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運命
〈sideクリス〉
あの時と同じ、眩い光に包まれながらも決して離したりはしないと必死にトモキを抱きしめていたのに、突然私の腕からフッとトモキの感触が全て消え失せてしまった。
まさか……私は、トモキを失ったのか……?
それを確認するのが怖い。
いや、絶対にトモキが何処かにいるはずだと、恐怖に震えながらもその可能性に賭け、私は目を開いた。
しかし、閃光がおさまった私の目には、目の前に居たはずのトモキの姿も、そしてタツオミが用意してくれたあの風呂場も影も形もない。
映るのは見慣れた無機質な空間だけ。
なんだ?
ここは……神殿か?
私は帰ってきてしまったのか?
トモキをあの世界に置き去りにしてたった1人で?
嘘、だろう……。
ついさっきまで人生で初めての幸せを感じていたというのに。
私のこの手にはトモキを抱きしめていた感触だって残っているのに。
なぜこんなことに……?
心の中にぽっかりと大きな穴が空いてしまったかのような喪失感でいっばいの私の耳に飛び込んできたのは、
「おおっ! クリスティアーノ! 良かった! 帰ってきてくれたのか!!」
大声で私の帰還を喜ぶ父上の嬉しそうな声。
満面の笑みで私の背中をバンバンと叩く父上の隣には、偉業を成し遂げたかのような達成感に満ち溢れた表情をした神殿長の姿もある。
もしかして、二人が私をこの世界に呼び戻したのか?
「クリスティアーノ、何を黙ったままでいるのだ? ようやく私の元に帰ってきてくれたというのに。早くお前の元気な声を聞かせて私を安心させてくれ」
「ジュリアーノさま。まずはお召し物をお渡しになった方がよろしいかと。裸体を晒したままでクリスティアーノさまも心許ないのではございませんか?」
「おお、そうだな。すぐにクリスティアーノの服を持て! ははっ。クリスティアーノ。それにしてもどうしてお前裸なんかで戻ってきたのだ?」
和やかな二人の姿に一気に怒りが込み上げる。
なんでそんなに笑えるんだ!
今頃……トモキは、一人で……きっと泣いているというのに。
ずっと一緒にいると約束したのに。
両親を突然失って、その傷も塞がっていないのに次は私を失ったら……トモキは……。
ああ、なんで私を呼び戻したんだ!!!
私はあのままトモキと一生共に過ごすと約束したのに!!!!
トモキを一生泣かせたくなんかなかったのに!!
なんで、なんで、なんでっ!!!
「おい、クリスティアーノ! いい加減に――」
「うるさいっ! うるさいっ!!」
「な――っ、なんだとっ??? お前っ――」
「なんで私を勝手に呼び戻したんだ! どうしてそんな勝手なことを!!! 私は……私は、永遠にトモキを失ってしまった……。あなたたちのせいで!! 私は……愛しいトモキをもうこの手に抱くこともできない! 全部あなたたちのせいだ! どうしてくれるんだ!!!!」
「クリスティアーノさま! 落ち着いてください!」
「うるさいっ! うるさいっ! お前が勝手に私を呼び戻したのだろう!! 今すぐに私をあの世界に戻してくれ!!! 早くっ! 今すぐにだ!!!!! 早く、早くするんだ!! 私に、トモキを返してくれーっ!!!」
もう感情のコントロールさえできなくなって、台の上でバタバタと踠いていると、
「クリスティアーノ団長! どうか落ち着いてください!」
私の身体を抱きしめ、落ち着かせようとしてくれる者がいた。
「誰だ! 離せっ! 私はトモキの元に帰るのだ!!」
「団長! 申し訳ございません」
「くっ――!」
それでも尚、踠き続ける私を取り押さえるためだろう。
グッと鳩尾に一発入れられ、私は意識を失った。
薄れゆく意識の中で、頭に浮かぶのは私を失い悲しみにくれるトモキの姿。
トモキ……私を許してくれ……。
<sideジョバンニ>
声を枯らす勢いで神殿に乗り込んだ瞬間、途轍もない光が神殿を覆い尽くした。
「くっ……眩しいっ」
一体何がこの神殿で起こっているのかはわからないが、通常では考えられないことが起こっているのは事実だ。
必死に目を開けようと試みるが、何も見えない。
一体どうなっているんだ?
しばらく経ってようやく光がおさまったかと思っていると、突然奥から大きな怒鳴り声が聞こえてきた。
この声は……もしや、クリスティアーノ団長?
まさか、間に合わなかったのか?
慌てて駆け寄ると、クリスティアーノ団長がバタバタと踠きながら大声をあげ続けていた。
隣では神殿長とバーンスタイン公爵さまがどうすることもできず茫然と立ち尽くしているだけ。
「うるさいっ! うるさいっ! お前が勝手に私を呼び戻したのだろう!! 今すぐに私をあの世界に戻してくれ!!! 早くっ! 今すぐにだ!!!!! 早く、早くするんだ!! 私に、トモキを返してくれーっ!!!」
団長のその言葉に私は全てを理解した。
ああ、やはり……団長は救世主さまと一緒に過ごしておられたのだ。
そして、神殿長の手によって引き裂かれてしまった。
なんてことだ……。
私がもっと早くにお二人を止めておけば……。
とにかく団長を落ち着かせなければ。
話もできない。
私は必死に団長に抱きつき、落ち着かせようと試みたが、運命の相手と引き裂かれたのだ。
そんな簡単に落ち着けるはずがない。
当然だ。
私は申し訳ないと思いながら、団長の鳩尾を叩き意識を失わせた。
これで悲しみを忘れられるとは言わないが、一瞬だけでも悲しみから逃れられるようにただ祈るばかりだ。
「ジョ、ジョバンニ。クリスティアーノは一体どうしてしまったのだ? なぜあんなに怒っていたのだ?」
バーンスタイン公爵さまは初めてみるご子息の姿に驚いておいでだが、今は説明する暇などない。
「申し訳ありませんが、今は悠長に説明している場合ではございません。クリスティアーノさまのことはどうぞ私にお任せくださいませ。くれぐれももう何もなさらぬようにお願いいたします」
「ジョバンニ!」
私は公爵さまの声を背に振り向きもせず、団長に自分の上着を被せ、急いで騎士団の私の自室へと向かった。
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