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第9話

 リオ・ナバ国王の髪は、月の光に輝く砂漠の砂のような金色だ。後ろは短く、前髪は少し長めに整えている。  それが男らしい顔立ちによく似合い、アルファのたくましさと力強さを強調していた。若さに似合わぬほどの国王の威厳も全身から漂っている。  誰もが自然に頭を下げてしまいたくなるような一国の王の姿だ。  そんなリオ・ナバ王は、柔らかな笑みを浮かべて、扉の前から動かない。じーっとこっちを見ている。あまりに強い視線なので、フウルはまたなんともいえない甘さのあるドキドキを感じ始めた。  顔が赤くなっていくのが自分でもわかる。じっとしていられなくて、下を向いたり上を向いたり⋯⋯。それからやっと挨拶をしなければと気がついた。 「⋯⋯陛下のお心遣いに、か⋯⋯、感謝いたします」  丁寧に膝を折って礼をした。  すると急にリオ・ナバ王の表情が変わった。笑みから、なにか心配なことが頭に浮かんだような顔に——。  王が、軽く手を上げて従者たちに命じる。 「王子はお疲れのようだ——。皆、下がれ」  低くて、とても温かみのある声だった。聞いていると、「なにも心配なことは起こらない」とすら思ってしまうほどの力強さもある。国王は顔立ちだけでなく声も素晴らしく魅力的なのだ。 「はい、陛下!」  赤毛の従者のミゲルを先頭に侍女たちがサッと部屋から出ていく。  暖炉の火が燃える寝室に、フウルと、リオ・ナバ王だけが残された。  雨の音と暖炉の炎がパチパチと弾ける音が響く。 「この部屋は気に入ってもらえたかな?」 「は、はい——。とっても素敵な部屋です、ありがとうございます」  答える声がかすれて細かく震えてしまった。王の視線がずっと自分から離れないので、ドキドキも止まらないのだ。 「もっと火を強めようか?」  リオ・ナバ王が自ら暖炉の火を調節しようとする。 「え? 大丈夫です、僕が自分でやります!」  慌てて暖炉に走って、炭をかき混ぜる火かき棒に手を伸ばす。  その手が、王の手に触れてしまった。 「失礼いたしました!」  パッと手を引っ込めた。ドキドキしていた胸が、今ではもっと激しくなってしまって、もうほんとうに胸から心臓が飛び出すんじゃないかと思うぐらい、バクバクと鳴っている。  ふたりの顔もものすごく距離が近い!  ——まつ毛、長い⋯⋯。  リオ・ナバ国王のまつ毛はびっくりするほど長くて瞬きをする音が聞こえるかと思うほどだった。  ガラス細工のような薄い色味の瞳には、暖炉の炎のオレンジ色の灯りが映っている。キラキラ⋯⋯、キラキラ⋯⋯。輝いていてとても美しい。  思わずうっとりと見惚れてしまった⋯⋯。 「王子?」 「え? あっ! ⋯⋯お、お近くに寄ってしまい、失礼いたしました!」 「いや、そうではなくて——。かなりお疲れのようだ。もう休まれたらどうだろう?」 「は、はい! ——では、失礼します!」  逃げるように飛び上がって立ち上がり、寝台へ登った。リオ・ナバ国王にじっと見つめられてしまうと、なぜだかものすごく緊張するのだ。  ——どうしてあんなに見つめてこられるのだろう?  変な顔をしているのかな? どこか、おかしなところがあるのかな?  天蓋(ベッドの飾り布)の白いカーテンの中で考えた。  布を透かしてリオ・ナバ国王が部屋を横切ったのが見える。  ——あれ? こっちに近づいていらっしゃった?   と思ったら、サッとカーテンが開いて国王の顔が見えた。 「わっ!」  思わず驚きの声を上げてしまう。 「そんなに驚かなくても⋯⋯」  クスクスと国王が笑った。男らしくハンサムな顔立ちは無表情だと威厳にあふれて少し怖いぐらい迫力がある。だけど笑うと少年のように明るく無邪気な雰囲気に変化した。 「王子?」 「は、はい!」 「慣れない場所だと眠れないだろう? 子守唄でも歌おうか?」 「え? 子守唄?」  国王が僕に子守唄を歌ってくださる?  そんなことをお願いしていいわけがない。しかも自分はこの国を騙していた人間なのだ。 「と、⋯⋯とんでもないことでございます、陛下! 僕は大丈夫です!」  あまりにびっくりしすぎて、羽枕をギュッと抱きしめた。羽枕は巨大でふかふかだ。  国王の切れ長の目はピタリとこっちを見つめて離れない。 「これでも歌は上手い。我が国に古くから伝わる子守唄を披露しましょう」  と言いながらフウルから少し離れた位置に座った。  ——ど、どうしよう⋯⋯。  ますます枕をギュッと握りしめてあたふたする。 「さあ、目を閉じて——」  うっとりするほど心地よい低い声に言われると、逆らうことはできなかった。 「はい⋯⋯」  うなずいてパッと目を閉じた。  子守唄は、少しだけ切ない唄だった。アルファとオメガの恋人同士が、ふたりだけで砂漠を彷徨い続ける話だ。  リオ・ナバの低い歌声は暖かくて美しい。聴いていると胸の中の固まった不安が溶けていくような気がした。  ——きれいなお話しだなあ。  いつのまにか自分が処刑を待つ身であることすらも忘れた。  そして、穏やかで、深い眠りに落ちていった。 続く

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