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おまけSS 色気のないバレンタインチョコ
時はさかのぼって、二人がまだセフレだった頃――ラブホテルの一室にて。
「……そういえば今日、バレンタインだったな」
いつもの情事のあと、高山は思い出したように呟いた。その隣で、侑人が怪訝な表情を浮かべる。
「あー、それが?」
「瀬名からは、何かないのかと思って」
「は? あるわけないだろ」
ばっさりと言い捨てて身なりを整える。ネクタイを上まで締め上げれば、先ほどまで乱れていた様子はもうどこにも見受けられない。
「まあそうか。セフレだしな、俺ら」
素っ気ない返事に、高山もジャケットを羽織りながら言葉を返す。侑人はどこか不思議そうに首を傾げていた。
「なんだよ。バレンタインなんて会社で貰ってるだろうに」
「それはそうなんだが。甘い物は好きだし、貰えるもんは貰っとく主義なんだよ」
煙草や酒もそうだが、嗜好品の類は全般的に好物だ。嘘はついていない――ただ、本音を口にしていないだけで。
(……当然、期待するだけ無駄か)
バレンタインデーに特別関心があるわけではない。が、今日はたまたま日付が重なっただけに、どこか期待してしまったのも事実だった。
セフレという関係である以上、甘い展開を望めるはずもないのだけれど、それはそれというもの。なかなかに人の心とは厄介である。
(ったく、ガキかよ。我ながら女々しいな)
人知れず息をついて頭を掻く。
そんなことをしていたら、侑人がおもむろに口を開いた。
「だったら……」
と、通勤鞄から何か取り出すと、こちらへ差し出してくる。
「?」
「ん、高山さんにやるよ」
それはコンビニなどでよく見かける、パウチに入った一口サイズのチョコレートだった。機能性表示食品で、ストレス低減機能のある成分が含まれている旨が表記されている。
「いいのか?」
「いいに決まってんだろ、これくらい。ネットでまとめ買いしてあるし……甘い物、好きなんだろ?」
ぶっきらぼうに言って、ぐいっと押し付けてくる。照れくさいから早く受け取ってほしい、と言わんばかりである。
高山は思わぬ事態に目を瞠っていたが、そのうち微笑みを浮かべ、ありがたくチョコレートを受け取った。
「サンキュ。ホワイトデーは倍にして返すな」
「そういうのじゃねーし、いらないって。……つーか、気安く触んな」
頭を撫でようとしたところで突っぱねられる。何でもないようなふりをするのも、今ではすっかり慣れたものだが、つい手が出てしまったのだ。
「はは、悪い悪い」
悪びれることなく言葉だけで謝って、高山はあらためてチョコレートへと目を落とす。
(……こりゃ、何倍返しになるんだろうな)
本当に些細な、色気のないバレンタインチョコ。
それでも意中の相手から貰えたというだけで、高山にとっては十分だった。
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