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私の誓い

誰も帰ってくる気配もないが、ここはトモキだけの家なのだろうか? 見回してみるに、複数で住んでいるような形跡はない。 やはりトモキは子どもではないのだろう。 だが、どれだけ多く見積もったとしてもおそらく成人して数年経つかどうかといったところ。 それ以上には到底見えない。 不便なことも多いだろうに、ここに一人で暮らしているとは……。 一体どのような境遇なのだろう。 尋ねたいが、まだそこまでの関係ではない。 まだもう少し、トモキと心を通わせなくてはな。 しばらくトモキを待っていると、手に何やら持って戻ってきた。 着替えだと言って手渡してくれたのは、どうみてもトモキのものには見えない。 今着ているものとは色も生地も違う気がする。 これは一体誰のものだろうと思っていると、 「父の服ですけど、まだ着ていない服なので大丈夫です。クリスさんには少し小さいかもしれないですけど、僕の服よりはまだ着られるはずですよ」 と教えてくれた。 トモキの父上の服。 これはどういう意味を持つのか……。 ここで父上と一緒に住んでいるということなのか……それとも……。 綺麗に畳まれている服を本当に私などが着ても良いものなのか悩むところではあるが、着替えを持たぬ以上借りる他に手立てはない。 一番最初に袖を通してしまって申し訳ないと思いつつも、ありがたくそれを借りることにした。 そのまま着替えをして休むという流れになるのかと思っていると、身体を流した方がいいと言ってくれた。 確かに訓練帰りで汗をかいているから有難い誘いであるが、正直こんなにも小さな家に風呂があることに驚いてしまっていた。 案内されたのは、小さいながらも機能的な風呂場。 広いだけで何もない騎士団の風呂場とは雲泥の差だ。 そもそも我がビスカリア王国の一般庶民の家には浴槽はない。 それだけでこの家がいかに素晴らしいかがわかるというものだ。 部屋の小ささで勝手に庶民だと思っていた私の愚かさが露呈したな。 あまりにも驚いて茫然としていると、トモキが風邪を引いてはいけないからと私の服に手をかけてきた。 慌ててトモキの動きを制して、 「自分で脱げるからトモキの手伝いはいらぬ」 と言ったのだが、身分の高い者には世話がいるはずだといってきかない。 確かに10歳までの子どもならば、着替えや入浴の世話もやってもらう。 特に私のような高位貴族の嫡男ともなれば当然だろう。 しかし私はとっくに成人を超え、すでに30に限りなく近いのだ。 しかも、騎士団団長ともあろうものが、着替えや入浴に人の手を必要とするなどあり得るはずもない。 ましてや、トモキのような体格差のあるものに任せるなど無理に決まっている。 理由を告げ断ると納得はしてくれたようだが、まさか、トモキには世話をしている相手がいるのではないだろうな? トモキが世話をできるといえば、かなり小さな子どもになるだろうが、それでも何となく面白くない。 それはきっと、私にあれほど献身的に手当てをしてくれたトモキが他のものの世話役をしているとは思いたくないのかもしれない。 トモキがどこぞの誰かに献身的に尽くしていることがこんなにも許せないと思うなんて今までに芽生えたことのない感情だが、私は一体どうしてしまったのだろう……。 恐る恐るトモキに世話をしている者がいるのかと尋ねると、顔を真っ赤にして否定した。 「騎士団長さまって身分が高そうだからそう思っただけです。あの、じゃあ怪我に気をつけて服を脱いでこっちにきてください」 ひと足さきに風呂場に入っていくトモキを見て、まさか一緒に入るのか? と慌てて問い掛ければ、風呂の使い方を教えながら身体を洗ってくれると言い出した。 トモキが……私の身体を洗ってくれる……。 私の腕を握ってくれたあの小さくて柔らかな手で……。 身体中を隅々まで……。 そのまま私のモノに触れて…… くっ――!! 落ち着けっ!! そんなことあるわけがないだろう!! 私は必死に一人で入れると言い張り、少し呆れた様子のトモキに風呂の使い方を学んで一人で風呂に入った。 言われた通り、目の前のコックを捻ると湯が出始めた。 反対に捻れば水が出てくる。 一瞬にして切り替わるのか……。 この装置は我が国にも欲しいものだ。 身体を洗う石鹸も液体で出てくる。 それを手に取り、濡れた身体に撫でつければすぐに泡だった。 しかもなんといい匂いだろう。 これをトモキも使っているのか……。 そう思った瞬間、裸のトモキがこの泡を手につけ、私の身体を洗っている姿が目に浮かんでくる。 くっ――!! なんてことだっ! この私が想像だけでこんなにも昂るとは……。 まるで性を覚えたばかりの子どもではないか。 自分の未熟さを恥じながら、昂ったモノの処理をした。 ああ……ひとりで風呂で処理するなど何年ぶりだろう……。 このことは決してトモキには知られてはいけない。 己の心だけに留めておくことを誓い、風呂を出た。

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