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僕はひとりじゃない

<side智己> 一人で開店準備を行い、もうそろそろOPENの札を出す時間だけどな……とドキドキしていると、お店の奥にあるマスターの部屋の扉が開く音が聞こえてホッとした。 「ノガミ、これからは私に任せてくれ」 「ええ。クリスさんなら安心です」 さっきまでの張り詰めた雰囲気が嘘のような和やかな様子で部屋から出てきた二人は、まるで昔ながらの親友のように見えた。 「智己、お疲れさん。もう準備はできているようだな」 「あ、はい。そろそろ札を出そうかと思ってたところです。あの、それでマスター……クリスさんとのお話は?」 「ああ。包み隠さず全てを打ち明けてくれたおかげで、私も腹を割って話すことができた」 「えっ? じゃあ、その……クリスさんがどこから来たかも?」 「ああ、もちろんだ。智己が私に話すのを躊躇ったのもわかるな。こんなこと本当に起こるなど俄かには信じがたいからな」 「でもマスターは信じてくれたのでしょう?」 「ああ。彼の目を見れば真実を話しているかどうかくらいわかるからな。伊達に智己より年をとっていないよ」 そう言ってマスターはクリスさんに視線を向けると、クリスさんはにこやかな笑顔を返していた。 「それでだ、さっき智己が話していた保証人の件だが……クリスさんと智己には私の持っているマンションに移ってもらうことにした」 「えっ……でも、それじゃ……」 「まぁ、待て。智己が心配するのはわかるが、あの家に移ってもらうのは私のためでもあるんだ。家は人が住まないとどんどん傷んでしまうと聞いたことはないか?」 「あ、はい。だからマスターは時々あの家に行かれてますよね?」 「ああ。当分あの家に住む予定はないが、他人を住まわせるのも気が進まない。だから、時々手入れに行っていたが、智己とクリスさんが住んでくれたらその時間も要らなくなる。それにクリスさんが住んでくれればこれ以上ない防犯になるだろう?」 「あっ、確かに」 なんてったって騎士団長さんだもん。 あの時の刃物を持った人もあっという間にやっつけてくれたしな。 「だから、クリスさんと智己に住んでもらった方が空き家にしておくよりずっと安心だ」 「でも、マスターの持ってるマンションは家賃が……」 「その点は問題ない。防犯をしてもらうんだから家賃は通常より安くする」 「いいんですか?」 「こっちがお願いしたいくらいなんだ。当然だろう?」 マスターの優しさが胸に沁みる。 きっと僕とクリスさんのことを考えてのことなんだろう。 ここはマスターの優しさに甘えよう。 だって、僕だけのことじゃないんだもん。 「ありがとうございます。お言葉に甘えてお家をお借りします」 そういうと、マスターは嬉しそうに笑った。 「そうと決まれば、すぐに引越しの準備をした方がいい。あのアパートもすぐに出てくれと言っていただろう?」 「え、でも……今日はバイトが……」 「今日は臨時休業にしよう。こういうのはさっさと動いた方がいいんだ。すぐにアパートに業者を送るから、智己はクリスさんと荷物の整理をしておいてくれ」 「でも……」 「ほら、いいから早く」 マスターの勢いに押されるように、僕はすぐにクリスさんとアパートに戻ってきた。 とりあえず、要らないものをまとめているとクリスさんも一緒に手伝ってくれたおかげで、元々そこまで荷物もないのだから当然だけどあっという間に荷物の選別が終わってしまった。 「智己、業者を連れてきたぞ」 さっき引越しの話をしたばかりなのに、信じられない速さで引越し業者さんがやってきて、要るものと要らないものを告げただけでみるみるうちに部屋から荷物がなくなって30分もしないうちに、部屋は空っぽになってしまった。 「すごい……っ」 あまりの早技に茫然と立ち尽くしていると、 「トモキ、大丈夫か?」 とクリスさんが声をかけてくれた。 「あ、はい。大丈夫です。あまりにも早くて驚いただけで……」 「この部屋と別れることになって悲しいか?」 「うーん、そうですね。悲しいとか寂しいとかって感情は、この家に住むようになった時の方が強かったから、今は少しホッとしてます」 「そうか、そうだったな……」 きっとマスターから話を聞いたんだろう。 僕がこの家に住むようになった経緯を。 あの日、父さんたちが事故でいなくなって……今までの思い出も、これからの夢も希望も全て失って……それでもなんとかして生きていかなくちゃいけなくて……人生に悲観しながらこのアパートに移り住んだんだ。 いつか這い上がってこの家を出るんだと自分に誓ったけれど、結局自分の力ではここから抜け出せなかった。 クリスさんやマスターの優しさに僕は助けられたわけだけど、今、すごくスッキリした気持ちなんだ。 誓いを守れなかったのにそれはどうしてだろうと考えると、やっぱり……僕は一人じゃないんだって気づいたからかな。 隣で僕を優しく見つめてくれるクリスさんの存在が僕の中ですごく大きくなっている気がする。

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