ゃ、ま゛っ……!」
肇が落ち着くのを待たずに、薫は腰を揺らした。高く張ったカリ首で前立腺をぐりぐり抉られ、奥をガツガツ穿たれる。空っぽの胎が薫で満たされる。寸分違わずぴったりと密着して、寂しいところなんてもうどこにもない。
「かっ、ぉ゛、かおる、かおるっ……!」
「うん。僕だよ。今肇を抱いてるのは、本物の僕だ。ちゃんと見て。こっち向いて。顔見せてよ」
「や゛、んぅ゛……いやだっ、ぁ……」
「なんで? 顔見てしたい」
甘ったるい声で囁かれて、顔を覆っていた腕をどかされる。手首を掴む薫の手の温もりさえ気持ちがよくて、全身が性感帯になってしまったようだった。
「泣いてるの? かわい」
「ちっ、が……ちがう……っ!」
「違くないでしょ。良すぎて泣いちゃった?」
ちゅ、と眦にキスされて、涙を吸われた。砂糖を煮詰めるみたいに愛されて、骨の髄までどろどろに溶かされる。
「僕ねぇ、昨日肇と会えて、本っ当に嬉しかったんだ。やっぱり、気軽に会えないのってすごく寂しかったし、電話だけじゃ全然足りないもん。ずっと一緒にいたから、一緒にいるのが当たり前になってたけど、こうして離れてみて、僕には肇しかいないって、改めて分かったんだ。肇はどう? 同じ気持ちだと嬉しいんだけど」
快楽に浮かされ朦朧とした頭で考えるまでもなく、肇には分かった。今日一日、調子が狂いっぱなしだった理由。薫にペースを乱されてばかりだった理由。肇も、薫に会えなくて寂しかったし、薫に会えて嬉しかったのだ。
久しぶりに会えて浮かれていたし、二人きりのデートも楽しみにしていた。薫のこの美しい瞳に己の姿だけが映される幸福を、薫に躰の隅々まで愛される悦びを、肇は既に知ってしまっているから。だから、今日一日ずっと落ち着かなかったのだ。
「み、るな……」
肇は目を伏せてそっぽを向く。薫に捕らえられ、手で顔を隠すこともできない。逃げ場はない。けれど、本当は見られたい。薫に見つめられる喜びを知ってしまっているから。この身にしっかりと教え込まれているから。だけど、見つめられすぎたらおかしくなる。穴が空いて、蕩けてしまいそう。
「はーじめ。こっち向いてよ」
「んん゛……」
「もー、素直じゃないんだから。でも、そういうとこも好きだよ」
そっと顎を取られ、唇が重なった。小鳥のように啄まれ、唇を優しく舐められて、それから。
「んっ♡ んん……♡」
柔らかい舌が挿し込まれた。口の中も薫でいっぱいになる。歯列をなぞられ、上顎を撫でられ、舌を吸われて、快楽がじわじわと全身に広がる。元は肇が教えたことなのに、今や薫に蕩けさせられてばかりだ。
「ふぁ♡ ぁふ、ンぅ……っ」
口の端に残る古傷を執拗に舐られる。皮膚が薄いせいなのか分からないが、ここを責められるとひどく感じてしまう。ビクビクと腰が跳ねて、悦びに胎の奥が濡れている。薫もきっと分かっていて、この傷痕をしつこく舐るのだ。
「か、ぅ……もっと……」
「奥がいいの?」
「んっ、んン゛……♡」
ぐり、と奥を捏ねられ、肇は身悶えた。
「あ、と……こっちも……っ」
豊満な乳房もとい胸筋を、肇は両手で支える。愛される準備が万端に整ったまま放置されていた乳首が、痛いくらいに充血して張り詰めていた。
「……っ」
薫は息を呑む。と思えば、いきなり激しく腰を打ち付けた。肇は大きく仰け反り、引っくり返ったような嬌声を上げる。
「ひぐっ!? んぁああぁ゛……っ!!」
「肇ってば……ほんと、僕を煽るのがうまいよねっ!」
「ぃや゛、だめっ……! いく、いぐ、い゛ぃっ……!!」
勃起した乳首をきつく抓られ、捏ねくり回され、奥を激しく突き上げられて、肇の淫穴は媚びるように収縮する。薫の眼差しに射抜かれて、肇はドライオーガズムに至った。しかし薫は止まるどころか、一層荒々しい腰使いで肇を苛む。
「あ゛ぁっ!? あっ、やだっ、いって、おれもう、だめっ! いってぅ゛からぁ゛!」
「うん、でも僕はまだだから」
「んぁ゛あ♡ あっも、むりだっ、むりっ、いって、ぇう゛……っ!!」
浮いた腰に手を回して抱きすくめられ、密着した状態で最奥を責められ続ける。肇はほとんど動くこともできないまま、弱々しく首を振って涙を散らした。
「ん゛っぁ♡ は、ぁあ゛んっ♡」
抗えない快楽が波のように押し寄せる。無理やり高められ、絶頂から降りてこられない。躰が狂ったようにのたくっている。勝手にナカが締まり、薫の熱を鮮烈に感じてしまって、それをまた快感として受け取って、愉悦に狂う。潤んだ視界に、美しくも獰猛な薫の表情だけが煌めいている。
「あ゛っ、ゃ゛♡ いく、いぐっ、いくっ、ぁ゛ぅ……っ!」
もうずっとイッているのに、健気にそんなことを口走ってしまう。薫は幸せそうに微笑んで、肇の頬を両手で包んだ。
「うん、一緒にイこうね」
深く深く口づけられた。舌を絡めて唾液を吸って、呼吸までをも奪われる。肇も薫が欲しくて堪らなくて、夢中で舌を絡めた。メープルシロップより、アイスクリームより、ドーナツなんかよりもっと甘い、薫の味。全身隈なく愛されて、肇は再び絶頂へと放り投げられた。
胎内に種をたっぷり注がれる。空っぽの胎を満たす薫の熱を感じながら、肇はうっとりと目を瞑った。躰の芯から蕩けそうだった。
ともだちにシェアしよう!