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途轍もない悲しみ

<sideクリス> トモキ……。 トモキ……私の手を離さないでくれ! 私たちは一生を共にすると約束したじゃないかっ! 誰だ? その男は! ダメだ! トモキに触れるなっ! トモキは私のものだ! お前なんかに渡すものか!! トモキーっ! 頼む!! 戻って来てくれっ!!! 「わぁああーーっ!!!!!」 身体中汗まみれになって飛び起きると、そこは見慣れた自分の部屋。 はぁーっ、はぁーっ。 あまりの恐怖にまだ息が落ち着かない。 これはどういうことだ? なぜ私はここにいる? トモキを失ったその恐怖がこんな夢を見させたのか? そもそも異世界に行ってトモキと出会ったこと自体が夢だったのではあるまいな? いや、そんなことはない。 私の身体はトモキが実際にいたことを肌で覚えている。 そして、トモキを失ってしまった悲しみも全て覚えている。 じゃあ、なぜ私はここに? 「団長! 目が覚めましたか?」 混乱する私に声をかけながら誰かが駆け寄ってきた。 この声は…… 「ジョバンニ?」 「はい。団長、心配しましたよ」 「私は一体どうしたんだ? なぜ私がここにいる?」 「その前にこれを飲んで少し落ち着いてください」 そう言って手渡されたのは、無味無臭の水のようだが 「何か薬でも入れているのではないだろうな?」 私がトモキと過ごした全ての記憶を無くすような薬でも入っているのではないかとつい疑ってしまう。 「大丈夫です、ご安心ください。少し鎮静剤が入っているだけです。団長はかなり興奮されてましたから。ご心配なら、私も一口いただきます」 そう言って、ジョバンニは私の手にあるグラスをとり、一口飲み込んだ。 「さぁ、どうぞ」 ジョバンニにこんなことをさせて申し訳ない気持ちを持ちつつ、グラスの水を一気に飲み干した。 じわじわと体内に広がっていく感覚がする。 どうやらかなり脱水していたようだ。 「助かった、ありがとう」 トモキを失った悲しさは一切癒える事はないが、途轍もない怒りと興奮は少し落ち着いた気がする。 これから何かをするにしてもその二つは邪魔になってしまう感情だからな。 「ジョバンニ。お前がここに運んでくれたのか?」 「はい。申し訳ございません、落ち着かせるために団長に一発……」 「ああ、覚えのない鳩尾の痛みはお前のせいだったか」 「申し訳ございません」 深々と頭を下げるジョバンニを見ても、腹が立つという感情はない。 むしろ落ち着かせてあの場から連れ出してくれて感謝している。 「いや、ジョバンニが連れ出してくれなかったら、私は父上と神殿長に何をしていたかわからない。これは冗談でもなんでもない。勝手にこの世界に戻したことの恨みは一生消える事はないだろう」 「団長……」 「どうした?」 「いえ……随分とお変わりになられたなと思いまして……。この数日でどういう心境の変化があったのですか?」 「ふっ。お前も最愛の人に出会えたらわかるだろうな……。私のこの身体をもがれたような悲しみは、永遠に癒える事はない」 「誰にも関心を持たれない団長をそんなにまで変えさせたお方は一体どういう方なのですか?」 「私の愛しいトモキは、まだ小さな子どものような見た目をしていてな、ひと()のない暗がりで出会った時には、なんでこんなところに子どもが……と思ったくらいだ。どう見ても平民といった出立(いでた)ちをしているくせに、何も名乗ることもせずに、声をかけてきて無礼者だとも思ってしまった。だが、トモキは私の不遜な態度に怒ることもなく、すぐに私が腕を怪我していたことに気づき、自宅に連れ帰って手当てをしてくれたんだ。その鮮やかな手つきは一般人のそれとは違った。すぐに医術を学んでいるものだとわかったよ。私が大したことないと言っていた傷が思ったより酷かったが、トモキは私を大声で怒鳴りつけてな…… どこが少しの怪我なんですか! ほったからしてたら病気になることもあるんですよ!! もうっ!! いい大人なんだからしっかりしてください! ってそれはもうすごい剣幕で……ふふっ。信じられないだろう? 私に怒鳴りつけるものがいるとはな」 「え、ええ。驚きました。しかも、見た目は子どもなのでしょう?」 「ああ。だが、成人しているとは言っていたな。あの世界でもトモキは小さくて童顔だったのだろうな……」 クリスさん……そう笑顔で呼んでくれるトモキの姿を思いだす。 ああ、こんなことなら、もっとトモキと愛を深めていたらよかった……。 出会った時からすぐにトモキへの愛を囁いていたらよかった……。 今はどれも後悔にしかならないが……。 「団長の今のお顔を拝見しているだけで、どれほど思っていらっしゃるのかがわかります」 「そうか?」 「ええ。愛してる……愛してる……愛してる……お顔だけでなく全身で訴えかけていますから……」 「だが……もう、二度と会えないだろうな……」 「それですが……かなり難しい話ですが、可能性がないわけではございません」 「なに? それはどういうことだ?」 思いがけないジョバンニの言葉に私は掴みかからん勢いで、声を張り上げた。

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