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第一話
【プロローグ】
午後二時。大通りの車の音が騒がしくて目が覚めた。
普通の生活をしていたら、今起きるなんてことはないだろう。
大学を休んでから数か月、すっかり昼夜逆転生活をしてしまっている。
カーテンを開けて外を見る。
少し白い雲がかかった青空。散りかけの桜。半袖を着ている人が増えてきた気がする。
もう花粉もマシになってきただろうか。
そう感じるたびに、あの日の出来事を思い出す。今でも夢なんじゃないかと思ってしまう。
丁度、一年ぐらい経ったかな。あの日も今みたいに学校を休んでいたな。
生活感のないワンルームの部屋で、唯一お気に入りの本棚に飾っている写真を見つめる。
次第に部屋が暖かい光に包まれて、僕はまた夢に落ちていった。
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「はあ~、疲れた~」
重たい体を起こして朝から大学へ行き、数時間の講義を受け、ようやく帰ってきた。
時刻は昼過ぎ。最近は歩くだけで汗が少しにじむ。運動不足も相まって余計に疲れた。
とりあえず服をジャージに着替え、水を一杯飲む。冷蔵庫に入れるのを忘れていたから氷を入れようと思ったが、無い。そのため、常温でぬるくなっている。
着ていた服を脱衣所に持っていき、洗面台で顔を洗う。鏡の自分と目が合った。疲れている顔をしていて、生気をあまり感じない。
「…大学、休もうかな。」
鏡の自分は否定も肯定もしない。
大学では、特に人間関係が悪いわけでも楽しくないわけでもないが、そもそも友達がいないし、興味のない話を聞いているだけだ。たったそれだけ。
それだけなのに、なぜかすごく疲れる。
顔と手を拭き、キッチンへと向かう。
朝から何も食べていないからお腹がすいた。近所のコンビニで買ったカップラーメンをストックしているから、一つ取り出して蓋を開け、やかんでお湯を沸かす。今日は醤油ラーメン。
少しウトウトしながらスマホを触って、お湯が沸けるのを待つ。
ピーっという音でハッとし、慌てて火を止めてお湯を注ぐ。
出来上がるまでの三分間が少し長いんだよな、と思いながらまたスマホを触った。
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お腹を満たし、一息ついたところで、いつものアレをやろうと思う。
毎日やらないと一日が終われないし、眠れない。誰にだってそういうことがあると思う。
僕の場合は、自慰行為だ。
人間の三大欲求らしいし、性欲は生活に欠かせないと思う。なにより気持ちいい。幸せホルモンとか出るのかな、きっと。多分。
ジャージのズボンを脱ぎ、ベッドの上に座って体制を整える。左手にスマホを持ち、右手で柔らかい竿を触る。
ササっとスマホの写真フォルダにある動画を漁り、今日のオカズを選ぶ。
厳選して選んだ動画を観始め、興奮で竿が硬くなってきたところで、右手を添えてゆっくりと上下に動かす。
興奮が高まり、動かす手が速くなるにつれて息が荒くなる。次第に竿の先から透明な液体が垂れ、それを潤滑剤にして動かす。
「…っはぁ…やば…」
動画のシーンがいいところに入り、妄想で興奮が高まる。
卑猥な音が室内に響き、視覚、聴覚が刺激されて敏感になり、鼓動が速くなっていく。
「ぁ…んっ……イく…っ」
快感が最大に達し、声を吐き出す。
「イくっ……イくイくイくっ……」
手を速く動かし、欲を…
吐き出す寸前で、風が吹き、ふと窓際に視線を向けて気を逸らしてしまう。
『こんばんは』
「っえ……」
逆光で姿はよく見えないが、そこにいる誰かの優しい声が耳に響いた。
目に入った光景に驚き、瞬時に手を止める。
が、勢いで欲を吐き出してしまった。
「~~~っあ…!」
『えっ、』
白い液体がベッドに飛び散る。驚いた様子でこちらを見ているその人がなにか言っているが、次第に視界がぼんやりとしてきて、その光景を最後に僕は意識を失った。
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「…ん」
顔に何かが触れている感覚に、次第に意識が浮上する。
まだ少し頭がぼんやりしていて、瞼を開けるのも億劫に感じる。そういえば何をしていたんだっけ。
やっとの思いで瞼を開けると、目の前に知らない男の子がいた。
「んぇ、だれ…?」
第一声でみっともない声を発してしまった。
だがそれも、この状況では仕方のないことだ。
目が覚めたら知らない男の子が自分のベッドの上にいる状況…なんて、滅多にないだろう。昨日はワンナイトなんてした覚えはないし、そもそも何をしていたかも覚えていない。
今は何時だ…?
『はぁ~やっと起きた!一時間も起きないから死んじゃったのかと思った』
「死ん…!?え!?」
混乱している頭で今の状況を整理していると、明るい声で男の子が大げさな事を言い、思わず驚いてしまった。
『半分冗談だから安心してよ』
優しく微笑みながらそう言うのを見てホッとしたのも束の間、半分冗談ということは半分本気ということだろうか。
安心するどころか、余計に困惑して頭が痛くなってきた。
「何も安心できないんだけど……というか色々気になることがありすぎて…」
頭が冷えてきたところで、色々と聞きたいことがありすぎる。
ベッドの上で正座をしている男の子に、少し目線を上げて話しかけた。
『あぁ、そうだよね。それじゃあ自己紹介でもしようか』
忘れていた、というような表情を見せた男の子が少し可愛らしく感じた為、それを隠すために下を向く。
そして優しく瞼を閉じてそう言った男の子は、またゆっくりと瞼を開き、大きな瞳をこちらに向けながらこう言った。
『初めまして、優斗くん』
心臓が大きく鳴り響く。
ゆっくりと言葉を発した男の子…いや、彼は、先程とはまるで違う低い声色で僕の名前を呼んだ。名前を呼ばれた驚きで目を見開き、思わず彼を見る。
そこには、優しい表情をした男の子がいた。
だが、先程の低い声は彼から発せられたのだ。見た目と声が合っていないとはこういう事だろう。
彼の雰囲気、張り詰めるような空気、今の状況。
途端に様々な不安に駆られ、冷ややかな汗が額に滲む。そして僕は彼に視線を奪われたまま、乾いた喉で息をのむ。
『僕は死神です』
開いている窓から冷たい風が吹いてきて、彼の髪を揺らし、僕の首を撫でる。
雲が月を隠し、月は部屋を暗くする。
彼の姿がぼんやりと滲み、僕は目を細める。
『君の魂を、頂きに来ました』
瞬間、甘い香りが漂い、首筋に冷たい金属のような感触を感じたのを最後に、僕の意識は途切れた。
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