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第11話

 次の日——。  フウルはとても幸せな気持ちで目を覚ました。  頭の中には美しい子守唄のメロディーが流れている。  ——ここはどこだろう?  頭がぼんやりしてすぐにはわからない。だけどしばらくするとハッと気がついた。  ——そうだ。僕は偽の花嫁としてラドリア国に嫁いだんだ。これから処刑されるんだ。  一気に暗い気持ちになったとき⋯⋯。 「おはようございます、王子さま!」  ものすごく元気な声が聞こえた。赤毛の従者のミゲルだ。「いい天気ですよ」と言いながら勢いよくカーテンを開けた。  眩しい朝日が部屋中に満ちる。  チュンチュンと可愛らしい小鳥の鳴き声も聞こえてくる。  ——やっと雨が止んだんだ。  塩混じりの雨のせいでこの国の植物を全滅させてしまうことが心配でたまらなかった。フウルは少し安心しながら寝台を下りる。 「陛下からプレゼントが届いていますよ、王子さま」 「プレゼント?」 「はい、素晴らしい品々でございます、どうぞご覧ください」  ミゲルがクローゼットを開けると、クローゼットの中にはぎっしりと服が並んでいた。明るい色のフロックコート(長上着)、そしてそれにピッタリとあった色味のズボン。艶やかなシルクのシャツも何枚もある。  オメガ襟まで用意してあって、どの襟も複雑な装飾が入ったとても美しい品だ。ルビーやエメラルドの宝玉が飾られた襟まである。 「これを僕に?」 「はい! 王子さまはどんな色がお好きですか?」 「好きな色は⋯⋯」  好きな色はなんだろう? 黒っぽい服しか着たことがないので自分が好きな服の色がわからない。  それに今日こそは処刑されるはずだった。  処刑の日にふさわしい色は、たぶん明るい色ではないはず⋯⋯。  クローゼットに並んでいる服はどれも明るい色ばかりだ。水色に緑、淡い桃色にレモンイエロー⋯⋯。処刑の日に着るには華やかすぎる⋯⋯。 「えっと⋯⋯、あの⋯⋯。もっと地味な黒っぽい色はないのかな? 昨日僕が着ていた服はどこだろう⋯⋯」  寝室を見回したときだった。 「よく眠れたか?」  魅力的な低音ボイスが聞こえてハッとする。  振り返ると、長身のたくましい男性が扉の前に立っていた。金髪の短髪に切れ長の目——彫像のようにハンサムなリオ・ナバ国王だ。 「お、おはようございます⋯⋯。はい、よく眠れました、お心遣いありがとうございます」  慌てて膝を折って礼をした。  国王の視線は昨日と同じようにピッタリとこっちを見つめて少しも離れない。  ——どうしてこんなに見つめていらっしゃるのだろう? やっぱり僕の顔が変なのかな?  ドキドキが止まらなくなって困ってしまった。このドキドキは苦しくはなくて、それどころか心がウキウキと楽しくなるような、とても奇妙なドキドキなのだ。  ミゲルが王に言う。 「陛下——、王子さまは黒い服がお好きだそうなんですけど⋯⋯」 「黒い服は用意しなかったな。だが、王子——。あなたにはきっと明るい色が似合うと思う。俺が選んだ服は、嫌か?」  昨日と違って口調が砕け、からかうような軽い響きがあった。引き締まった口元には笑みが浮かんでいる。 「でも、僕は⋯⋯」  処刑される身で明るい服を選んでいいのだろうか?  悩んでいると、リオ・ナバ王はクローゼットから服を選び始めた。 「このグリーンも美しいな——」  独り言のように呟きながら、若葉色のフロックコートを取り出す。襟元に華やかな刺繍がほどこされた美しい長上着だ。それにピッタリと合う白いズボン。真っ白でたくさんのフリルが入った華やかなブラウスも手に取った。  そして青いサファイアが飾られた美しいオメガ襟も⋯⋯。 「これにしよう」 「え? これを?」  こんなに豪華な装いをしたことは生まれてから一度もないのだ。ナリスリア国でフウルに用意されていた服はどれも黒か灰色だった。 「でも僕は、あの⋯⋯」  戸惑っていると、ミゲルが、「さあ、こちらへどうぞ、王子さま!」と衝立ての後ろにうながした。  引っ張られるままに連れて行かれ、あっという間に着替えが進んでいく。  着替え終わると、ミゲルに押し出されて衝立ての外へ——。 「ちょっと待って!」  オメガ襟の巻き方がゆるいような気がした。このままでは首筋をリオ・ナバ王に見られてしまう。リボンをキュッと引き絞って、襟を整えた。 「そんなにきっちり巻かれるのですか? せっかくのお美しい首が見えなくなるのに⋯⋯」  ミゲルががっかりした顔をする。 「王子さまがそれがお好きなら仕方ないですね。陛下、王子さまのお着替えが終わりました!」  衝立ての外へ出ると、リオ・ナバ王は、文机の前に長い足を組んで座っていた。手の中で羽ペンをクルクルと回している。 「なんと⋯⋯」  フウルを見た瞬間、王は羽ぺんをポトリと床に落とした。ものすごく驚いた表情で、じーっとこっちを見つめてくる。  ——きっと、すごくみっともないんだ!  そう思って顔がカッと熱くなった。慌てて衝立ての後ろに戻ろうとしたら、後ろにいたミゲルとドンッとぶつかって、「失礼しました!」「ごめんね」とふたりであたふた⋯⋯。 「お似合いだ、とても美しい。——だが、王子の青い瞳にはこちらも似合うかもしれない」  国王は椅子から立ち上がり、すごく楽しそうな表情でコバルトブルーの上着を選んだ。  ミゲルに渡すと、ミゲルはまたフウルを引っ張って衝立ての後ろへ入れた。  逆らうこともできないほどあっというまに、こんどは美しいコバルトブルーの上着に着替える。  また衝立ての外へ行くと、リオ・ナバ王は満面の笑みだ。 「思ったとおり、とてもよく似合う——。自分でもそう思うだろう?」  と、大きな鏡を示した。  ——これが、僕? 続く (このお話しは中編です。どんどん更新してサクッと完結までいきたいと思っているので、いいねやリアクションなどもしよかったらお願いします。長編版『偽花嫁と溺愛王』がAmazonでベストセラー入りしました。もしよかったらAmazonを覗いてみてください。濡れ濡れオメガの『初夜編』や、ほのぼの『子育て編』の短編付きです。タイトルは『偽花嫁と溺愛王』です。表紙は同じです。

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