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美しい彼

<sideクリス> アンドレア国王が治める我がビスカリア王国は、地下資源が豊富な上に花と緑に囲まれた美しく豊かな国だ。 これまで長期に渡り、我が国の資源を求めて隣国との戦いが常に起こっていたが、300年ほど前に突然救世主が現れ、そのお方のおかげで兵力が上がり、それ以来争いとは無縁の国となったと言われている。 実はその救世主が異世界から現れたという話は、代々王族にのみ伝承されてきた。 それはもし、また救世主が現れたときに王家で大切に保護するためだ。 私の父・ジュリアーノは現国王の弟で、父もまたその話を受け継いできた者の一人だ。 バーンスタインという公爵位を賜り、私はその嫡男として生を受けた。 私も王家の一員として成人前にその話を受け継いだが、この世界でもはや争い事が起こることはないだろう。 なんせ、300年もの長い間、争いとは無縁な生活をしてきたのだ。 だから、もう我が国に救世主が現れることはないと思っている。 今となれば異世界から来た救世主という話そのものが眉唾ものなのかもしれないとさえ思っていたほどだ。 それでも争いを続けてきた歴史から、ビスカリア王国には国を守るための騎士団が存在する。 私は恵まれた体格と身体能力の高さから現国王直々に騎士団団長としての命を受け、公爵の跡継ぎと騎士団団長を兼務している もう10年ほど騎士団としての訓練を続けながら、次期公爵としての勉強も続けているが、最近父の具合が悪く、そろそろ騎士団団長の職を辞して、公爵としての職務だけに心血を注ぐ覚悟を決めた方が良いのではないかと思っていた。 そんな時だった。 最近隣国でおかしな動きが起こり始めたのは。 国境の警備を潜り抜けて、我が国に潜入した輩の数は日に日に増しているとの報告を受けている。 平和ボケしていたと言われてしまえばその通りなのだが、昔に比べると10倍以上も広大になった領土を守る騎士の数が圧倒的に足りないのだ。 まだ王都まで輩が乗り込んできたという話は聞いていないが、それは時間の問題だろう。 決してこの国にまた戦火が起きぬよう、私は騎士団長として最善を尽くさねばなるまい。 その一心で今までよりさらに訓練の時間を増やし兵力増強に努め、その成果が少しずつ出てきている。 そこに慢心があったのかもしれない。 訓練帰りに、輩10人ほどに囲まれ一瞬の隙を突かれて怪我を負った。 そのあとは全ての神経を集中させ全て返り討ちにしてやった。 だが、とうとう輩が王都までやってきてしまった。 これは国王さまにすぐにでもご報告しなければ! そう思った瞬間、途轍もない閃光と雷鳴のような激しい音を間近で浴び、気づけばあの暗闇に立っていた。 みた事のない建物。 これは王都には決してなかったものだ。 そして、地べた近くに蹲る小さな物体。 これは……子ども? こんな暗闇に子どもが一人でこんな場所で何をしているのだ? あまりにも突然の出来事にその子どもをじっと見つめていると、それがゆっくりと立ち上がった。 どうやら私がいることにまだ気づいていないようだ。 だが、子どもになんと声をかけたら良いのか……。 あまり子どもと関わったこともない私にはかなりの難問だ。 とはいえ、その子ども以外に誰の姿も見えないのだから、今の状況を知るためにはその子どもに声をかけねばならない。 結局私はいつもと同じような声で尋ねるしかできなかった。 「ここはどこだ?」 そう尋ねると、その子どもは暗闇で良くは見えないものの、化け物でもみるような怯えた顔で私に振り返ったような気がした。 あの時と同じような眩い光を私に当てながら。 この光……まさか、あの閃光はこの子どもが起こしたのではあるまいな? そんなわけはないと思いながら、あまりの眩さに声を(あら)らげるとその子はサッと光を下に向けた。 一体なんの光か気になるか、それよりも今の状況を明らかにする方が最優先事項だろう。 だが、私が問いかけるよりも前にその子どもが私に何者かと尋ねてきた。 公爵家次期当主であり、由緒あるビスカリア王国騎士団団長でもある私に、自分の名も名乗らずに声をかけてくるとは……。 礼儀知らずもいいところだ。 子どもとはいえ、身分が違うということは分からせておくべきだろう。 そう思ってわざと突き放したように、 「人に名を尋ねるときはまず己から名乗るものだと思うが」 と言ってやった。 私の言葉に混乱したその子は、きっと自分の無礼さに気づいて誠心誠意謝罪の言葉を口にすると思っていた。 しかし、その子は謝罪の言葉を口に仕掛けた瞬間、私の腕の傷に気づいた。 あの輩に隙を突かれて負った傷だ。 あまりの混乱にすっかり忘れてしまっていたが、すぐに止血をした方がいい程度には傷ついていそうだ。 だが、こんな子どもに恥をみせるわけにはいかない。 最大限虚勢を張ってみたが、その子は私の血溜まりに怯むこともなく、家で応急処置をするから一緒に来いと言い出した。 こんな子どもに応急処置などさせるわけにはいかない。 そう思ったが、子どもとは思えない程の勢いに押されて、私はどこかへ連れて行かれた。 到着したのは騎士団の詰め所よりもずっと古ぼけた建物。 扉だけが並んでいるその不思議な建物の角に連れて行かれると、その子は小さな鍵を取り出し扉を開けた。 どうやらこの一角だけがその子の家のようだ。 納戸のような小さな入口を開けると、奥にも小さな部屋が見える。 こんな小さな家があろうとは……驚きだな。 ぱちっと電気をつけ、彼の顔が初めて綺麗に見えた。 「ーーっ!」 なんて……美しいんだ……っ。 あの子どもがこんなにも美しいなんて……。 彼の美しさに戸惑っていると、手を取られ部屋の中に入れられる。 彼はすぐに怪我をしている私の手に綺麗な布を巻きつけたかと思ったら、急に私の足元にしゃがみ込んで足を上げろと言い出した。 何をする気なのか分からず混乱していると、途轍もない勢いで、 「もうっ! いいから、早く!」 と美しい顔で怒られる。 今まで私に対してこんな声で接してくれたものは誰一人いない。 彼は一体何者なのだ? 抗うこともできずに足を上げると、あろうことか、彼は自分の小さな膝に私の足を乗せ丁寧に靴を脱がせてくれた。 靴を脱がすのは、ベッドを共にする者だけなのだが……彼はそれをわかっているのだろうか? 茫然と彼が靴を脱がすのを眺めていると、あっという間に靴を脱がし終えた彼が私を奥へと(いざな)う。 まさか奥が寝室になっているのではないだろうな? 緊張しながら中に入ると、そこには初めてみる床があった。 板ではない、不思議な素材の床は板よりもずっと座り心地が良かった。 彼は何か準備すると言って私のそばから離れた。 その間に彼から着せてもらった見慣れぬ衣装を脱いでおいた。 思っていたよりも暖かく着心地も良かったが、肘から下が血に染まっている。 汚してしまって申し訳ない。 少し冷静になり辺りを見回すと、見慣れないものでいっぱいだ。 ここはおそらく私の知っている世界ではない。 ビスカリア王国に来た救世主が異世界から来たのと同様に、私も彼方からこの異世界にきてしまったのではないだろうか? 眉唾物だと思っていたが、あれは事実だったのだろう。 そう考えれば全てが納得がいく。 だが、国家の一大事に救世主が来るのではなく、なぜ私の方がこちらに行くことになったのだろう? それに彼と出会ったのは何かしら意味があるのだろうか? まだ分からないことだらけだ。

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