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第1話

中編です(長編版がAmazonベストセラー入りしました。1/29.2024) ********* 「僕は偽者のオメガ花嫁です! どうぞ僕を処刑してください!」  フウル・ルクセンは王座の前でパッとひざまずいた。  国王の顔を見る勇気はなかった。  冷たい大理石の床に両手をついて、ギュッと目を閉じて、殺されるのを覚悟する。  頭の中は真っ白だった。心臓がドキドキと早鐘のように鳴っている。息をするのも苦しいほどだ。 「⋯⋯ぼ、僕は、陛下が待ち望んだ花嫁ではありません。僕は、国民に嫌われている王子です。陛下を騙してもうしわけありませんでした⋯⋯」  涙があふれた。その涙を指で拭おうとしたら、指先がブルブルと激しく震えた。 「僕は⋯⋯、僕は⋯⋯」  必死で言葉を続けようとしたとき、誰かがゆっくりと近づいてくる。  フウルはハッとして顔を上げた。  すると——。  背が高くてたくましい男性の姿が見えた。  とても若かった。十八歳のフウルよりきっと五、六歳年上だろう。  砂漠の砂のようなくすんだ金色の短髪をしている。  瞳はガラス細工のようにきらめく不思議な色で、吸い込まれそうなほど透き通っている。  人間離れした美貌の持ち主だった。もしも動かなかったら彫像と見間違えてしまったかもしれないほどだ⋯⋯。  男らしい眉の下の切れ長の目が、じっとフウルを見下ろしている。  広間に集まった貴族たちが、 「陛下」  と、いっせいに頭を下げた。  ——この方がリオ・ナバ国王陛下?  フウルは慌てて頭を下げた。震える声で繰り返す。 「ど⋯⋯、どうぞ偽者の僕を⋯⋯、僕を、処刑してください!」  すると頭の上から、暖かさと優しさに満ちた低い声が、ほんの少しだけ笑いを含んでこう言った。 「とりあえず——、落ち着こうか?」 *****  十日前——。  ナリスリア国の城の中庭には、美しく着飾った王侯貴族たちが集まっていた。  王妃主催の午後のお茶会だった。菓子や銀食器を抱えた侍女たちが右に左に忙しく走り回っている。  赤や黄色のバラが咲き乱れる春の庭。大きくて真っ白な天幕が張られ、天幕の中にはやはり真っ白なクロスがかけられた丸いテーブルがいくつもある。テーブルの上には色とりどりのクリームケーキや焼き菓子がたくさん並んでいる。  うっとりするほど甘くて美味しそうな香りがして、銀製のティーポットが明るい日差しにキラキラと輝く幸せで美しい光景⋯⋯。  だが、そこにいきなり、甲高い女性の声が響き渡った。 「わたくしの命令が聞けないのですか?」  王妃——黒髪で長身のエリザベートが、きびしい顔で叫んだのだ。 「い、いえ⋯⋯、もちろんそうではありません、義母上⋯⋯」  金色の巻毛のスラリとした青年が、地味な黒いフロックコート(長上着)の裾を、細かく震える指先で強く握りしめている。  ナリスリア国の第一オメガ王子の、フウル・ルクセンだ。  柔らかくカールした金髪をしていて、その髪が小さな白い顔のまわりで踊るように揺れ動いている。  瞳は暖かい南国の青い海の色。こぼれ落ちそうなほど大きな目に白い肌をしている。オメガらしい中性的で美しい容姿の十八歳の王子だ。  けれども、フウルの視線や動作は落ち着きがなくて絶えずビクビクとしていた。まるで毎日殴られているせいで、常に怯えている子犬のようだ⋯⋯。  服装も王族とは思えないほど質素だった。黒いフロックコートには紐飾りすら一本もない。 「いいですか、フウル。よく聞きなさい! おまえはラドリア国のアルファ王に嫁ぐのです、これは義母として、そして、王妃としての命令です! 逆らうことはできません!」 「は、はい⋯⋯」  フウルの細い首には、黒い布製の『オメガ襟』が巻かれていた。これもまたそっけないほど地味だ。  オメガ襟——とは、オメガの首から自然に出るフェロモンを隠す装飾襟のこと。  この世界には男と女という性の他にもう一つの性、アルファ・オメガ・ベータが存在していた。  多くの人々はベータで、ベータにはこれといった特徴はない。  人口の一割ほどがアルファで、アルファ性を持って生まれた者はあらゆる能力に秀でていた。その統率力と高い頭脳ゆえに自然と支配階級にこのアルファが多い。  オメガはもっとも人口が少なくて、アルファを魅了するフェロモンを首筋のフェロモン線から出すことができるという特徴があった。  そしてフウルは、このオメガだ。  フウルはいつも、このオメガの嗜みの『装飾襟』を、生真面目に、ほんの少しの乱れもなくキツく巻きつけている。神経質にそのオメガ襟に触れながら、「でも⋯⋯、あの⋯⋯、僕は⋯⋯」とオロオロと小声で呟いた。  心臓が飛び出しそうなほどドキドキしていた。普段は決して呼ばれない晴れやかなお茶会。どうして今日は招かれたのだろうと不思議に思いながらも、ほんの少しだけ期待してここにやってきたのだ。  ——もしかしたら、義母上は僕のことを認めてくださったのかもしれない?  だけどそうではなかった。  王侯貴族や大臣たちが集まる前で、「ラドリア国のアルファ王に嫁げ」と命じるためだったのだ。  フウルの手のひらは緊張と驚きで汗ばんでいた。背中にも冷たい汗が流れていき、気分がどんどん悪くなっていく。  ——ラドリア国に嫁ぐのは弟のヘンリーのはずなのに、いったいなにが起こっているのだろう? 続く (中編なのでサクッと連載して完結させたいと思っています!よろしくお願いします) ※このお話し(中編)を元に書いた長編版がAmazonで『偽花嫁と溺愛王』として出版していただきました。追記⋯⋯Amazonベストセラー入りしました。

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